表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/13

8、患者の体内へ。菌調合、極限戦

「先生、来てください!患者が──!」




診療所の奥から、看護師の叫び声が響いた。




駆け込むと、男が一人、ベッドの上でのたうち回っていた。


腕は赤黒く腫れ上がり、皮膚から無数の“糸”のようなものが浮いている。




「菌糸だ……!」




それはただ生えているだけじゃなかった。


男の皮膚の内側を走り、神経を這い、まるで“意志”を持っているかのように動いていた。




「う、うごかないっ……!」「助け……誰か、助けて……!」




目は虚ろ、呼吸は浅く、痙攣が止まらない。


明らかに菌によって意識と肉体を“乗っ取られて”いる。




「精霊、光の加護を──!」




隣でシエナが、空気精霊を呼び出して治療魔法を展開する。




だが、光の粒子は男の肌に届く前に弾かれた。


まるで、菌が“拒絶”しているかのように。




「……魔法が、届かない……」


「中に、入る」


「は?」


「俺が直接、菌に触れる。中から鎮める。この菌、話せるはずだ──少なくとも、暴れる前はそうだった」


「バカ言わないで。人の体内に“入る”って──どうやって──」


「菌で、だよ」







患者の横に膝をつき、ゆっくりと手を伸ばす。


男の手の甲に触れ、スキルを起動する。




「【菌共鳴】」




途端に、感覚がぐにゃりと歪んだ。


音が消え、視界が反転する。




次の瞬間──俺は“中”にいた。







そこは、黒い迷宮だった。




床も壁も天井も存在せず、すべてが絡まり合うような菌糸でできていた。


微かに漂う胞子が光を反射し、視界を曇らせる。


湿り気のある空気が皮膚を舐め、遠くから響く脈動が頭に刺さる。




「ここが……感染者の内部……いや、“菌の意識世界”か」


『あまり長くおるな。ここは“侵された者の心”と“菌の核”が混ざり合った、危うい場所じゃ』




肩にドン子の声が届く。




『完全に同調しておる。このまま取り込まれれば、わらわもろともお主の意識は戻れん』


「戻る気はある。でも、まず話す」




前方、黒く濁った塊があった。


脈打つように波打ち、うごめく無数の菌糸が周囲に伸びている。




俺はゆっくりと近づき、語りかけた。




「お前は……何がしたい?」




──応答はない。ただ、どこか遠くから、響いてくる。




(……喰う……増える……侵せ……)




それは意思の断片だった。


本能とも衝動ともつかない、濁った声。


しかし、ふと──一瞬だけ、その波の中に別の響きが混じった。




(……守りたかった……ぬくもり……)




「……誰かの、記憶?」




ドン子が横で囁く。




『この菌、本来は人に共生する“安定型”の種類だった可能性がある。


それを誰かが歪め、凶暴化させた。──狂わされたのじゃ』


「……なら、戻せる」




俺はスキルを展開する。


調合素材は、今まで観測した菌の構造、記憶、反応速度、成分傾向。


精神世界だからこそ、純粋な“理解”が直接反映される。




調合、開始。




「ドン子、手伝って」


『合点承知っ!』




俺とドン子の間に、小さな鍋の幻影が浮かぶ。


そこに俺は、記憶にある三つの菌を“精神的に”混ぜ込んだ。


•【サヌリア菌】:神経信号の安定を担う微弱電気菌


•【ミロコーム菌】:免疫細胞との親和性が高い静菌


•【シルフィド胞子】:感情記憶と連動する共鳴胞子




煮詰める。気配を注ぐ。呼吸を整え──




完成。




光る蒸気のような調合液が霧となり、黒い核に触れる。




ジュゥ……という音とともに、菌糸が一斉に震えた。


もがくように、苦しむように、それでも──




静かに、崩れた。




黒い塊が、霧の中に溶けていく。







「──!」




俺は、息を呑んで目を開いた。




患者は静かに横たわっていた。


皮膚の赤みは引き、浮き上がっていた菌糸も消えている。




医師が駆け寄り、確認する。




「……脈、安定。呼吸、正常……」




シエナが、ぽつりと漏らす。




「……なにを、したの?」




「菌と、話した。そんで、落ち着かせただけ」




ドン子がふわふわと浮かびながら、勝ち誇ったように言った。




『ふふん、見たか! これが精神調合じゃ! 菌と心を通わせし者の、究極の技よ!』




患者は静かに眠っていた。


まるで、闘いが終わったことを、菌ごと安らいでいるかのように。




──でも、わかってる。




この菌、最初から狂っていたわけじゃない。




誰かが、何かをした。


その“手”が、菌の記憶の奥に、確かに残っていた。

読んでいただいてありがとうございます!

応援いただけると嬉しいです♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ