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21 和歌を贈ってくれた人

 深夜、灯火の揺れる書斎で筆をとっていた不知火のもとへ、星子がそっと訪ねてきた。


「どうしましたか。眠れませんか」

「不知火さまに、ひとつ調べていただきたいことがあります」

「何を調べてほしいのですか」


「今から四、五年ほど前、京都の貴族の家から、若い男性がいなくなった事件をご存知ないでしょうか」

「失踪事件はあった気はするが、貴族の男性の件は覚えていない」


「名前は橘千歳たちばなちとせで、当時、十九か二十歳。あの霞若はまだ十五歳の少年ですが、どうも彼の感じが千歳さまとよく似ています」


「星子は、つまり、あやかしが彼に乗り移っている可能性があると考えるのですか」

「はい。それを確かめたくて、関白の出かける先に何度か足を運んだのですが、霞若本人には会えなくて。警護がたくさんいて、近くに寄ることもできません」


「そういう理由で、彼が現れる場所に通っていたのですか」

「ご存知でしたか」

「知っていますよ。叫んでいたという噂もあります」

「はい。『千歳さま!』と大声で呼んでも、聞こえていないみたいで、何の反応もありませんでした」


「ああ。だから、最初に舞台で彼を見た時、あんなに驚いていたのだね。その青年かと思って」

「舞台で彼を見た時、私がどんなに驚いていたか、わかりました?」

「それはわかりますよ。あの時、あなたは、私の腕を全力で叩いたのですから」

「私、そんなこと、しました?」

「てっきり、彼の美しさに興奮したのかと思ったよ」

「何をいわれるのですか。私はもう人妻ですよ。そういうことをすると思いますか」

「いや……」


「もともときれいな人でしたけれど。その千歳さまという貴公子が、うちの塀の穴から私を見て、この魅力にほれぼれして、和歌を贈ってくれたことがありました」

「何て言いましたか? だれがだれの魅力にほれぼれしたと?」

「千歳さまが、私の魅力にですけれど。それって、おかしいですか?」


「いや」

 不知火は少し照れたように目をそらし、頬を赤らめた。

「十九や二十歳では、星子の魅力はきっとわからないだろうと言っている」


 普段、甘いことを言わない人が、突然、こういうことを言ったから、驚いて、星子は言葉がでない。間違って聞こえたのではないかと疑ってしまう。


「不知火さま、それ、もう一度、言ってみてください」

「どこですか」

「魅力のことですよ、私の」

「何か言いましたか」

「もうっ」


 星子は懐から一枚の懐紙かいしを取り出し、差し出した。

「風吹いて なずなそよげば 君見つつ 胸うち騒ぎ 言葉出でずも 橘千歳」

(風が吹いて、ペンペン草が揺れると、あなたを見ながら、胸がさわいで、言葉がでません)


「千歳さまから贈られた歌ですよ。よい歌でしょ?」

「そうかな」


「私を見ると、胸が高鳴るんですって」

「和歌はよくわからない。漢詩ならわかるけど」

「それは、残念です。よい歌なのに」


「星子は和歌がほしいのかい」

「別に。うちの庭、ナズナがたくさん生えているんですよ。よく見てくださっているなと感心しました」

「ナズナは雑草だろう」

「そうですけど、おひたしも和え物も汁物も美味しいんですよ。お餅にもできますし」

「星子のナズナ料理は、食べてみたいな」

 不知火がふいに上目遣いにそう言ったのがかわいらしくて、星子は思わず微笑んだ。


「初めてですね、そんなこと言われるの」

「カブトムシより、いい」

「不知火さま、記憶力はよいですね」

「あなたの言ったことは、忘れませんよ」

「不知火さまって、時々つらっとして、刺さること言われますよね。今夜は、連発です」


「そうですか。それより、和歌の続きを聞かせてください」

「この歌が届いたあと、私、返歌を用意して待ってたんです。でも、彼は二度と姿を現しませんでした」


「わかりました。では、橘千歳のこと、調べてみましょう」

「ありがとうございます。また断られるかと思っていました」

「どうしてですか。あなたに頼まれたことで、断ったことはないでしょう」

「そう言えば、そんな気がしますが、かわされている気もします」


「あのことを言っていますか」

「何のことですか」

 と星子がそっぽを向いた。


「あれは、すべての丸印の箇所を封印してからと、あなたが言いましたよね」

「私がそれだけを望んでいるような言い方はやめてください。それよりも、日々の小さなことが大事なのです」


「どういうことですか」

「説明しなくてはわからないところが、残念です。不知火さまは関白が霞若を見る情熱的な目付きを見ましたか。ああまでしていただかなくても結構ですが、もう少しは心を表してくださっても、いかがなものかと」


「そういうの、面倒くさくないですか」

「それは、あなたが面倒くさいと思っているから、他の人もそうだろうと考えてしまうのですよ」

「そうですか。どうしてでしょうか」


「それは、あなたが愛というものを知らないからですよ」

「……知っているつもりですが」

「私に言わせると、知っていません」


「どうすれば、わかりますか」

「それは心から自然とあふれ出るものですから、わからなければ、仕方ありません。諦めてください」

「諦めるのですか」

「諦めても、死にはしません。では、私がここにいてはお邪魔でしょうから、今夜は、これで失礼します」


 そう言って、星子は去っていった。

 不知火は、どこかで間違って答えてしまったような気がした。いつも、誠意を尽くしているつもりなのだけれど、なかなかうまくいかない。

 いやいや、今はそんなことを考えている場合ではないと不知火は書物に目を戻した。しかし、……こういうところが問題なのだろうか。




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