五十二話 夜明けの花の蜜の祝福
※ふわっと甘味系飯テロ風味です!
踏み込んだ広々とした空洞は、壁に這う蔦の光に淡く照らされた、一面に咲きほこる花々の空間だった。
ほぅ……と、思わず感嘆の声が零れ落ちる。
ここが洞窟の中であることを忘れそうなほど、地面いっぱいに咲いている花は主に二種類。
濃い緑の三つ葉と玉のような白い花をもつクローバーに似た背丈の低い植物と、その花の合間に負けじと咲いている、細い花弁を放射線状に並べた薄紫色の花だ。
どちらもとても可愛らしく、地面を彩っている。
その花々に彩られ、丘のように少しだけ盛り上がった中央に、もう一種類の花がぽつぽつと生えていた。
ひときわ背の高いその花は、精霊のみなさんより少し大きいていどの先の二種類の花々とは異なり、拳大ほどの大きさがあり、白く見える花弁はつぼみのように丸く閉じている。
そういう花の形か、そもそもつぼみなのだろうかとも思ったが、見る限りはやはり花弁が閉じているように思えた。
その様子を少し不思議に感じながらも、視線は自然と花開いている地面へと戻る。
薄暗い中でも、クローバーに似た白い花はその色の清らかさを放っており、そろりとかがみ込み三つ葉に触れると、とたんに四つ葉はないだろうかと探したくなってくるのだから、面白い。
……それほどこの花に魅力があるということか、それとも私の好奇心が強いだけかという点は、議論しないでおく。
時々甘やかに香る薄紫色の花の香りを楽しみつつ、夢中になって四つ葉がないかと視線を移動させてみるものの、さすがにすぐには見つけられそうにない。いや、そもそも存在するのかさえあやしいのだが。
そう言えば、壁を伝う光る蔦もだが、ここに咲いている花々のことも植物図鑑には載っていなかった。
あの植物図鑑自体は、あくまでこの森の中に自生している植物についての一覧のようにみえたため、洞窟の中に生えているものまでは載せていないのかもしれない。
あるいは、そもそもこの場所の存在を知らなかったか、あの植物図鑑が書かれた後にできた洞窟なのか……それとも、何かしらの理由で意図的に書かれていなかったのか。
少しずつ、答えのみえない未知が積み重なっていく。
唯一はっきりしていることは、ここには星の石はないということだけだ。
ついでとばかりに、四つ葉も見つからない。
若干気落ちして、ついつい肩を落としたそのすぐ後――サァーと、唐突に周囲の色が変化した。
ハッと顔を上げて立ち上がると、色の変化は空洞そのものにおこっていることだと、すぐに気づく。
なにせ、見上げた高い岩の天井にぽっかりとあいた穴から、幻想的な薄青の光が射し込み、一面に咲きほこる花々の楽園をライトアップのように照らしていたのだから。
薄青に満たされた空間の中、小高い丘のような中央で閉じていた花弁が、ゆっくりと花開いていく様子が見え、思わずくぎづけになる。
ふわり、ふわりと、ぽつぽつと生えている花たちが、その先端だけが薄紅に染まった白い花弁を開き、蓮華を大きくしたような姿を現す。
美しいその花は、天井の穴から射し込む薄青の光にいっとう照らされ、淡く光っているように見えた。
薄暗かった花園は今や、やわらかな光が降り注ぐ中でより神秘的な場所へと変化し、ここでようやく深夜の時間から、夜と朝の間にあたる夜明けの時間に時刻が移り変わったのだと気づく。
はじめて見る夜明けの空からもたらされた神秘的な美しさに見惚れていると――ふいに、つんつんと左肩をつつかれた。
顔をそちらへと向けると、土の精霊さんがくるりと小さく回転し、
『よあけのはなだよ~!』
と、花のことを教えてくれる。
どうやらそれはあの大きな蓮華のような花の名前であるらしい。
なるほど。夜明けの時間に花開く、夜明けの花、ということか。
一人納得しつつ、なるべく足元の花々を踏まないように気をつけながら、夜明けの花へと近づく。
薄青の光に照らされた一輪の前まで歩みより、足を止める。
ハチミツのような香りがふわりと立ち、その甘さを想像して少し頬がゆるんだ。
すると、眼前の夜明けの花を一周した土の精霊さんがまた愛らしく声を上げる。
『あのね~! はなのみつ、しーどりあにあげるって~!』
「花の蜜を、私に?」
『うん! おはないちまい、ちぎっていいって~!』
「なるほど……分かりました。ではありがたく、一片いただきますね」
まるで心を読まれたかのような申し出に、けれど興味をひかれていたことは事実なので、花弁の一枚へと手を伸ばす。
よく似た蓮華の花と同じ名前を持つ食器を思わす一枚をプチリとちぎりとり、花の中心部にくっついていた側にとろりとたまっていた黄金色の蜜を、一口。
――瞬間、花の豊かな香りが鮮やかに嗅覚を刺激し、ほんの少しの爽やかさを含んだ濃厚なハチミツに近い蜜の甘さが、舌の上で踊った。
「美味しい!!」
たまらず声を響かせると、刹那しゃららら……と、美しい音が鳴る。
記憶の中、創世の女神様がご降臨なされた際に鳴っていた音がよみがえったが、完全に同じ音というわけではない。
よく似たその音はどうやら効果音だったらしく、眼前には光る文字がはっきりとうかんでいた。
驚きの余韻で瞳をまたたきながらも、それを読み上げる。
「……《祝福:不変の慈愛》?」
手に持ったままの一枚に残された蜜を、なるべく上品に口に含み堪能しつつ、記憶を探っていく。
「美味しいですねぇ……ではなく。ええっと、祝福、ですか……」
こぼれた心の声を呟きで修正して考えてみるが、あまりの蜜の美味しさに半分以上の意識はそちらにもっていかれる。
なにせ美味しい。パンにつけて良し、紅茶に入れて良しであろう濃厚で甘い蜜に、頬が落ちてしまいそうになる。これほど美味しいのだから、思考がにぶってしまうのも仕方がないというもの。
とは言え、かろうじて事前情報として調べた中にあった知識は思い出した。
――祝福とは、多くは神々や古き存在によって生き物に授けられる、特別な効能を持つスキルを示す総称だ。
現時点で珍しいとされている恩恵と同じく稀有なものであり、まだ詳しいことはあまり判明していないため、ヴェールに包まれているものの一つだったはず。
おそらく夜明けの花は古き存在であり、そのためこうして祝福を授かることができたのだろう。
蜜を食べ終えたとたん、はらりと細やかに崩れて地面へと消えていった一片を見送り、蜜の甘さの余韻を楽しみながら、灰色の石盤を出す。
開いたスキルの一覧に、祝福の名を見つけて説明文を流し読み――思わず、夜明けの光が降り注ぐ天井を仰いだ。
「えぇ……?」
深みを帯びた高めの声音が、ふるえをともなって零れ落ちるのが、いやにはっきりと耳へ入る。
……信じられない内容を、見てしまった。
『しゅくふく~!』
『しーどりあ、なにもらったの~?』
『おしえておしえて~!』
「あ~~、ええっと、ですね……」
無邪気な精霊のみなさんの質問に、どうしてもぎこちない笑顔をうかべてしまうのには、目を瞑っていただきたい。
そろりと視線を眼前の石盤へと戻し、覚悟を決めて読み上げる。
「[夜明けの花から授けられた、常時解毒状態になり、各種状態異常にかかりづらくなる祝福。この祝福は、永続的に常時発動する]……とのことです」
『わ~! すご~い!』
『ちくちく、びりびり、うごけないのも、へるね!』
ガクッとうなだれた私のそばで、水と風の精霊さんたちの声が純粋に響く。
ちくちくは毒の状態異常で、びりびりは麻痺、うごけないのは、石化のような状態異常があったりするのだろうか?
いずれにせよ、常時解毒状態かつ各種状態異常にかかりづらくなるという効能が、とんでもない効能であるということは、もはや理解を間違いようがない。
少なくとも序盤の敵には、間違いなく有用すぎるほどのしろものだと思う。
……祝福、ちょっと凄すぎる。
『よかったね、しーどりあ~!』
「えぇ、その、たしかにとてもありがたいことなのですが……少々、素晴らしすぎませんか?」
我がことのように嬉しげな土の精霊さんに、思いきってそうたずね、
『えっへん! っていってるよ~!』
夜明けの花の返答を通訳してくれた言葉に、見事に撃沈した。
もはや清々しさすら感じるのは、きっと気のせいではないだろう。
これは、アレだ。恩恵と同じく、これから先最大限有効活用して行けば良いのだ!
――人はこの状態を、開き直った、と表現する。
姿勢を正し、花弁の一枚をいただいた夜明けのお花様へと、深々と一礼。
「貴重なものを授けていただき、本当にありがとうございます!!」
『どういたしまして、だって~!』
土の精霊さんの愛らしい声が、夜明けのお花様の音無き返答を伝えてくれることにも、改めて心底から感謝した。




