二十話 付与魔法の深淵に笑む
マナさんにうながされるまま、蔓の机に飾られた綺麗な装飾品のような武器を眺めていく。
指輪と腕輪を繋ぎ手の甲を飾る手飾りは、蔦や花をモチーフにしたものがいくつか並び、端のほうにはシンプルに魔石が連なって甲を飾るものもある。
気になったのは、その飾られた魔石の色がすべて澄んだ蒼色だということ。蔦や花をモチーフにしたものにつけられている魔石も蒼だ。
たしか、リリー師匠の装飾品に飾られた魔石には、他にも青や銀、茶色や緑などの別の色合いもあったはず。
小首をかしげていると、横からマナさんが言葉を紡ぐ。
『ロストシードは、純性魔石を見るのははじめてかしら?』
「純性魔石、ですか? えぇ、おそらくはじめてかと」
ちょうど肩と頭から降りてきた、三色の下級精霊のみなさんへと視線を向けると、一様にくるくると小さく回る。
『はじめてだよ~!』
『ぞくせいのついたのはみた~!』
『しーどりあ、まりょくだけのははじめてみるね~!』
そう、私の認識を伝えてくれる精霊さんたちを見つめ、マナさんはうんうんとうなずいた。
『そうだったのねぇ。わたしがあつかう魔石は、実はぜんぶ純性魔石なの。純性魔石は普段は魔力量の補助……つまり外付けの魔力として塊のまま持ってたり、付与魔法の持続的な魔力供給に使われたり、効果の高い魔力回復ポーションの材料だったりするの』
「なるほど、そのようなものだったのですか……」
説明を聴き、スキル《付与属性魔法操作》時に考えていた、物に付与する付与魔法の魔力供給元が魔石ではないかという予想が当たっていたことに、小さくうなずく。
リリー師匠に尋ねるつもりだったが、先にこちらで答えを聞くことができたのは、僥倖だ。
改めてじっくりと澄んだ蒼色の魔石を見つめる。
どこか心が惹かれるような、魅力的な色彩だ。
この【シードリアテイル】ではもしかすると魔力自体の色が、このような蒼色なのかもしれない。
湧き上がる好奇心と高揚感に笑みをうかべると、マナさんがどこか得意げに説明を続けてくれる。
『わたしの手飾りは、この純性魔石に付与魔法を加えて装備者の魔力を安定させて、いざ魔法を使う時に不発を防ぐ効果があるのよ!』
「なんと! 付与魔法を加えていらっしゃるのですね!」
『えぇ、そうなの!』
えっへん、と腰に手を当てて強気に笑むマナさんに、付与魔法という単語があっては反応しないわけにはいかない。
マナさんの後ろのほうで杖を手入れしているテルさんが、若干半眼になってマナさんを見ているような気がするが、それはこの際横にそっと置かせてもらおう。
「あの、私も付与魔法を学びたいと思っておりまして……!」
『へぇ! ロストシードは付与魔法に興味があるのね?』
「はい! 実は、一つだけ習得できた付与魔法があるのですが、それは自らにかけるものでして。武器などにかける付与魔法のことを、もしよろしければ教えていただけませんか?」
右胸へと左手を当て、真摯に付与魔法について知りたいと願っていることを伝えると、マナさんはくるりと後ろを見やる。
視線の先にいたテルさんは、変わらない無表情で小さくうなずいた。
手入れしていた杖を置き、そばに来てくれたテルさんと、マナさんが相談をはじめる。
『付与魔法自体は習得できてるなら、魔法操作は問題ないと思うのよね』
『ああ。あとは単純に、自身ではなく物にかけることを意識して、魔法を付与することが重要だな』
『でもそこが、難しいところよ。武器も装飾品も服も、人の身体よりずうっともろいもの! それに、持続付与のための純性魔石の質も大切だわ!』
『そうだな。それに、付与魔法自体の相性も考えなければ、うまく発動できなくなる弊害も出る』
そのように語るお二人の会話を聴き、口元に手をそえて、なるほどと小さくうなずく。
たしかにスキルとして《付与属性魔法操作》を習得しているため、魔法操作は問題ないはずで、あとは人ではなく物へと魔法を付与する意識の問題、ということだろう。
持続付与のための純性魔石については、質はともかくそれ自体が必要なのは間違いなさそうだ。これは先ほども考えていた点であり、《付与属性魔法操作》の説明文にも書かれていた[持続付与には魔法を持続するための魔力の供給が必要]という部分の明確な解答に他ならない。
人ならば自身や他者の魔力を使うことで持続付与が可能だが、武器などの物に持続付与をするのであれば、やはり魔石が必要なのだろう。
しかしその後の付与魔法自体の相性、というあたりで小首をかしげる。
ふと、入店する前の痴話喧嘩の中でテルさんが言っていた言葉がうかんだ。
……杖と手飾りは二つ同時に使うことはできない。たしか、そう言っていた。
安定性を高める手飾りと、威力を高める杖を同時に使うことができれば、魔法は格段に使いやすくなるだろうに。
首をひねりながら、思い切ってお二人に小さな謎を問いかける。
「そういえば、なぜ手飾りと杖は併用できないのでしょうか?」
私の素朴な問いに、ひょいとかるく肩をすくめて、マナさんが答えてくれた。
『付与魔法の相性が良くないの』
「相性……ですか?」
『杖は威力向上の、手飾りは安定化の付与魔法をかけるからな。互いに相反する効果を有しているがゆえ、干渉し合いお互いの魔法の本来の効果が発揮できなくなる』
「なるほど……!」
追加されたテルさんの説明に、はっとして大きくうなずく。
そう言われてみると、属性魔法にはそれぞれ相性があり、例えば魔物と戦う際などは魔物の持つ魔法の相性を見極めて、こちらも魔法を使わなければならないと、魔法の本の後半に書かれていた。
であるならば、付与魔法にも魔法それぞれに相性があることは、至極当然だろう。
それにね、とマナさんの言葉がつづく。
『そもそも、わたしが手飾りにかけてるような、魔力そのものを安定させる効果の付与魔法は難しい魔法なの。専用のスキルを習得できるまでにも、時間がかかったりするし……』
『私が扱う、属性魔法の効果そのものを向上させるたぐいの付与魔法も、難しい部類だ。魔法の威力を向上させるという点では、根本的にはやはり属性魔石の得意分野だからな。……属性魔法自体を付与する、というのはそう難しくはないのだが』
お二人のその言葉を聴き、ようやく付与魔法というものの難しさを察するに至る。
私が習得した唯一の付与魔法である〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉などは、確実に属性魔法自体を付与するものであるからして、そう難しくはない部類の付与魔法だったのだ。
さすがは付与魔法。
技術と称されるだけはあり、それなりの学びやスキルを覚えるまでの道のりは、どうやら平坦なものではないらしい。
――もっとも、それでこそ楽しみがいがあるというものだけれど。
うっすらと口元にうかぶ笑みをそのままに、マナさんとテルさんに言葉を紡ぐ。
「付与魔法とは、実に奥深い魔法なのですね。色々と教えていただき、ありがとうございます。先ほどのお話しにありましたとおり、私はまず物に付与するという意識を心掛けてみます」
『ああ、それが良いだろう』
『そうね! まずはそこからね!』
私の言葉に、お二人そろって強くうなずきを返してくれる。
どことなく仲の良さが感じられるその仕草に、自然と微笑みが重なった。




