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出不精道中膝栗毛‐たまには遠出も良い‐  作者: 民間人。


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第十帖:紫画要覧

 秋果てて色づく木々が美しいこの頃、折々の季節が移ろいゆく我が国の美しさを愛でつつ、鈍行電車に揺られて、JR大曽根駅へと降り立った。現代的なビルが聳え立つ町並みは、交通の要衝でもあるこの町の賑わいを感じさせる。


 前日深夜に名古屋入りをし、この場所に来たのはもちろん、得難い経験、しかも数年に一度あるかないかという特別な経験をするためである。目的地には以前にも訪れたことはあったが、この貴重な機会のために、わざわざ安くない交通費を支払ってこの場所へ赴くこととなった。


 今回ばかりはゆっくりとしている時間はない。『休日』と呼べる余裕がない中、無理矢理時間を作って、この場所へやって来たのである。旅の風情など感じている余裕はないのである。


 とはいえ、馴染んだ町並みというのはそれだけで心安らかになるものである。朝特有の、駅前の忙しなさに懐かしさを感じながら、駅を出て十五分ほど歩く。


 現代的な町の中にある並木道では、並木の剪定作業をする作業員の姿がある。比較的ゆったりと往来できる歩道の半分を、トラックが塞ぐ。そのすぐ横を通り過ぎるうちにも、剪定された枝葉が一枝、三角コーンに守られた聖域の中へと落ちていく。その儚さもまたこれからみる物を思えばと、感慨深い気持ちにさせられる。


 駅から真っすぐに伸びる道を歩くと、やがて古風な屋敷にあるような、垣根が顔を覗かせる。角を曲がり、隣接する小さな公園を横切ると、住宅街の中に堂々と佇む大きな門が開かれていた。


 『徳川美術館』。名門・尾張徳川家が所有する財物を展示保護するために昭和10年に開館した、大曽根が誇る歴史ある博物館である。

 江戸幕府御三卿の一つにして、親藩大名の名門家、尾張徳川家には、元来、その家来衆や徳川家康公由来の財物が相伝されていた。それらの保護と展示を必要と感じた第19代尾張徳川家宗主徳川義親の活動の末に、徳川美術館が開館した。


 江戸幕府ゆかりの品々と展示が楽しめる常設展示も見物であるが、会館一時間前に到着したというのに、すでに長蛇の列がある。流石の私もすでに観覧経験のある常設展を急ぎ足で進むことを断腸の思い出決心し、入口へ向けて蛇行する最後尾へと並ぶ。


 オンラインチケットと当日券で並ぶ場所が違うという、こうした特別展ではありがちな注意喚起を大きな声で訴えるスタッフの方々の誘導に従って、刻々と迫る開館時間を待つ。


 やがて、開館時間になると同時に一気に流れ出す長蛇の列が、続々と入口へと飲み込まれていくに任せて、私はずんずんと流れていった。


 私の後ろにもすでに出来上がった行列に追われ、忙しなく美術館の門をくぐった時、まずは会館前の重厚な扉と、土産物屋が目前に飛び込んでくる。はじめてこの場所を訪れた時から、この入り口の並々ならぬ重厚感に感動すら覚えたのだが、今はそこに『大行列』が並んでいるという事実に、また違った興奮を覚える。

 それだけの価値があるものが、この場所にはあると認知されていることが、何より嬉しかったのである。


 扉は開かれた。さぁ、門を潜ろう。まず歓迎してくれるのは、昨今流行しているらしい刀剣好きには嬉しい、刀剣や鎧の展示室である。また、名古屋城二の丸・能舞台の展示などが続く常設展示室が続く。

 やがて尾張徳川家に伝わる源氏物語図屏風や、螺鈿細工の雅な家具の展示室へ。


 さらに、隣接する蓬左(ほうさ)文庫からは、特別展『尾張家臣団』へと続く。江戸時代の尾張家臣団、つまり、尾張徳川家に仕えた人々の活動や記録を、公文書や文、物品などから学ぶことのできる特別展である。田沼時代を皮肉った狂歌などの展示もあり、極めて興味深い内容となっている。人によっては嬉しい「見知った名」に出会えるのは、名門・尾張徳川家の家臣団ならではともいえるだろう。

 また、明治維新を過ぎてその後の家臣団の顛末を知る、貴重な公的資料も展示されており、尾張徳川家がその後も影響力を持ちながら、家臣団を保護していった経緯をうかがい知ることができる。


 さて、特別展を過ぎると、すぐに「凄まじい行列」にぶつかる。開館からそれほど時間もたっていないのだが、その先にある『至宝』の匂いを感じさせる静かな熱気が漂っていた。


 「四列に並んでください」

 という掛け声と共に、展示品に関する注意喚起をするスタッフの方々の、忙しさを思えば、頭の下がる思いである。


 白い壁に囲まれた、長椅子などから美しい中庭を望める余裕のある廊下に、ほとんど考えられないような長蛇の列が、ずらりと先へ続いている。幾つかの曲がり角をすっかり埋め尽くす熱気の中、私はこれからの展示物を思いながら、中庭の銀杏の木を眺めていた。


「綺麗ですね」


 と、前に並ぶ妙齢の女性に声を掛けられる。私もそれに同意し、良い季節になったものだと世間話をしていると、少しずつ行列が進んでいく。

 60分待ちのプラカードが45分待ちになり、行列を待たずに後ろから展示品を眺めることのできるという、スタッフの案内に従って行列の横を通り過ぎる人々を見送っていく。

 その歯がゆさたるや名状し難いところがあるのだが、しかし、これは目の当たりにしてはじめて価値のある物と信じて、少しずつ進んでいく行列に続いていく。


 やがて、最後の曲がり角(以前訪れた時はここで書籍などの土産物を売っていた)にやって来た時、目的の展示物をでかでかと示す看板が顔を覗かせる。


 期待に胸を躍らせて、看板の前まで辿り着くと、その特別な室内は、ほとんど物々しいと言ってよい喧噪の中にあった。

 最前列からガラスケース越しに展示物を見る長蛇の列に並ぶ人々と、そこから少し距離を置き、ガラスケースを背伸びして覗き込む観覧者たち。その、静かなる熱気の中へ入ったその瞬間、展示物の価値へ対する信頼が確信へと変わったのである。


 『国宝 源氏物語絵巻』。紫式部が著した、『源氏物語』から、現存する中で最も近い絵巻物であり、『伴大納言絵詞』、『鳥獣人物戯画』、『信義山縁起絵巻』と並ぶ四大絵巻物の一つである。平安時代末期というその来歴からも、この宝物の価値が窺えるだろう。


 現物を目の当たりにして真っ先に理解したのが、詞書から垣間見える「料紙」の美しさである。金や銀を散りばめた飾り料紙は、1000年の時を超えた現代でさえ、その美しさを我々に訴えてくる。

 さらに、美しい料紙から連なる絵巻の絢爛さたるや。引き目・鉤鼻・吹抜屋台という言葉を御存じであろうか。この源氏物語絵巻の雅やかさを象徴する重要な美術的表現技法で、細い目と鉤のような鼻という、我々からすれば「簡素な」表現技法によって、人物の表情の仔細を表現する凄まじい表現力は、目を見張る物がある。また、吹抜屋台、つまり天井を透過することによって、建物内部に本来あるはずの女房や姫君の姿を克明に描き出すことができる。こうした表現の妙により、本来であれば隠されているべき光源氏の時代の姫君の様子を、余すことなく眺めることができるのである。


 金銀の美しさだけではない。夜を表現するための小道具「高灯台」、銀の霞をかけることによる「夜」の表現の巧みさは、本来であれば暗くもの悲しさを感じる平安時代の夜を、美しく、しかも雅やかに表現する。この『価値』は詞書だけでは表現することができない。それを、後世まで守り抜いた人々の思いが、こうして目の当たりにして感じることができる。


 実は、かつて、この『源氏物語絵巻』は巻子本としての展示を諦めて額装によって展示されてきたことがある。何せ1000年近く前の絵巻物である、巻物を開くたびに料紙が擦れ、絵の彩色が剥落する。こうした苦い経験から、一度は額装にして大切に保管されてきたのであるが、額装は額装で、保存の面で懸念点がある。

 額装では桐箱等を用いて保管したそうだが、木材を用いたことによって材木が経年変化し、反りなどを通して絵巻に常に圧力をかける状態となる。また、絵の具の剥落や乖離の中でも、群青色などの劣化が顕著で、粉状になって料紙から乖離すると言った懸念も見られたという。こうしたことから、源氏物語絵巻を巻子本に戻す試みが取られ、徳川美術館開館90周年の本年に合わせて、これを「全巻」(保存の取り組みが示す通り、これが非常に重要なのである)開帖されたのである。

 さて、語りすぎてしまったが、 1000年の時を超えた至高の美との邂逅が、どれ程貴重で得難い経験であるかを、ご理解頂けただろうか。


 余談ではあるが、この絵巻の観覧をとおして、実は少し嬉しいことがあった。先ほどの妙齢の女性とちょうど順番的に並んでいたので、料紙や絵画の美しさ、また絵画部分の人物や小道具の表現の巧みさについて話しながら観覧していたところ、「もしや、専門の方ですか?」と聞かれてしまったのである。素直にそうではなく趣味だと答えたのだが、この方が専門の方らしく、妙に詳しいと感じて頂けたらしい。とても名誉なことである。


 待ち時間に対して、観覧時間は極めて短い。「止まらずにお進みください!」と、この女性と並びながら何度か急かされてしまったのだが、やはり止まりたくなってしまう気持ちはとても否定できない。何せ上述の語りようである。皆様も想像に難くないだろう。


 とはいえ、停まることは迷惑というだけでなく、展示物の歴史を思えば展示すること自体が相当なリスクであることは想像に難くなく、先行するこの女性にそれとなく「牛歩」を促しつつ、展示物を観覧させていただいた。

「どれだけ待ったと思っているのか」と言いたくなる気持ちも無いではないが、それはそれ、個人的興味は至宝の保護に優先しないのである。


 観覧を終え、最後に、額装を丁寧に保存してきた収納箱の展示を眺める。これまで開館より絵巻を守り続けてきた黒塗りの棚箱は、絵巻の展示室の喧騒を、静かに、穏やかに見つめている。「物に歴史あり」とは言うが、かつて繊細な絵巻たちを守り続けた母のような穏やかな眼差しは、誇らしげでもありつつ、どこか悲しげでもあり、その複雑な感情の機微に「もののあはれ」を感じずにはいられなかった。



 2024年11月某日、東京の古民家の取り壊しに際して、一双の屏風が発見された。

 蝶番は損壊し、猫や虫の影響も受け、壊滅的な被害を受けた屏風は、取り壊しを機に破棄される危険もあったという。

 その屏風は、江戸時代の土佐光孚(とさみつざね)の手なるものと思われる、非常に貴重な屏風であったという。

 現在、この屏風は東京国立博物館において、補修のための取組みが行われている。

 ある財物がこの世界で価値を持ち続け、保護され続けるためには、私達がそれを目の当たりにして何を感じ取り、どんな価値を感じるかにかかっている。連綿と保護し続けられる財物、それが残り続けるという事象自体が、人々の思いと、その財物の価値を物語っているのである。

 果たして、私達はここから数千年の時を超えて、『紫のゆかり』を後世に伝えていくことができるだろうか。私一人の力がどれほど千年に対して無力であったとしても、その価値を、その情熱を、その『意味』を、どのようにして伝えることができるのだろうか。


 徳川美術館を出ると、肌寒い早朝の行列が少し穏やかになる、気持ちの良い秋晴れが空に広がっている。名も知らぬ誰かが行列に並んでいるその姿に、どこか有難い思いを抱きながら、私は空に温い息をこぼして、大曽根駅まで続く広い歩道へと歩きだしていったのである。

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