第39話 ×××の異常な愛情
2009年12月24日。
この日は言うまでもなくクリスマスイヴだ。そんなクリスマスムードは一切感じない部屋に、一人の男がいた。その部屋からは、学校がよく見える。
「今日は久々にやるかな」
男は、冷蔵庫を開ける。中は普通の一人暮らしの男とほぼ変わらない。
だが、異様なものがある。黒い液体が入ったペットボトルが二つ。それは食材には決してないような、禍々しい輝きを放っている。男はその液体を、特に意味もなく冷蔵庫に入れていたのだ。
冷蔵庫から二本とも取り出すと、リュックの中に入れる。
夢奈が怪物になって以来、特に何もしなかった。だが、今日は久しぶりに動くようだ。
この男、異常者はとても計画的な一面と、無計画な一面が両極端である。そして、何をするにも、その動機は理解できるものではない。それ故の異常者なのだ。
2009年4月21日。
殺虫剤の怪物を倒された異常者は、自分の部屋にいる時間にまで巻き戻されていた。
この日、学校を襲ったのは特に理由はない。3月の終わりに引っ越してきた場所の近くに、たまたま学校があった。それだけだ。
「まさか、また別の特異点が現れるとはね」
異常者の顔は嬉しそうに歪む。
2009年4月22日。
この日の夜、異常者はパソコンでこの学校について調べることにした。すると、ものの数分で学校裏サイトを特定する。
「ふーん。特異点は随分と好かれているみたいだね。それに比べて、夢奈って子は本当に嫌われているなぁ」
学校裏サイトには、入院した亜美子を心配する書き込みと、前の日に学校を早退し、今日は遅刻していきた夢奈の悪口が書いてあった。異常者は遡り、亜美子と夢奈の情報を色々収集する。その最中、WeXを使った罠を思いつく。
「特異点はWeXやってないかぁ。よし。夢奈って子で試してみるか」
この時、異常者には夢奈を利用して亜美子に近づくという考えが全くなかった。ただ夢奈を罠にかけてみたいと思ったのだ。
この日以降、異常者は毎日のように夢奈に対する負の感情を煽るような書き込みをするようになる。
2009年4月24日。
学校帰りの夢奈を尾行して家を突き止める。
2009年4月25日。
夢奈が家から出てくる。あらかじめ、待ち伏せしていた異常者は、そのまま尾行を開始する。
そこそこ長い距離を歩くと、夢奈は入り口に灰皿が置いてある小さな煙草屋へと入っていった。そして、一分もしないうちに店から出てくる。
夢奈は買ったばかりのピンク色の煙草に火を付ける。最初の煙を吐き出すと、左手に持ちかえ、右手で携帯電話をいじりWexにアクセスする。
異常者もタバコを吸いたくなってしまい、灰皿の方へ向かい煙草に火を付ける。
夢奈は他の人がいることを特に気にしていなかった。この時、異常者は夢奈の携帯電話の画面を盗み見て、WeXのアカウントを特定したのだ。
2009年4月26日。
この日の夜。異常者は、夢奈のアカウントの日記を隅々まで読んでいた。
「小学生の時からネットやっているのかぁ。時代は変わったなぁ」
全ての日記を読み終え、夢奈がTAKUYAというアカウントに特別な思いを持っていることを知る。
異常者は、TAKUYAの日記も読みに行き、TAKUYAの好みを把握する。そして、TAKUYAが食いつくように、元からあった自分のアカウントのプロフィールを変えると、友達申請した。それはその日のうちに承認された。
異常者は積極的にTAKUYAの日記にコメントするようになる。さらに、元から知っているものもかなり合ったが、TAKUYAが興味のあるものについても勉強し始める。
2009年4月29日。
TAKUYAがArt syrupのライブに落選したことを確認する。すぐにオークションサイトを使い、チケットを二人分入手する。落札価格、2枚セットで75001円。
2009年5月13日。
この日の夕方、異常者は部屋でパソコンをいじっていた。
「よし、これでいいや。自分がどう思われているかくらい、やっぱり知らないとダメだよな」
別のアカウントを新規で作成し、学校裏サイトに悪口が書かれているというメッセージを夢奈に送る。
その日のうちに夢奈から返事が返ってきて、そのサイトを見たと判断したので、すぐにそのアカウントを削除した。
こうして、夢奈は自分がクラスメイトから嫌われていることを知ってしまったのだ。
2009年5月29日。
異常者はチケットを取ったことを忘れていた。ライブは明日だ。だが、全く慌てる様子もない。
「無理なら良いや」
WeXのメッセージ機能を使いTAKUYAへチケットを余らせたと連絡する。TAKUYAからすぐに、ありがとうございますと返事が来た。
前日にも関わらず、二人でライブに行くことが決まる。
2009年5月30日
ライブ終演後、二人は居酒屋にいた。
「本当に今日はありがとうございます! おかげで楽しかったです!」
「オレの方こそ助かったよ! 一緒に行く予定だった奴が急に熱出しちゃってさぁ!」
異常者と話すTAKUYAは眼鏡をかけた小太りの好青年という印象だ。
その後、1時間ほど楽しくおしゃべりをしていたが、TAKUYAは突然意識がなくなるように眠ってしまう。異常者が酒に仕込んでおいた睡眠薬が効いたのだ。
異常者はタクシーを呼びTAKUYAを家へと連れて帰る。
「おはよう」
TAKUYAは気がつくと見知らぬワンルームにいた。手足も口もガムテープで縛られうつ伏せになっており、身動きを取ることも声を出すこともできない。
この部屋は、学校の近くのアパートとは違う。異常者が前に住んでいた家だ。数年前に殺人事件があった事故物件で家賃も安く、何かあった時のために契約したままにしておいたのだ。
TAKUYAは涙を流しながら必死にもがく。だが、ガムテープが簡単に取れるはずもなかった。異常者はしゃがみ込み、TAKUYA目を見ながら、首にナイフを突きつけニヤリと笑う。
「大きな声出したり、聞かれたこと意外のことを答えたりしたら殺すからね。答えてくれたら殺さないよ」
TAKUYAが黙って頷いたので、異常者は口のガムテープを外す。
「WeXに使っているパスワードとメールアドレスを教えてくれないかな?」
TAKUYAは大きすぎない声で聞かれた情報を答えた。それを聞くと、異常者は部屋にあるパソコンをいじる。
「うん。間違いない。これで合っているね」
異常者はメールアドレスとパスワードを自分ものに変更する。そして再びTAKUYAに近づくとその首を絞め始めた。TAKUYAは抵抗もできず、意識が遠のいていく。
「ヴァルグタイン」
異常者がそういうと、TAKUYAの服も身体も溶けてしまい、真っ黒な液体へと変わる。それは直径30センチ程の球状になりに宙に、浮いている。
冷蔵庫から空のペットボトルを取り出すと飲み口を黒い液体に向ける。黒い液体はその中へと入っていった。
2009年5月31日。
異常者は、TAKUYAという名前でWeXの有料アカウントを作成する。さらに、TAKUYAの元のアカウントを使い、こんな日記を書く。
このアカウントの容量がいっぱいになったので、新規で有料アカウントを作ります。
このアカウントを使用するのは最後です。新しいアカウントを教えて欲しい人がいましたら、コメントをください。
今までお世話になりました。ありがとうございます。
その後、有料アカウントの日記にArt syrupのレポートを書き終えた頃には、夢奈を含む複数人からコメントが来ていた。全員に申請を送りその日のうちに承認される。
こうして、異常者の有料アカウントはTAKUYAの新しいアカウントとして夢奈に承認されたのだ。
2009年6月1日。
早朝、リュックを背負った異常者は商店街にいた。店が開く時間には早く、まだ街は眠っている。人は殆ど歩いていない。異常者はそんな商店街のさらに、目立たないところへ行く。
商店街に向かう途中で拾った石をそこに置き、リュックから黒い液体の入ったペットボトルを取り出す。蓋を開けその石にかけると、そのまま家に帰った。
14時を少しすぎた頃、異常者は学校近くのアパートのベッドで目を覚ます。家に帰るとすぐに寝てしまったのだ。
「もう、こんな時間か。そろそろ始めるか」
異常者は窓の方へと近づき、学校を見る。
「グリシュニモス」
空はたちまち赤く染まっていく。異常者は起きたばかりのため、喉が渇いていた。紅茶の準備を始める。
それから、程なくして空が青く戻っていく。窓から空を見た異常者はニヤリと笑い、キッチンテーブルの椅子に座る。
「うまくいった……」
残った紅茶を一口飲む。
「君を、罠にかける……」
異常者は歪んだ笑みを浮かべる。
亜美子とたぬきが黒い岩の怪物を倒したことにより、TAKUYAの存在はこの世界から消えた。
だが、夢奈は異常者が新しく作っていたアカウントを、「昔からずっと知っているTAKUYAの新しいアカウント」として認識していた。そのため、TAKUYAに対する恋心だけが残ってしまったのだ。
こうして、異常者はTAKUYAになりすました。
2009年7月22日。
この頃には、異常者は夢奈と頻繁に連絡を取るようになっていた。
だが、夢奈に恋心は残っていてもTAKUYAとの記憶は全て消えている。だから、過去よりもなるべく、楽しい今や未来に目がいくような話題を提供するようにしていた。それでも、最初の方は何度か危ない時は合ったがどうにか乗り切った。
恋は人の判断を曇らせるのだろう。結局、夢奈が自分の記憶がないことに気が付いたのは、自身が怪物にされてしまう日であった。
この日、異常者は大型ショッピングモールに開店と同時に入る。そして、すぐにコインロッカーにリュックを入れた。
このリュックの中には、黒い液体を入れたビニール袋が入っており、その中にあらかじめ狐の面を漬け込んでいたのだ。
異常者は、万が一のために怪物を仕込んでおいた。自分の正体がバレていて、何かの罠に嵌められている可能性も0ではない。そのため、戦闘できるようにしておいた。
また、異常者に取り憑かれた拓也を演じる作戦は、あらかじめ計画していたものではなく、その場で思いついて行われたものだった。
2009年12月24日。
「さぁ! 行くぞぉ! メリークリスマス!」
楽しい思い出を振り返りご機嫌の異常者が、元気よく部屋から飛び出す。




