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8 岩を割る

 月は出ているが、まだ日は落ちてはいない。

 不知火と剛人は庭に出て、池のほとりに立った。

 安倍家の家来たちが三人がかりで、用意してきた大岩を小舟に積んだ。


「では、あれをお割りください」

 剛人が池の中央、小島に据えられた岩を指した。


 えっ。これを霊力を使って割れということかしら。そんなことができるのかと星子は心配になる。


「承知しました」

 不知火の表情は変わらない。


 剛人の家来がくじを十本入れた竹筒を、さっと差し出した。この家の者は周到な準備をしてきている。

「数字の大きな数を引いた者が、先手を決めるでよろしいですか」

 と家来が尋ねた。


「よろしいです」

 と不知火が答え、人々が見守る中、二人は同時に籤へと手を伸ばした。


 剛人の籤は「八」。

 にやりと笑い、この勝負はすでに勝ったという態度で、わざとらしくそれを掲げて見せた。


 不知火の籤は「九」。

 九は忌みいみかず

 不知火の眉間にわずかな皺が寄った。


 その時、星子が急いで近づき、たすきを渡しながら耳打ちする。

「中国では、九は吉数とされています」


 不知火は微かに目を細め、静かに言った。

「では、後手を頂きましょう」

「それでは、私が先に参ります」


 剛人は「剛裂ごうれつの型」を取った。

 足を肩幅に開き、腰を落とす。両手で地をなぞるように円を描き、気を練る。

術式が満ちると、勢いよく両腕を天へとかざし、岩へ向けて衝撃波を放った。


 しかし、岩はびくともしない。


 次は不知火の番。「風裂ふうれつの型」。

 斜めに足を交差させ、片手を前に、もう一方は胸元に構える。

 力が集まる刹那、空を切るように手を振り下ろす。

 烈風が岩を打つ。


 だが、岩は静かだ。


 続いて、剛人。「破邪はじゃくの印」。

 右手を胸の前に立て、九字を唱える。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」


 掌から気が放たれるが、それでも、岩は割れない。


 不知火が前へ出る。「裂地れっちの印」。

 指を絡め、胸の前で三角の印を結ぶ。

 呼吸を深く整え、沈黙の中で呪を唱える。


「裂地の印」


 彼の声が聞こえたその時、星子の指がふいに動いた。

 意識せぬまま、不知火の所作を無意識に真似ていた。


「裂地の印」

 星子が言ってみる。


 急に星子の体の奥から熱が走り、指先から淡い光が揺らめいた。

 同時に、岩の表面に細かな亀裂が走ったかと思うと、突然、耳元で紙を裂くような、かすかな音がした。

 そして、次の瞬間、


 ピシッ 、バキバキッ!


 重々しい音があたりに響き渡った。亀裂は蜘蛛の巣のように一気に広がり、岩全体を覆っていった。


 ゴウン……ッ!


 岩が、割れた。


「おおっ!」

 人々のざわめきは庭中に広がり、彼らは目の前で見たことを興奮しながら語り合った。


 その時、不知火だけは、星子を見つめていた。

 星子、今のは、きみがしたのか。


 誰もが不知火の術によるものと思った。

 だが、彼だけは知っている。


 星子は、自分の手をじっと見つめていた。

 まだじんわりと熱が残っている気がする。まるで、さっきまで熱いものを握っていたかのように。

 

 一体何が起こったの?

 私が、やったの?

 そんなはずはないと気持ちと、ありえないことが起こったという戸惑いが、波のように押し寄せてきた。


*


その夜、不知火は星子の部屋を訪れた。

「感謝します、星子。あなたの力がなければ、賀茂家陰陽師の名誉は保てませんでした」

「本当に、私が? 夢中だっただけなのに」

「あなたは集中すると、術ができます」

「そうなのでしょうか。わかりません」


「これからは市井しせいに出て、あやかしの気配を探してみましょう」

「不知火さまも、一緒ですか」

「そうです」

「はい。わかりました」


 星子の頬がほのかに紅潮し、笑みがこぼれそうになる。

 本当に術が使えるのか。

 それはわからない。

 でも、彼と一緒に町へ出られることが、たまらなくうれしかった。



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