⑪ひとつの決心
ひとつの決心
お参りから数日たった、ある日のこと。
うわさで、こんなことを耳にしました。
明日の夜、稲荷神社の境内で、お稲荷まつりが開かれるというのです。
そのおまつりは、それぞれがお供えのいなりずしを持参するだけでいいとのこと。
主催者は白キツネということですから、やってくるのは、きっとほとんどがキツネたちなのでしょう。
「これって、チャンスだわ」
わたしは、こっそりつぶやきました。
あの真っ黒けのいなりずしが名物というのなら、わたしのいなりずしはそれよりもすばらしいと、うわさになっていいはずでしょう?
ぜったい参加してみせる! わたしは決心しました。
タヌキだって、とってもおいしい、いなりずしが作れるんだ! すごいんだというところを、ぜひともキツネたちに見せつけ、鼻をあかしてやろうじゃありませんか!
そうなれば、腕によりをかけて、おいしい、いなりずしを作らなければなりません。のんびりしているひまはないのです。お稲荷まつりは、明日の夜にせまっているのですから。
さっそく、おとうふやさんで上質なすしあげを二十枚買いました。それから、スーパーで、しいたけや、にんじん、れんこん、かんぴょうなども買いました。
台所に立つと、まず、昆布を水にひたしました。おいしい昆布だしをとるためです。次に、お米をとぎました。おいしいすし飯の秘訣は、お米をあらかじめ、ざるにあげて水気を切るんだと、亡くなった母から教わったのです。
シャカシャカとお米をといでいるうちに、ふっとわたしの頭の中に、なつかしい光景が浮かんできたのです。
その日は、父の誕生日でした。
いなりずしが大好物の父のために、母はいそいそと準備にとりかかろうとしていました。
「ねえ、おかあさん、あたしもいっしょに作りたい。いなりずしの作り方教えてよ」
それまで、おてつだいらしいことをほとんどしていなかったくせに、わたしは母にせがみました。
「まあ、きっと父さん喜ぶわよ」
母は、うれしそうに言いました。
お米のとぎかた、昆布の扱い方、すし飯の作り方。
わたしはぴったり母に寄りそい、あれこれていねいに教えてもらいました。
すし飯をうちわであおぎながら、サクサクとしゃもじで混ぜる母の手つきは、まるで魔法のようでした。甘辛いおあげの匂いがただよう台所で、母とわたしは、いくつもいくつもいなりずしをこしらえたのです。
その夜のいなりずしのおいしかったこと!
「なんてうまいんだ! きょうのは特別だな」
父は、おどろいたようにわたしたちを見ました。
すると母は、すかさずこたえたのです。
「よかったわ! きょうはおとうさんのお誕生日だから、この子もいっしょに、心をこめて作ったんですよ」
母と顔を見合わせ、にっこりした、あの夜。
もう二度と会えない父と母といっしょに囲んだ、誕生日の食卓を思い出して、わたしは鼻のおくがツーンとしてきたのでした。




