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9、シエナの選択。そして、菌の痕跡

「……あれ、夢の中で……誰かが話しかけてくれた気がしたんだよ」




患者の男が、まだぼんやりとした表情で呟く。




「苦しくて、でもあったかくて……なんか、土みたいな匂いがしてさ……」




医師はぽかんとしていた。


それもそのはずだ。この治療に魔法は使っていない。薬もない。ただ──




「菌、ですか?」




俺は頷いた。




「菌は、人の内側にあるから。だから話せるんです」




誰も言葉を返さなかった。


代わりに、部屋の空気がふわっと緩んだ。


“信じていいかもしれない”──そんな空気。




町の封鎖は、午後には解除が始まった。


ギルド支部が正式に報告書を提出し、回復した患者の証言が信ぴょう性を裏付けた。




町の子どもたちが、門の近くでこちらに向かって手を振っている。




「せんせー!ありがとー!」




……まあ、先生ではないけど、否定する理由もなかった。




「……英雄扱いされる菌使いなんて、見たことないんだけど」




シエナが隣でぼそっと漏らす。




「俺も初めてだよ」


「……ふーん」




それだけ言って、シエナは背を向けた。


しばらく無言の時間が続いたあと、小さな声が聞こえた。




「……ありがと」




俺が反応する前に、ドン子が肩の上で爆発した。




『聞いたか!?ついに礼を言ったぞこのツンツンが!!』


「やめてドン子、逃げるって!」


『やめぬ!これは祝いじゃ!宴を開こうぞぉぉ!!』


「やかましい!静菌にしてやる!」




シエナが手を振り下ろし、ドン子が物理的に叩き落とされた。


だが──笑っていた。ほんの少しだけ。




俺はその様子を見ながら、町の外れへと足を向けた。







おかしい菌がいたのは、封鎖された納屋だった。




半壊しかけた木の扉を開けた瞬間、


鼻の奥に、ざらりとした刺激が走る。




「ここだ。……暴れてる」




【菌鑑定士】を発動し、菌の流れを視る。


床下に、強い“記憶痕”が残っている。




視線を追うと、棚の裏側に隠された小さな金属箱があった。


開けると、数本の試験管と、乾燥された胞子が丁寧に保管されていた。




「……人工培養?」




この世界では、菌の培養技術はほぼ存在しない。


自然由来の収集が基本だ。なのに──これは、明らかに“選別されてる”。




「菌の構造が……現代の分類法に近い」




その中の一本を見た瞬間、思わず息を呑んだ。




「……これは……まさか」




ドン子がのぞき込む。




『なんじゃ?知っておるのか?』


「知ってる。“黒霧”系統の胞子。俺が……前世で、最後に失敗した品種だ」




それは、菌床からわずか数日で全ロットが腐敗して全滅した“幻の椎茸”系。


幻覚作用を持ち、再培養ができず、データも破棄したはずだった。




なのに、ここにある。




「おかしい……この菌、俺と──あの研究所しか知らないはずなのに」




手が震えた。


誰かが、自分の過去に触れている。




「前世の記憶を……共有してるやつが、いる……?」







ギルド支部に戻ると、報酬とともに新たな通達があった。




「あなたには今後、“菌関連調査専門調査員”としての継続任務をお願いしたい、と本部が──」


「いいよ。菌が困ってるなら、助けにいく」




ドン子がふふんと浮かびながら、ルンルンで回転している。




「ほれみろ!菌の時代じゃ!わらわの時代じゃー!」


「調子に乗るなって」




シエナが横からつぶやく。




「……次の任務、私も同行する。理由は聞かないで」


「期待してないけど、歓迎するよ」


「くっ……まさかの正妻枠争い……!」


「違うわ!」




三人の声が重なる中、俺はふと、小瓶に目を落とした。




あの“黒霧の影”は、もう俺だけの記憶じゃない。


どこかに──同じ知識を持ち、菌を操る“誰か”がいる。




「次は……そっちと向き合うことになりそうだな」




風が吹く。


胞子が舞う。




そして、物語は次の菌を目指す。

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