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⑩くやしくて

   くやしくて


 お稲荷さまから帰ってからは、夫は上きげんです。

 夫にとっては、白キツネの店のことなど、全くどうでもいいのです。

 なぜ、キツネが稲荷大神の使いになれたのかという事実さえわかれば、それで十分なのでした。


 けれども、わたしは違いました。

 野ギツネ夫婦にバカにされたうえに、白キツネの店でおいしくない、いなりずしを注文してしまい、さらには、わたしだけがのけものにされてしまったのです。これが、おもしろいといえるわけないでしょう。


 かたや夫ときたら、あれだけへこませられたのに、それすらすぐに忘れてしまえるような、おっとりとした性分なのでした。

 たしかに、キツネはタヌキにまさっているかもしれません。

 それでも、あることだけは、ぜったいに勝ってみせると、わたしは心に決めたのです。

 それはなにかといえば、いなりずしを作ること。

 そう、あんなにまずい、真っ黒ないなりずし。

 わたしだったら、ぜったいにお店には出しません。

 わたしの作るいなりずしは、おあげは甘めで、ふんわりとしてて、すし飯は甘すぎず酸っぱすぎず、具もたっぷり入って、小ぶりでなければならないのです。


 実際、わたしのいなりずしは、たいそう人気がありました。

 夫や、夫の両親、兄弟、友人たちのお祝いや記念日には、必ず手作りのいなりずしをふるまって、そしてだれからも、とても喜んでもらえているのですから。


 白キツネのいなりずしなんて、たいしたことないわ!

 わたしの方が、ずっとずっと上手。

 わたしには自信がありました。

「おまえの作るいなりずしの方がうまいよ」

 このひとことをだれよりも、夫に言ってほしいのです。


 けれども夫ときたら、白キツネの店のいなりずしが、いまだに忘れられずにいるようでした。

「あの娘、二個、三個と、食べるほどにおいしくなるって、言ってただろ。あれはホントだよ。真っ黒で、びっくりしたけど、全部食べ終わるころには、まだ食べたくなってさ」

 ときどき思い出したように、夫はそう言いました。

 そんなときの夫は、心の底からなつかしそうな目をしているのでした。



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