最終話 晴れた日に降る優しい雨
2014年12月24日。
この日は雲ひとつない青空。世間は言うまでもなく、キリスト教のお祭りであるクリスマスームードだ。そんな中、二人の若い男女がお寺の墓地に来ていた。
ベージュのコートを着た男性が、線香に火をつける。ワックスで整えられた短い黒髪のその姿は、まさに今時の大学生だ。
「火、ついたよ」
男性はラベンダー色のコートを着てサングラスをかけた小柄な女性の右手に、線香を持っていく。綺麗な黒髪が肩まであるこの女性は、男性の恋人のようだ。
「うん! ありがとう!」
女性は明るい声で言うと、それをそっと掴む。男性は女性を線香皿に手際よく誘導する。
女性は線香を置くと、右手の指をそろえて縦にする。両手を合わせたくても、左腕がないのだ。
「お父さん、お母さん、やっと来れたよ。私、今、とっても幸せだよ」
この女性の名前は加藤亜美子。そして、一緒に来ている男性は西田京介だ。
背こそ低いが、亜美子にはもう小学生のようなあどけなさは残っていない。立派な女性だ。
京介も垢抜けて、頼れる青年へと成長した。
幸せそうな二人は、両サイドが花で彩られた墓石の前で静かに祈る。
亜美子はあれからずっと入院していた。
左腕と両目を綺麗に消失するという医学的にありえない現象が起きた。そのため、たくさんの検査を受けたのだ。
時には海外からも医者が来た。だが、当然ながら原因はわからず、医者もお手上げになり、謎の奇病として処理された。
亜美子の入院が長引いたのはそれだけではない。戦いで失なった様々なものが引き金になり、精神を病んでしまったのだ。それは前の世界の記憶とは一切関係がなく、いわば一般的なPTSDのような症状だ。だが、隆との約束通り、生きることは一度も諦めなかった。
一方、京介はあれから頻繁に亜美子と音声で連絡を取るようになった。亜美子の体調が良い日は必ずお見舞いに行った。
そして、気がついた頃には、二度目の告白をすることもなく、自然な流れで亜美子と恋人同士になっていたのだ。
時間はかかってしまったが、亜美子の心が良くなったのは、京介がいたからと言っても過言ではない。
そして、今年に入り亜美子は退院できた。だが、頼れる親戚がおらず、退院後は西田家で暮らすことになった。ちょうど清秋の部屋が余っていて、そこを借りている。
さらに、清秋が金銭的な支援もしてくれている。教師とは別に、かなりの金額を稼いでいて、お金に余裕があるらしい。だが、何で稼いだかは不明である。
現在、京介は大学生だ。卒業後は、亜美子との同棲を予定している。
勉強は得意ではなかったが、自称カリスマ高校教師の清秋から勉強を教わり、難関大学にいけたのだ。
京介は清秋が教師をやっていることが、ずっと信じられなかったが、この受験勉強を通してやっと信じることができた。
亜美子は西田家の家事を手伝っている。目が見えないとは思えないような動きで行うが、元の性格もあり何かと抜けがある。だが、料理だけは上手い。
来年の4月から、目が見えなくても、片腕がなくてもできる事務職の仕事が決まっている。この仕事は清秋が見つけてきた。不良時代に培った人脈のおかけで、コネがたくさんあるのだ。
両親に近況報告をした亜美子と京介は、お墓をあとにする。
亜美子と京介は森の入り口に着いた。地元にある、遭難しそうなほど、広く深い森だ。
「本当に一人で行くのか? 小学生の時みたく迷子にならないか?」
心配する京介に亜美子はにっこり笑う。
「大丈夫だよ! 何かあったらすぐに連絡するよ! スマホのGPSもあるし!」
京介はあまり納得していないようで、諦めたように笑う。
「わかったよ。ヤバかったらすぐに連絡しろよ!」
「ありがとう!」
亜美子が白い杖も持たずに、森中へ入ろうとした時だ。何かを思い出して振り返る。
「1時間はGPS見ないで! 今から行く場所は秘密の場所だから!」
「え? 秘密の場所?」
亜美子は何も答えず悪戯っぽく笑い、森の中へと入っていった。亜美子の背中を見送る京介は、ため息をついてにっこり微笑む。
亜美子は目が見えていても迷ってしまうような道を、迷わずに進んでいく。目が見えなくても、身体が覚えているのだ。
「亜美子、久々に来たわね」
夢奈の声が聞こえた気がした。空気が柔らかくかなり、肌寒い優しい風が吹く。陽の光の暖かさを肌で感じる。秘密の場所に着いたのだ。
「久しぶりだね」
この場所があの日と何も変わっていないとわかった。ここは昔からある秘密の場所。
亜美子はその場にしゃがみ込み、土を盛る。そして、コートのポケットから何かを取り出した。
右手に握られたそれは、まだ亜美子の年齢にはすこしだけ早い箱だ。派手なピンク色をしている。
亜美子は箱の中から、乾燥した葉っぱが詰まったピンク色の大人の趣向品を取り出し口に咥える。同じくコートのポケットからライターを出し、不慣れな手つきで火をつけた。
煙が肺に入る前に吐き出す。それでも、若干むせる。
「煙草なんてよく吸えるねぇ……」
亜美子は盛った土に、火のついた部分を上向け煙草を刺す。
「これは隆くんの」
煙草をもう一本取り出すと、同じように火をつけて刺す。
「これは夢奈ちゃんの」
亜美子はもう一本取り出そうとしたが、途中でやめた。
「おねえちゃんは吸わないかぁ」
亜美子はコートのポケットから、たぬきのスタンプを取り出し、線香のような二つの煙草の横にちょこんと置く。
胸元から何かを取り出す。それは綺麗に輝くピンクの石のハートのネックレスだ。
「これ、薄紫の色になったこともあるんだけど、なぜかピンクに戻っちゃった。不思議かなこともあるもんだね」
亜美子はにっこり微笑む。サングラスの奥のまぶたを閉じて、右手の指を縦にする。
すると、無いはずの目から頬に何かが伝わる。雫となったそれは、大地に緩やかに染み込んでいった。
みんな、本当にありがとう。
隆くん。
あの時、助けてくれなかったら私は死んでいたよね。辛いこともたくさんあったけど、変身したことを後悔した事は一度もないよ。
10年近くも一人であれと戦って、お姉ちゃんのこともずっと愛してくれてありがとう。
私があれを倒せたのも、隆くんの中にお姉ちゃんがいたからだと思う。
お姉ちゃん。
前の世界の記憶しかないけど、いつも私のこと思ってくれてありがとう。
隆くんから、こっちの世界にいたお姉ちゃんの話もたくさん聞いたけど、やっぱり私の大好きなお姉ちゃんだったよ。
お姉ちゃんと隆くんの思い出、お姉ちゃんが生きた証は私がしっかり引き継ぐからね。
夢奈ちゃん。
二人の秘密の場所なのに、隆くんとお姉ちゃんを連れてきてごめんね。でも、どうしてもここが良かったの。
ここに来るのも遅くなっちゃったね。本当は夢奈ちゃんのお誕生日に、ここに来たかったんだけど、その日は心が辛くて動けなかったんだ。
私、弱いね。でも、やっと今日来れたよ。
謝らなければいけない事はたくさんあるけど、感謝する事はもっとたくさんあるよ。
夢奈ちゃんがいたから、私は頑張れた。だから、今度は私が誰かにとってそんな存在になりたい。なれるように頑張るね。
5年前、みんなで守った世界は平和……とは言えないかも。でも、日本は2014年になっても大きな災害や事件もなく平和にやっているよ。
もしかしたら、誰かが私達を守るために戦ってくれたからかも。みんなの記憶には存在しない、過去にだけ存在する誰かのおかげかもね。
もしかしたら、消えていった人達もいたかもしれない。そうした人達がいたこと、私は忘れないよ。
私、出来るならもう戦いたくないし、戦えるかもわからないけど、もし、また戦わなければいけない時が来たら、戦うからね。
夢奈ちゃんも、隆くんも、お姉ちゃんも、もしかしたらいたかもしれない誰かも、みんなの幸せを祈るよ。
隆くんには話したけど、私、一回神様になったんだ。その時、たくさん祈られたから、祈りの力は誰よりも知っているの。
死んでしまった私の子供達のことは私が死ぬまで忘れない。君達も生まれてきてくれてありがとう。
きっとこの地球にも神様がいるはず。だから私は祈るよ。
「みんなが幸せになりますように!」
♡Past Maidens〜魔法少女の記憶〜♡【完】




