14 そこに愛はないのですか
安倍家の庭では、夜風が竹の葉を騒がしく揺らしていた。
「それならば、なぜ彼は、そんなにも私を憎んでいるのに、結婚したのですか?」
「それは、あなたの力が必要だから、それだけですよ」
星子は震える手を、ぎゅっと組み直した。
「あなた方はあやかしの道を封印し始めたというではないですか。我々が作った地図を使って」
「あなた方は地図を作ったというのに、どうして見つけることができなかったのですか」
「ですから、あやかしの通い路を見つけるには、あなたのお力が不可欠なのですよ」
安倍剛人の声は包み込むように、やさしかった。
「あちらが求めていたのは、つまり、あなたのその力だけが目当てなのですよ」
「その力だけが……」
星子は夢遊病者のように、その言葉を繰り返した。
「彼らは勉学はよくしますが、もともと心のない人達。そこに、愛などはありません」
剛人が申し訳なさそうな顔をして、静かに頷いた。
私は、ただ利用されただけなのだろうか。
婚儀の後で、不知火が言った。「この婚礼は、心を交わすものではない」と。
自分を見て笑うな、とも言った。
それを思うと怒りが湧いてもいいはずなのに、星子は自分が平静でいることに自分でも驚いていた。
「賀茂家にとって、あなたは力の源にすぎません。それ以外、ありません」
剛人は迷いなく断言した。
星子は視線を落とし、両手を膝の上で整えた。
そう繰り返されると、やはり、心の奥底に、じわりと痛みが広がるのを感じる。
でも、本当に彼は今も私を憎んでいるのだろうか。最初はそうだったのかもしれないけれど。今は?
いいえ。それだけじゃないはず、という自信がどこかに芽生えているのを感じる。
「なぜ、私をさらってまで、この話をしたのですか?」
星子が静かな声で、問いかけた。
「本当のことを、あなたに知っていただきたかったからです」
「いいえ。そんな理由だけのはずがないでしょう。他に目的があるのでしょう」
剛人の目に、一瞬、恐れと驚きが走り、視線を逸らした。
「星子さま、私は、あなたに選んでいただきたいのです」
「選ぶって、何をですか」
「我々、安倍家を、です。我が家もまた陰陽師の一族。あやかしを鎮め、封印の術を施し、人々を守ってきました。知識と霊力をもって、妖と対峙し続けてきたのです。我々にも、あなたのお力が必要なのです。どうか、安倍家へ、お越しいただけませんか?」
「ああ、そういうことでしたか。だから私を誘拐して、ここに連れてきたわけですね」
「家のためだけではなく、この私のためにも」
「あなたのため?」
彼は手元の袖を指先でつまむようにいじりながら、しばし沈黙した。
「不知火殿が常にあなたの傍におられるため、星子さまとお話しする機会がありませんでした。私は星子さまのことを……、どうぞこの気持ちを察しください」
「お気持ちのある方が、あんなさらい方をしますか」
「不躾な手段だったこと、深くお詫びします。ですが、あの家にいても、あなたご自身にとって、よいことは何もないはずです。この家にお連れしたのは、あなたをお救いするため。なりふり構わぬ私の一途な愛だとは、思っていただけませんか」
「無理です」
「あ、はい。そんなに強く言われなくても。私は今回のことは深く反省し、二度と、星子さまに不愉快に思われることはいたしません。理解していただくように務めます。我が家では、三顧の礼をもって、あなたを心からお迎えいたします。それに、当家には、もっと詳しい資料がそろっておりますから、お仕事もしやすいかと」
「その資料は、先日の勝負の時に、不知火さまに、全部わたしてくださるべきだったのではないですか」
「渡すことは承諾しましたが、全部とは約束していません」
「あなたは庭のスギナのような方ですね」
「どういう意味でしょうか」
「抜いても抜いてもでてくるので、困りものです」
「しつこいという意味ですか」
「そうは言っていません。スギナは生はだめですが、熱を加えたり、乾燥させると、おいしくなりますから」
星子はそう言いながら、スギナという表現は申し訳なかった、スギナに。
彼はスギナというよりツキヨタケだわ。
ツキヨタケは闇に青緑に美しく光るけれど、実は強い毒性をもつキノコなのである。




