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AKIRA  作者: 千路文也
プロ1年目  -友情-
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046  温泉療養


 プロ野球選手にとって昔から温泉療養とは切っても切れない関係性がある。体が芯まで温もるのは基本中の基本だが、それ以上の効能がたくさん見られる。


 今回もそうだった。五人は露天風呂に浸かりながら景色を堪能していた。ここから見えるのは山々の頂きと大自然特有の広々とした大地だ。山の香りが鼻を包み込み、AKIRAはリラックスの極みを味わっていた。


「丁度いい湯加減だ」


 暑すぎず冷たすぎず、まさに人間の皮膚とベストマッチしていた。これも温泉の効能の一つだ。お湯に浸かることで体温が上昇して血行促進に繋がり、凝った体が柔らかくなる。温泉治療において、これを物理的作用と呼んでいる。プロ野球選手は長い間緊張感を持って試合に臨んでいるので、どうしても体が凝ってしまう。だからこそ、オフにはみんなで温泉に行き体の凝りを治す。


「いつきてもスンバらしいぜい!」


 石井はテンションを高くしながらはしゃいでいた。近くには記者がスタンバイしていて五人の様子を窺がっているのだが、それにも熱を飛ばしながら、まるで少年のような笑顔を見せていた。インタビューが終わると最期には記事用の写真撮影をし、五人は笑みを浮かべながらオーバーホールを満喫しているとアピールするのだった。


「まさか愛知まで記者が来るとはな」


 記者はスクープを求めて地球の裏側まで飛行機を飛ばす生き物だ。故に、愛知県など近所のようなものだ。きっと。


「お前が目当てだろうな」


 石井がAKIRAの瞳の奥を見ながら話し掛けてきた。


「俺か」


 吃驚びっくりした様子でAKIRAは自分の顔を指差した。


「AKIRAを記事に出せば閲覧数が上がるらしいぞ。記者の間では有名だ」


 世間が注目している人物の記事は総じて閲覧数が高くなる。たとえば、テレビで売れっ子中の芸人は必ずキーワードランキングで上位に登ってくる。人間は単純な生き物で、誰かが活躍している姿をテレビで見ると気になって応援したくなるのだ。恐らく、その現象がAKIRAの身にも起こっているのだろう。


「そうなのか。あまり自分のニュースは見ないから知らなかった」


 他人にチヤホヤされると、自分の生き方を見失ってしまうことは誰にだって分かる。だから、AKIRAは野球のニュースを一切見ない。それでも、先輩との付き合いで多少なりとも見る事はあるが。


「某ニュース番組ではお前のコーナーが設置されていたぞ」


 なんと、AKIRAに焦点を置いたコーナーが存在しているというのだ。これにはAKIRAも口を大きく開くしかない。


「嬉しいのやら、恥ずかしいのやら」


 注目されるのはありがたいが、注目され過ぎるのは過度なプレッシャーを引き起こす原因にもなる。


「そうだな。メディアは俺達の事を注目しているからな」


「思っている以上に俺達は見られている。注意しろよ」


 被害妄想のスペシャリストである光太朗ならではの一言だった。


「ま、今日はそんなの気にせず伸び伸びいこうや!」


「そうだな」


 温泉に入っているだけで気持ちが安らぐ。バスの中でプレイしていたゲームの疲労感など、とうの昔に消え去る程に。これも効能の一つだ。温泉に浸かっているだけで、副交感神経が活発に動き始める。副交感神経というのは怒りを鎮めたり、ストレスを解消したりする大事な物だ。こういう風に、自律神経を整わせてくれるのが温泉の力だ。


 通常の風呂でも体験できないことはないが、微弱過ぎる。やはり人間は年に一回ぐらいは温泉にゆっくりと浸かって一年の疲れを癒した方がいい。そうじゃないと、その疲れを溜めこんだまま翌年を迎えることになる。一年分の疲れが溜まったまま翌年を迎えるのは、さすがに害がありすぎる。プロ野球選手でなくても、たまにはオーバーホールした方がいだろう。


「この温泉、確か美肌効果があるらしいな」


 光太朗がらしくないことを言い始めたので、他の四人は同時に吹いてしまった。光太郎は常に喧嘩腰なので顔中に歴戦の傷が刻まれている。恐らく、世界で一番『美肌』という言葉が似合わない。


「まさか……お前が美肌に興味を持つとはな」


 石井も驚いている。しかし、


「違う違う、看板にそう書いてあったんだ」


「成程な。確かに、そう言えば書いてあったな。他にも腰痛、火傷、骨折にも効果があるとかなんとか」


 AKIRAが見た範囲内ではアルミニウム、硫黄、食塩が温泉に入っていた。それぞれが化学的作用を持ち、怪我の治りを早くしてくれるのだ。


「そう言えば、お前は今シーズンだけで死球が22個だったよな?」


 顔を両手でバシャバシャと洗いながら石井が尋ねてきた。


「そうだが?」


「その内、頭部死球が11個だぜ。完全にイカレてる」


 信じられないと言った様子で光太朗はかぶりを振っていた。


「今度病院に行って視てもらった方がいいぞ。念のためな」


 いつのまにやら、石井の顔は真剣そのものになっている。


「病院か……確かにそうだな」


 あれだけ頭部死球を喰らったので、AKIRAが知らないだけで異常が起きているのかもしれないのだと石井は言っている様だ。その発言にAKIRAも首を縦に振って納得する。


「俺様も賛成だ。視てもらっても損はないだろう」


「分かった。オーバーホールが終わり次第、病院に行く事にするよ」


 こうして、AKIRAは病院に行く事を約束するのだった。




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