047 じぶ煮
五人はその後、早めの夕食を取ろうとして部屋に戻った。すると、机の上には豪華絢爛の懐石料理が並んでいて宝石のように眩しく輝いているではないか。これには大食漢のAKIRAも思わず良い意味で震えあがる。いつも質素な庶民食ばかり食べていたので、ここまで美しい料理を見るのは生まれて初めてだからだ。いくら給料が高くても高級食を食べるとは限らない。こういったいつまでも庶民食を食べているプロ野球選手はなんら珍しくない。
プロ野球選手は食生活に敏感だと思われがちだが、このように懐石料理一つで大喜びする貧乏肌の選手はいる。それがAKIRAだった。あまりの喜びように光太朗が心配して顔を覗きこむぐらいだ。
「お前……こういう施設で懐石料理食ったことないのか?」
真ん丸の目だ。もう35歳が近いというのにクリクリとした可愛い瞳をしている。
「無い。初めて見た」
「ハハハハ。俺も一年振りに食うな」
元から庶民派の石井も懐石料理は一年振りに食べるのだという。一方、東川と光太朗のリアクションを見るからにごく最近に食べたことがあるようだ。二人は普段から高級車を乗り回しているぐらいなので金使いも荒いのだろう。顔色だけを見ると、どうやら山室は庶民派に属しているらしい。
「よし、早速食うか」
こうして五人は座布団に座って、懐石料理を堪能し始めた。AKIRAがまず手を伸ばしたのはフグの刺身だ。AKIRAは肉も好物だが、それよりも魚が大好物だった。毎日刺身を食ってもいいぐらいだ。なので、フグの刺身が視界に入った瞬間に本能が食べたいと言い始めて現在に至る。
「くうう。最高だ」
勿論、醤油をかけていただくのだがなんせ久しぶりに刺身を食べたもんだから感動して思わず涙がちょちょぎれる。そんな後輩を見ると可愛くて仕方ないのだろう。隣の石井がすっとフグの刺身の入った皿をこちらに移動させた。
「食べていいぞ」
石井の優しさは親心に似ていた。
「……ありがたい!」
本気で感動し、フグの刺身にありつくAKIRA。しかし冷たいものばかり食べているとお腹が冷えてしまうので、隣の石井が助言を言い始めた。
「スープも飲んだらどうだ?」
勧められたら飲みたくなるのが人間の心だ。
「そうだな。刺身はスープに合う」
そう言うと、AKIRAは松茸の御吸い物を手に取って飲み始めた。香ばしい松茸の香りが鼻を刺激し、口の中に自然の旨味が広がっていく。まさに山の自然を口の中に入れたような風味に溢れていた。
「どうだ、山と海のコンボは?」
「最高だ。こんなに幸せなことはない」
懐石料理に満足していた。普段は大食いのAKIRAだったが、この日ばかりは新鮮な料理を口に運ぶことで小食気味になっていた。
「ふん。俺様も大満足だぞ」
あの光太朗でさえ舌鼓をっていた。やはり懐石料理はどんな性格の持ち主でもたちまち魅了してしまう魔法の料理だ。
「ところで、これはなんだ?」
蓋を開けると、そこには椎茸や青菜が添えられたスープのようなものがグツグツと音を立てて素晴らしい匂いを醸し出していた。
「それはじぶ煮だな」
「じぶ煮?」
聞きなれない単語にAKIRAは目を丸くした。
「石川県の郷土料理だ。鴨肉をそぎ切りにして使っている」
さすがに30年目だという事もあって料理の説明はしたたかだ。
「へえ、そうなのか」
石井の一言メモに感心させられる。
「わさびも添えれられているだろう」
そう言いながら、目線を斜め下に落としていた。
「本当だな」
石井の言う通り、器の墨に小さくわさびが添えられていた。
「それと一緒に食うと旨いぞ」
「いただく」
確かに旨い。豚や牛のようなパンチ力はないが渋みを感じる。野球に例えるならいぶし銀が光る中堅バッターというべきか。若手のようなパワーはないが、それでもファンを魅了するバットコントロールがあるのだ。この肉には。
「どうだ?」
「大人の味だ。実に香ばしい」
思わず、AKIRAも絶賛する程の味だった。
「そうだろう?」
「イセエビの刺身と絶妙にあうな」
目の前にあるイセエビの刺身を頬張りながらじぶ煮をいただくと、実にマッチしているのだ。
「反応が新鮮でいいね」
東川が言ってきた。
「やはり和食はいいな。日本人に生まれてよかった」
そこまでだと言うのだ。この懐石料理の味は。
「良かったな、日本に帰ってきて」
なにやら安堵した表情を浮かべているではないか。
「ああ。昔は転勤する親父を恨んだが、今となっては正解だ」
AKIRAは小学生の時はアメリカに住んでいた。それで父親の転勤を理由に日本へと戻って来たという事だ。
「いやしかし。楽しいな」
ビールを飲みながらワイワイと石井含む大人達がテンションを上げていた。室、AKIRAはまだ18歳なのでオレンジジュースで我慢だ。
「宴会気分ですぜ」
山室の口元にビールの泡がついていた。
「シーズン中のストレスも吹き飛ぶぜ。まったく!」
なにやら光太朗も嬉しそうだ。
「素晴らしい一日だ。明日も楽しみで仕方ない」
AKIRAは満面の笑みでそう言うのだった。




