表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昭和葬零 - Aristorequiem -  作者: 堀幸司 - holycozy - 
第二章『ケイオス』
8/41

第03話 ディスコ・フィーバー②

 一方の宵子は、ドア近くのソファの陰に身を隠していた。

 惹麒空間に封じ込められた以上、宵子に出来ることはもう残されていなかった。今はただ「流一郎の足手まといにならない」ことを徹底するだけだ。ソファの陰で身体を丸めた宵子のさまは、石の下に隠れるダンゴムシと大差なかった。宵子の眼前には、床に敷き詰められたカーペットの模様が広がっている。宵子は無心でカーペットの模様を見つめていた。

 そのとき――。

 宵子の視界に、二足の革靴が入り込んできた。ピカピカに磨かれたその黒い光沢は、持ち主の品格を表しているようだった。宵子はゆっくりと視線を上へ上げる。

 そこに立っていたのは、一組の男女。バーテンダーとバーテンドレスの衣装に身を包んだ二〇歳そこそこの若者たちだった。

「あの……」

 宵子は土下座のような体勢のまま、なんとか言葉をひねり出した。

 バーテンダーとバーテンドレスは無表情で宵子を見下ろしている。そうやってどれだけの沈黙があっただろう。ほんの二~三秒にも感じたし、一分くらいはあったのかもしれない。ただ、いずれにしても、宵子が最後に見たのは、ふいに笑顔を見せたバーテンダーとバーテンドレスの口の中に並ぶ何十本もの白い牙だった。そのあまりの禍々しさに、宵子の意識は、記憶は、ここで途切れた。



 流一郎は依然として亡霊人たちを割り続けていた。ディスコホールの床は白い磁器の欠片だらけで足の踏み場もなく、あたりの空気も粉末状になった亡霊人たちの亡骸で霧のように霞んでいた。すでに倒した亡霊人は二五柱を超え、戦いは終盤戦へ突入している。

『麒族はどこだ――!?』

 このホールが惹麒空間に引き込まれている以上、空間内に麒族が存在することは間違いない。片っ端から割っていけば、いずれ麒族と対峙するだろうと考えていた流一郎だが、いささか肩すかしを食らっていた。割れども割れども、それらは無言で活動を停止する亡霊人たちに過ぎなかった。

 流一郎はさらに連続して三柱の亡霊人を割った。残る者は少ない。あとわずかだ。

『――!?』

 おかしな勘定になっていることに、流一郎はすぐ気付いた。

 流一郎が割った亡霊人は全部で二八柱。だがあと二柱、バーテンダーとバーテンドレス姿の者がいたはずだ。流一郎は全方位を警戒した。そしてホールの入り口ドア近く、その傍らのソファの陰から、白い腕が伸びているのを発見した。それが宵子の腕であることは一目瞭然だった。

「時女!」

 ソファに駆け寄る流一郎。はたして時女宵子は、その陰で意識を失い倒れ込んでいた。

 流一郎は宵子の上体を抱き起こすと、名前を呼びながら揺さぶる。

「時女! 時女!」

 宵子は泡沫の夢の中にいた。その眠りは深く、目覚めの兆候は見られなかった。

 パッと見たところ、宵子の制服は乱れておらず、むき出しの手足もその美しい白さを保っている。どうやら亡霊人や麒族の「洗礼」を受けたわけではなさそうだ。流一郎はとりあえず安堵した。もしかすると、戦いの緊張感に耐えきれず気絶してしまっただけなのかもしれない。流一郎は手近なソファに目をつけると、座面に散らばった亡霊人の欠片たちを片手で払い落とした。そして宵子の身体を、金属バットごと持ち上げてそこに横たえる。

 そのときになって初めて、流一郎はホールのドアが少し開いていることに気付いた。その隙間からは、外のロビーの一角が見えている。いつの間にか惹麒空間が解かれているのだ。

 流一郎はあらかたの状況を察した。

 流一郎が割った亡霊人は二八柱いたが、残る二柱が麒族だったのだろう。その麒族たちは、流一郎による亡霊人の大虐殺を尻目に、惹麒空間を解除するとホールのドアから堂々と逃げ出した。おそらくその際に時女宵子と鉢合わせをしたのだ。

 だがここで、流一郎は違和感を覚える。麒族が時女宵子と鉢合わせをしたなら、宵子を食えば済む話ではないのか? お化け屋敷の幽霊役じゃあるまいし、彼女を気絶させるだけでやり過ごすなど麒族らしくない振る舞いだ。それとも先を急ぐ理由でもあったのか? 麒族がその本能から人間を食らう、それ以上のことが。

「…………」

 だが現実として宵子は無傷だ。流一郎はソファに横たわる宵子をあらためて見やった。運命を仕組まれた存在でありながら、何も知らされていない彼女は、これから目の当たりにしていくだろう真実に耐えきることが出来るだろうか。そんなことを考えながら、流一郎は床に転がっていた店舗の電話機を拾い上げた。幸運なことに電話線は切断されていなかった。

 暗記している電話番号の一つをダイヤルする。呼出し先は、数少ない「信頼できるクラスメイト」の自宅だった。宵子の身柄を預けようというのだ。一一〇番するのは、その後でいいだろう。どうせ、ブンさんという刑事が現れて、流一郎はすぐに解放されるのがオチだ。

 最悪でも、例によって留置場の三号房に入れられるだけで済むはずだ。

 そしてまた『三号房の夜番』と呼ばれるだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ