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雨の駅前と、片方の赤い手袋(中編)

駅前に着く頃には、雨は少しだけ強くなっていた。


バスの停留所、ベンチを覆う小さな古びた屋根。

その端っこに、赤い手袋が掛かっていた。片方だけ。


冷たい雨を吸い込んで、重そうに、けれどどこか愛らしく揺れている。


「ほんとだ……」

私が見上げていると、足元からかすかな気配がした。


「みたぞ」

植え込みの葉陰から、真っ白な犬がちょこんと顔を出していた。

その瞳は、雨粒を映してきらきらと輝いている。


「わたしもみた」

ベンチの下から、今度は真っ白なうさぎが、長い耳を揺らしながら囁いた。


「まだだ」

電柱のてっぺんで、真っ白なカラスが、優しく羽を震わせて鳴いた。


「何かいましたか?」

駅員さんが、不思議そうに辺りを見回す。


彼には見えていないけれど、私とくろとには、

はっきりと視えていた。


「……この街をずっと守ってくれている、優しいあやかし達。

……玄、この子たち、手袋を見守ってるみたい」


「フン。あやかし達が寄り添うほどの想いか。紬、その手袋に触れてみろ。

お前の『縁を紡ぐ力』なら、この赤が覚えている記憶が視えるはずだ」


私は一歩進み、濡れた赤い手袋に、そっと指先で触れた。


つん、と冷たい感覚のあと、私の頭の中に、

あたたかくて切ない「過去の記憶」が、ぽつりぽつりと流れ込んできた。


――それは、ずいぶん昔の、ある雨の日の記憶。


若い男女が、このベンチの屋根の下で笑い合っている。


『雨の日は、どこにいるか分からなくなっちゃうからね』

女の子が、自分の手から真っ赤な手袋を片方外して、屋根の端にちょこんと掛けた。


『ここにこれが掛かっている時は、私がもう来てるっていう合図。

これなら、遠くからでもすぐに見つけられるでしょ?』


男の子は嬉しそうに笑って、彼女の手を包み込んだ。


けれど、記憶の景色は、激しい夕立の音とともに暗くなっていく。


ある大雨の日、男の子は約束の場所に現れなかった。


不慮の事故だった。


女の子は、何年も、何年も、片方の手袋をここに掛け続けた。


やがて女の子もおばあちゃんになり、ここへ来られなくなっても、

二人の「もう一度会いたい」という強い約束と未練だけが、

この場所に静かに残り続けていたのだ。


ハッと目を覚ますと、私の頬を雨ではない温かいしずくが伝っていた。


「紬、泣くな。……何が視えた?」

玄が心配そうに、私の足元に身体をすり寄せる。


私は涙を拭って、駅員さんに微笑みかけた。


「駅員さん、この手袋の持ち主……私、知っているかもしれません。

ちょっと、お隣のパン屋さんに行ってきます!」


チリン、チリンと自転車のベルが遠くで鳴る中、

私は玄を抱き上げて、駅前の香ばしい匂いが漂うパン屋さんへと走り出した。

お読みいただきありがとうございました。

手袋の記憶に触れた紬。過去の恋人たちの約束を、街の優しいあやかし達がずっと見守っていました。

次回はいよいよ【後編(最終回)】です。

もう片方の手袋が揃ったとき、雨降る駅前に優しい奇跡が起こります。

どうぞ最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

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