第4話:初陣勝利!ゴブリンなんて一撃だぜ! モンスター討伐報酬と過剰な外貨の大量流入がもたらすオランダ病とは 3/3
4. 誰が収支を整えているのか――外部の暴力と都市内の価値均衡
経済とは、誰かの「支出」が誰かの「所得」となり、双方が生み出す価値が釣り合っていなければ、一日たりとも維持できない。
都市内で穀物も道具も生産しない「外部のモンスター」という存在。
魔脈から年中無休で無限にリポップ(再発生)してくるその異形の死骸に対し、都市内部の生産物と交換可能な「正当な購買力」を付与するためには、誰かが都市内の経済収支を冷酷なまでに整え、帳尻を合わせ続けなければならない。
では、一体誰がその収支を整えているというのか?
もし仮に、高額な討伐報酬を維持したまま都市経済を破綻させない道があるとすれば、統治者には以下の二つの悪魔的な選択肢しか残されていない。
① 市民に対する天文学的な「防衛税」の強制徴収
冒険者に支払う高額な報酬の原資を、すべて都市に暮らす一般市民や商人からの重税で賄う道である。
冒険者がゴブリンを倒して数週間分の生活費を受け取る裏で、都市の職人や商人は、稼いだ所得の八割、九割を「防衛維持税」として容赦なく国庫へ没収される。
すなわち、「一握りの武装冒険者を富裕層として優遇するために、十万の一般市民が奴隷以下の極貧生活を強いられる」という、極端な軍事独裁国家への変質である。
② モンスター資源の「超高値独占買い取らせ(強制専売)」
ギルドや国家が買い取った魔石やモンスター素材を、都市内の工房や市民に対して、仕入れ値以上の法外な高価格で強制的に売りつける道である。
「魔石がなければパンを焼く炉の火も灯せない」「結界が維持できない」という都市の弱みにつけ込み、生命維持インフラの価格を吊り上げる。市民は日々の灯りや燃料を買うためだけに全財産を巻き上げられ、富は中央の特権機構へと吸い上げられていく。
どちらの道を選ぼうとも、そこに広がるのは「豊かなファンタジー社会」などではない。
外部から持ち込まれる不条理な暴力の産物を経済システムに無理やり接続した結果として生じる、「都市民の生き血を啜り尽くす構造的収奪」の姿である。
銅貨四枚という「冷徹な均衡点」
こうして俯瞰した時、読者はある冷酷な事実に思い至るはずである。
レクスとミリアが手にした、あの安エールと山盛りポテトで消し飛ぶ程度の「銅貨四枚」。
武器の減価償却費すら賄えず、彼らをじわじわと破滅へと追い詰めるあの雀の涙のような端金こそが、実は「要塞都市十万人をハイパーインフレと産業崩壊から守るために、都市の計算官たちが弾き出した、ミリ単位で狂いの許されない絶対の均衡点」だったのだ。
高すぎれば都市の経済がインフレで焼き切れ、低すぎれば誰も魔物を間引かなくなって都市が壁ごと押し潰される。
冒険者個人を確実にすり潰し、貧困と使い捨てのベルトコンベアに乗せ続けるその残酷な低報酬こそが、皮肉にも、壁の内側に暮らす十万人の市民が今日も昨日と同じ値段でパンを買い、文明的な都市生活を破綻なく継続できるための、唯一の防波堤だったのである。
では、なぜ冒険者ギルドはこのような明白な逆ザヤの依頼を禁止せず、むしろ「初心者向けの登竜門」として大々的に推奨しているのか。
そこには、第一話で述べた「余剰人口の計画的トリアージ」をさらに一歩進めた、冷酷無比な「生体資材のストレステスト(耐久選別試験)」という行政的意図が隠されている。
都市の王族とギルド本部にとって、流入してくる無産階級の若者たちは、数だけは無尽蔵に存在するが、個々の戦闘能力や精神的耐性は未知数のブラックボックスである。彼ら全員に最初から高価な装備を与えたり、都市の防衛インフラに組み込むことは、投資対効果の観点から許されない。
ギルドは彼らに「ゴブリン退治」という低報酬・高リスクの単純労働を与え、城壁の外という制御された死地へ放り出す。
運動神経が鈍い者、恐怖で足がすくむ者、衛生観念がなく傷口を化膿させた者は、数日から数週間のうちにゴブリンの群れに食い殺されるか、敗走して重傷を負う。
死傷したとしても、ギルドが負う金銭的補償はゼロである。彼らが勝手に買い揃えた武器や防具の購入代金はすでに都市の商人に落ちており、経済的な回収は完了している。仮にモンスター討伐に適正がない人物には、都市の衛星環境の整備を委託すればよい。
参考に現実世界における中世ヨーロッパには以下のような都市衛生環境維持のための職業があった。
排泄物処理の高級取り
ゴング・ファーマー(夜番汚物汲み取り人)
街が寝静まった後に活動する。
汚物には硫化水素やメタンガスといった有毒・可燃性ガスが充満しており致死率が高かった。
街路・市場の清掃人
レーカー(掻き集め人)
スカベンジャー(衛生監査官)
スカベンジャーは「死肉漁り」「ゴミ拾い」と訳す事が多いですが、実際は「住民が不法投棄をしていないか」「レーカーが仕事をサボっていないか」を巡回監視する監査官である。
都市の排水路・堀の浚渫人
ディッチ・クリーナー(公衆溝清掃人)
なお、自分の家の前にある側溝の清掃は家主の義務とされ、これを怠って流れを堰き止めた住民には重い罰金が科される。
疫病対策
ラッチキャッチャー(ネズミ捕り)
死体回収人・埋葬人
疫病発生時、感染を恐れて遺族すら近づかない遺体を家々から回収し、荷車に積んで都市外の巨大な集団墓地へ運んで石灰とともに埋葬する過酷な仕事。主に囚人が従事。
生き残った者たちも、前述の通り装備の摩耗と宿代、食費によって、手持ちの路銀を急速にすり減らしていく。貯金を使い果たし、武器がボロボロになって冒険者を廃業した脱落者たちは、生き延びるために都市の最下層労働――モンスター討伐に従事できない冒険者には、上記のような衛生維持の仕事が斡旋されたことであろう。ゴブリンを退治しなくても冒険者は高給が得られるのだ。
そして、運と反射神経に恵まれ、刃こぼれを最小限に抑えながらゴブリンを安定して屠殺できる一握りの「頑丈で勘の良い個体」だけが、ランクE、ランクDへと昇格し、より深い採掘現場へと送られる資格を得る。
受付窓口の査定員が無表情に銅貨四枚を放り出したのは当然である。彼らにとってレクスの初陣など、新設された機械の部品が初期不良で壊れなかったかを確認する、単なる「検品作業」の一コマに過ぎないからだ。
5. モンスター解体工廠――冒険ではなく工業的キルゾーン
では、人口十万人を抱える巨大要塞都市が日夜消費する莫大な魔石や素材を、レクスのような冒険者が剣を振るって一体ずつ倒すという「手作業の白兵戦」で賄えていたのであろうか?
答えは否だ。
もし都市の全エネルギーと物資を冒険者の気まぐれな狩猟に依存していたら、日々の出来高に左右される極めて不健全かつ、不安定なインフラとなる。ある日凶悪なモンスターが発生しその日の魔石が激減しただけで都市インフラが壊滅してしまうこととなる。
都市が真に依存しているのは、冒険者の武勇伝などではなく、王族が厳密に管理する「モンスターの工業的な屠殺プラント」が城内に存在しているはずである。
第二話で解説した通り、モンスターは地下魔脈の噴出孔から湧き出すエネルギーの凝縮体である。ならば、国家が厳重に管理する地下区画において、この噴出孔の周囲を強固な耐魔石材と鋼鉄の防壁で完全に覆い、モンスターが自然界へ拡散しないよう厳重に密閉したうえで、計画的なリポップ、モンスター生産を行なっていると推察できる。
その内部で行われているのは「冒険」などではない。家畜の解体工場をそのまま逆転させたような、徹底的な大量殺処分プロセスである。
まず、厳重に管理された空間においてモンスターをリポップさせる。
リポップしたモンスターを一方向にのみ進ませる。
この誘導路の行き先は、巨大なキルゾーン(殺戮室)となっている。
キルゾーンにおいて腕に自信のある冒険者が待ち構え、名刀で切り合い、魔法を放つわけではない。
モンスターが進む先はわずかに坂道となっており、突き当たりにはエサとなる何かを配置した構造となっている。
坂の先は、下りならば硫化水素や二酸化炭素などの気体が充満させいるだけだ。もし登りならばシアン化水素でもよい。
要するに現代マンホールの中と考えればよい。
重要なのは、「刃物や火炎魔法による物理的破壊を極力避ける」という点である。
レクスのように剣で肉を切り裂き、返り血を浴びる白兵戦は、工学的には最悪の解体法である。外皮は傷ついて防具素材としての価値を失い、高価な体液は土壌にこぼれて失われ、内臓が破裂して肉を汚染するからだ。
無傷のまま窒息、絶命させられた大量のモンスターの死骸は、そのまま「中央解体工廠」へと送り込まれる。
そこからは現実の肉屋、屠殺業と同じ工程だ。
そして忘れてはならない、最も重要な事象。
モンスターはリポップする。
「モンスターの工業的な屠殺プラント」はモンスターを一切育てていない。生産コスト「0」なのだ。
10万人の都市基盤を支える農業酪農牧畜は、リポップしたモンスター自動収穫によって置き換えられ存在しない。
故に異世界ファンタジー、ナーロッパ社会において農業酪農畜産業は描写が皆無となる。
ファンタジー世界の逆転:リポップが破壊するエネルギー保存則
ところが、この要塞都市の世界には、現実の中世で当たり前だった「放牧」という牧歌的風景がどこにも存在しない。
理由は極めて明快である。
外壁の外はモンスターが跋扈する死地であり、無防備な牛の群れを平野に放てば、その体臭と鳴き声が格好のアトラクタ(誘引物質)となって周囲の魔獣を呼び寄せ、数日で全滅するからだ。軍事的に放牧は百パーセント成り立たない。
では、都市はなぜ、本来なら飢餓を引き起こすはずの「モンスターの屋内の集約的畜産(舎飼い)」を行えているのか。
穀物すら自給が危うい閉鎖都市で、何万頭もの家畜を閉じ込めて飼育することなど不可能なはずである。
その謎を解く唯一の鍵こそが、「リポップモンスターという、熱力学を無視したエネルギー受肉体」の存在である。
モンスターは、人間が育てた小麦や干し草を食って成長したのではない。
彼らは地下魔脈から噴出する過飽和魔素が、大気中で直接結晶化・受肉した生体エネルギーの塊である。すなわち、「飼料要求率が完全にゼロ、育成期間もゼロ、人間とのカロリー競合もゼロで、勝手に外のキルゾーンに実体化して突進してくる完全自走式のタンパク質」なのだ。
人間が汗水垂らして草を刈る必要も、広大な牧草地を守るために万里の長城を築く必要もない。
都市の城門そのものを巨大なトラップとして設計し、引き寄せられてきた魔物を迎撃・殺処分し、地下の解体場へ滑り落とす。
現実の中世では絶対に不可能だった「超集約型の屋内畜産プラント」が成立しているのは、文明が進んでいるからではない。
外部の魔脈という無尽蔵のエネルギー源が、熱力学的な損失をすべて肩代わりしてモンスターという生肉を送り届けてくれているからである。
「放牧」という悠久の農業形態がこの世界から消滅した真の理由。
それは、自然界の大地がモンスターの暴力によって人間から奪い去られた結果であり、都市が生き延びるために「魔脈から湧き出す怪物をそのまま家畜として収穫する」という、歪んだ生態系リサイクルに依存せざるを得なくなった文明の悲鳴なのである。
6. 少年が手にした銅貨四枚の重み
レクスとミリアが喜んでいた、あの青黒い「銅貨四枚」。
彼らはそれを自分たちの力で勝ち取った富だと信じているが、都市の帳簿から見れば、管理網から漏れたゴブリンを片付けさせた「清掃チップ」に過ぎない。彼らが挑むモンスターとは、倒すべき悪ではなく、都市を維持するための燃料や肥料そのものなのだ。
「明日はもっと倒して、たくさん稼ぐぞ!」
酒場で料理を待ちながら、レクスは誇らしげに剣の柄を撫でていた。
自分たちが巨大な都市の仕組みの中で都合よく使われていることなど、二人はまだ知る由もない。
だが、たとえそれが計算された端金であろうと――誰の指図でもなく、自分たちの力で稼ぎ出したという事実は変わらない。
決められた退屈な人生を拒み、危険を承知で外へ踏み出し、手に入れた銅貨四枚。その冷たい感触こそ、彼らが自らの意志で歩み始めた動かぬ証拠だ。
世界がどれほど冷酷な計算で回っていようと、その枠組みを飛び越えていくのは、いつの時代も前を向く若者の熱気である。
運ばれてきた湯気の立つ料理を前に、笑い合う二人。
その瞳には、過酷な現実に呑み込まれることなく、自らの腕で未来を切り拓こうとする、まっすぐな希望が宿っていた。
オランダ病
経済的裏付けのない臨時収入がもたらす、自国通貨高や賃金上昇が起き、国内の製造業などの競争力を低下させて衰退させる経済現象のことです。別名「オランダの罠」
モンスターという無尽蔵な農業資源、鉱物資源の経済的管理を考えると異世界ファンタジー世界とは、非常に危ない社会学となるという、お話でした。
さて、次は異世界ファンタジーの定番テンプレ「魔法」についてです。魔法は便利なの?不便なの?
経済学、社会学における魔法というポジションの話ですね。




