表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/26

15 星子の帰る場所

 すでに深夜である。

 闇の底から、虫の声が響いていた。


 しかし、その時、虫の音が一斉に止まった。

 安倍家の屋敷の門の前に、一人の男が立っていた。

 鋭い瞳の男の姿が、月明かりに照らし出されている。腹を据えたような影は、刀に手をかけている。


「安倍剛人殿に会いに来た」


 その声の主は、賀茂不知火だった。

 声は静かだったが、ただならぬ殺気が滲み出ており、門に出た家人は震え上がると、すぐに屋敷の中へ案内した。


 座敷の奥から、ゆっくりと剛人が現れた。

「不知火殿、来られましたか。ここを占いで見つけられたのですか?」


「星子を連れ去ったと家人が申していた。この都で、そんなことをするのは、おまえしかいない」


 剛人は無理に微笑み、暑くもないのに扇子をせわしなく動かした。

「なるほど。だが私も、おまえが来ると思っていた」

「話は無用だ。星子を返しなさい」


 剛人はその言葉に、顔をゆがめて笑った。

「もう、おまえの母親が、彼女の母を殺した話はした。どう思うか?」


 不知火は一瞬、眉をひそめたが、すぐにその表情を消した。

「昔の話だ」

「昔の話、か。他人のことならいずれは忘れもするだろうが、肉親の話はそうはいかない。とくに敬愛していた母のことなら、なおさらだ。おまえの憎しみや悲しみは、決して消えるはずがない」


「おまえが決めるな。おまえには関係ない」

「では、殺された側の気持ちは、どうなのだろうな」

「それも、おまえには関係ない」


 剛人は、その意味深な微笑をさらに深めた。

「では、星子さまに決めていただきましょう。ここに残るか、おまえのもとへ帰るか。この世の中に、母を殺した女の息子のもとに、帰りたい娘がいるものだろうか」


 その時、部屋の奥から星子が姿を現した。

「星子さま、お休みではなかったのですか。今、呼びに伺おうと思っていたところです」


 星子の瞳がきらきらしている。

「私は、不知火さまのところに帰ります」

 星子が剛人を睨みつけながら、はっきりと告げた。


「星子さま、この不知火という男が、どういうつもりであなたを迎えに来たのか、分かっておられるのですか? あなたのことなど愛してはいない。それに引き換え、私はあんな恥知らずなことをしても、あなたをお救いしたかったのです。どうぞ、この気持ちをわかってください」


 星子は剛人をまっすぐに見据えていた。

「不知火という男は、あやかしを鎮めるまで、あなたを利用しているだけなのです。そう申しあげたでしょう」


「私、利用されても、かまわないのです。それで、人を救えるのでしたら」

「それなら、安倍家におられても、同じこと。こちらのほうが、敬意をもって対応させていただきますと申しております」


「でも、ひとつ、大きな違いがあります」


「違い?それは何ですか」


「ここには不知火さまがおられないことです」

「星子さまは、何を言っているのですか」


「他人の心はわかりません。剛人さま、あなたの心だって、どこまでが真意なのか、さっぱりわかりません」

「どういう意味ですか」


「不知火さまが私のことをどう思っているのかは分かりません。でも、これだけははっきりしています。初めてお見かけした時から、私は不知火さまが好きなのです。人の心は分からなくても、自分の心は、分かりますから」


 剛人はしばらく黙っていたが、やがて肩の力を抜くように笑った。

「愚かな女だな。母親に似ているのだろう」

「言葉に気をつけろ」 

 と不知火が刀に手をかけた。


 星子は急いで不知火の前に出た。

「これで、わかりました」


「なにがわかったというのだ」

「不知火さまを怒らせて、騒ぎを起こさせ、失った仕事を取り戻そうという計画だということがわかりました。その手には乗りません」


 星子が不知火のそばに歩み寄った。

「不知火さま、早く、連れて帰ってください。明日も大事なお仕事がありますから」


 うん、そうだな、と不知火が頷いた。 







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ