五十一話 洞窟探検はキラメキと共に
高くそびえ長くつづく断崖にそって、順調に夜の森を進むことしばらく。
星の石を見つけることができないまま、深い夜の時間も半ばをすぎ、さてどうしたものかと地面に降り立ったところで、ふと左隣にそびえる崖に違和感を覚えた。
よくよく視線を崖に注ぐと、少し前方の壁のような岩肌の、その一部分の色が違って見える。
なんだろうと思いながら歩みよると、巨樹と下草にそれとなく隠された、小さな穴があった。
それも、ただの穴ではない。ひと一人ならば通れそうな幅の空洞が先までつづく、小さな洞窟だ。
「これは……」
――未知の冒険が、私たちを待っている予感がする!
この小さな洞窟の奥に、星の石があるかどうかは分からないが、それはそれとしてこの好奇心を止めることはできない!
笑顔のままに、小さな三色の精霊のみなさんへと声をかける。
「みなさん! あの洞窟を探検しに行きましょう!」
『いいよ~!』
『たんけん!』
『たんけ~ん!』
思わず跳ねた声音になってしまったのは、ご愛嬌。
精霊のみなさんも楽しげな様子なので、今回の夜は洞窟探検を楽しむことにする。
下草をなるべく踏まないよう、軽やかに飛び越えて巨樹の立つその奥へと着地し、ぽっかりと空洞になっている小さな洞窟の中をうかがう。
すると、肩と頭にぴたりとくっついてくれていた精霊のみなさんが、ふわりと前へと躍り出る。
何かあるのだろうかと暗闇の先を見つめてみるが、ほんのりと光を灯した蔦が岩の壁に這い、岩からしみ出したのだろう水でぬれた土混じりの地面がつづいているだけだ。それも、すぐにゆるいカーブにその先を隠されている。
小首をかしげながら、当の本人……本精霊? のみなさんに問う。
「みなさん、何かありましたか?」
『ううん!』
『なにもないよ~!』
『だいじょうぶだよ~!』
「そうですか。良かったです」
私の問いかけに、ふよふよとそばに近づいて返された言葉を聞き、ほっと安堵する。
一方で、つづいた言葉には瞳をまたたいた。
『ここあんぜん~!』
『あぶなくないよ~!』
『まものいないよ~!』
安全、危なくない、そして魔物がいない。
つまりこの洞窟内では、戦闘をするような危機的状況におちいる可能性がないか、あるいは限りなく少ない、ということだろう。
私ともっとも仲良しな三色のみなさんがそう語るのであれば、間違いはないはずだ。
みなさんの言葉に一つうなずきを返し、口を開く。
「そうなのですね。ご確認ありがとうございます。……しかし、魔物との戦闘が起こりえないのであれば、攻撃系の魔法を事前展開しておく必要はなくなりましたね」
ふぅむ、と腕を組み口元に片手をそえる。
せっかく《並行魔法操作》で同時に発動できる魔法が三つに増えたのだ。
〈ラ・フィ・フリュー〉と、もしもの時には素早く撤退できるように〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉はこのまま継続発動するとして、もう一つ魔法を並行発動したい。
と、一瞬とある魔法を発動するのはどうだろうかと閃く。
光の魔法をつかさどる、天神様のお祈り部屋で授かった二つの魔法の、あまりにも使いどころが……なさそうなほうの魔法。
そう――私の動作にしたがって白光の粒が煌き舞う、煌きエフェクトが出るだけの魔法の、あの〈グロリア〉だ。
さいわい暗い洞窟内とは言え、《夜目》のスキルで暗闇の中でも問題なく見通すことができるため、〈ルーメン〉で頭上から周囲を照らす必要まではない。
付近に他のシードリアもいない上、この小さな洞窟内ならば人が近づいて来た場合はすぐに気づけるだろうから、煌めく姿を目撃されることもないだろう。
であるのならば、この状況を活かさないという選択は、ないのでは!?
――いや、本当は分かっている。
これが、ただの深夜テンション……ならぬ、朝の謎のテンションゆえの結論だということは!
しかし。けれども、だ。
文字通り使いどころがなさすぎるために、一度も使われることがないというのは、さすがに天神様へのお祈りの結果として得た魔法に対して、失礼ではないだろうか?
それならば、何一つとして問題となる要素がない今こそ、使い時であるはずだ。
……よし、そういうことにしよう。
脳内で閃きに対するもろもろの決着がついた後は、遠慮なく発動するだけだ。
《魔力放出》を意識して、魔法名を声に乗せる。
「〈グロリア〉」
たしかな発動の感覚と、肩から流れてきた長髪を無意識に後ろへとはらったのは、ほとんど同時。その動きに対して舞った煌きのエフェクトに、問題なく魔法が発動していることを確認する。
その煌きに、精霊のみなさんがふわりふわりと近づく。
『きらきらだ~!』
『きれ~い!』
『しーどりあ、あそんでる~!』
最後の核心をついた小さな水の精霊さんの言葉に、思い切り咳払いをする。
なんだか、友人にイタズラが見つかったような気持ちで、少々気恥ずかしい。
まぁ、何はともあれ。これにて準備は整った。
精霊のみなさんを見つめ、微笑みをうかべる。
「お待たせしました。さぁ、みなさん。洞窟探検をはじめましょう!」
『わ~い!!!』
くるくると舞う小さな三色の精霊さんと一緒に、高揚感をつれて洞窟の中へとまずは一歩、足を踏み入れた。
とたん、カツンと小気味良い音が反響する。歩を進めると、足下からの音には水を踏む音もまざった。
嗅覚として感じるのは、岩と土の硬質さと豊かさが重なった香りに、水の爽やかさが加わった香り。しっとりとしたその香りに、洞窟空間特有の肌寒く感じる涼しさが合わさり、はじめての体験に心が躍る。
そっと触れてみた壁は、ゴツゴツとした岩の手触りとしめった冷たさが新鮮で面白く、その壁を伝う蔦が淡く光る様は幻想的で美しい。
これはきっと、素敵な洞窟探検になることだろう。
やはり横に二人並んで歩くことはできないだろう細い幅の空洞を、三色の輝きと白の煌きと共に、見回しながら進んでいく。
たしかこの【シードリアテイル】では、仕掛けや魔物などを内包する、探索が必要な洞窟や地下空間、遺跡や廃墟などを総じてダンジョンと呼ぶのだと、事前の情報収集時に語り板に書かれているのを見た覚えがある。
そうすると、この小さな洞窟も実際はちょっとしたダンジョンなのかもしれない。
もっとも、ダンジョンにしてはずいぶんと平和なのだが。
精霊のみなさんの言う通り、魔物がいる気配もなく、何かしらの罠があるわけでもない。
ゆるやかに蛇行する一本道は、ダンジョンだとするとやはりシンプルな造りで少々物足りなさを感じるが、はじめての洞窟探検としては興味をひかれるものばかりだ。
拳大の石が転がる水でぬれた岩の地面は、しっかりと気を付けていないとつまずいたりすべったりしてしまいそうになり、よく足元を見る新鮮な体験ができている。
足下に気をつけながらも、てくてくと煌きをまといながら歩いていく中で、〈グロリア〉の白い煌きが光る蔦にふれると、蔦の光が一瞬だけぽわっと強くなる様子も、見ていてなかなかに楽しいものだ。
一番物珍しく思ったのは、時折天井からたれている鍾乳石。その不思議な形を見上げていると、先端から零れた水の雫が地面へと落下し、ぴちゃんと音を立てる。そこへ小さな水の精霊さんが飛んでいき、雫の落ちた場所で遊んでいる姿が愛らしく、ついつい頬がゆるんだ。
安全な洞窟探検は、特に問題もなく順調に進んでいく。
細い道を観光気分で歩き、精霊のみなさんと言葉を交わし、煌くエフェクトのように心を高揚感で満たしていると、ふと前方に拓けた場所があることに気づいた。
下草の緑が見えるその場所は、この幅の狭い通路よりも幾分広くあいた、入り口が見える。
なんだろうと、水と風の小さな精霊さんたちと顔を見合わせていると、ふよふよと土の精霊さんだけが前方へと進んでいく。
小さな茶色の光を追いかけようとしたその時、土の精霊さんが嬉しげな声を上げた。
『しーどりあ~! おはながあるよ~!』
「お花、ですか?」
唐突な言葉に小首をかしげつつ、足早に土の精霊さんとの距離をつめると、拓けた場所の入り口はもう目の前。
ひと二人分ほどの幅があいた入り口をくぐりぬけると――そこは、暗がりの中でも美しい、花園だった。




