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サークア強襲作戦 Ⅲ

――ジグラット教、本山、天空の木

下からでは、最上階がどこにあるのかさえ分からないほど、『天空の木』とよばれる塔は、物凄い高さを誇る。

基礎である一階部分についても直径からすると、かなりの円周になる。

こと塔の最上階に、今回の進軍を、実質的に指揮している。

教祖・ジグラット(何代目かは不明)が、いるとの事である。

一般公開されているのが、六百三十四階までであり、最上階はちょうどその六階上との事。

まずは、一般公開されている最高の高さまで、昇ることにした。


当然ながら、一番の観光スポットということもあり、魔導エレベーターを利用するのにも、金貨二枚ほどの値段がかかる。

この世界の金貨は、帝国の通貨であり、現代日本感覚だと約十万円くらいの価値だと考えられる。

だから、魔導エレベーターを使うだけでも、二十万円くらい支払う事になる。

よく考えてみたら、そんな大金を持ってはいなかった。


昇る前に、まず市場にでて安い武器を仕入れる事にした。

武器の値段は、銀貨六枚くらいで買えるものが、たくさんある。

ちなみに、銀貨は日本円にすると二千円くらいの価値である。

余談だが、銅貨は百円ほどの価値といえる。

大戦後は、それぞれの含有量は一定しており、価値計算は安定している。


片手で扱えるカットラス風の剣に、ポールアックスを合計で、銀貨三十枚程で購入した。

一応、イレアナに見られると、何を言われるか分からないので、イレアナの工房にはもっていかず、隣に気のいい老夫婦が営む、武器工房へ持っていった。


「じっ様、悪いけどちょっとこの武器置いといてくれないかな?」


「おおよ、イレアナちゃんトコの旦那さんかね?奥さんには内緒で何やっとんじゃ」


「じっ様、僕はイレアナと結婚してないですよ」


「そうかい?もったいないね~。物静かな娘だけど、料理もできて、嫁さんにすると最高なのにね~」

「ばっ様まで、何言ってんですか」


「そうだぞ、小さいのに安産型のプリっぷりのお尻してるだろうが」


「あんた何言ってんだい」


じっ様は、余計に一言で、ばっ様に折檻を受けている。

何だかんだで、息もぴったり、夫婦ともに同じ種族で、ドワーフの様な背の小さく少し団子っ鼻で、本人たちもいつも土の精霊に、祈りをささげているという。

ただ、工房としては珍しく、武器を作らず生活用品の専門店である。

昔から、争い事は好まないとの事を言っていた。


ただし、作れないわけでないので、今買ってきた中古の武器の細かい部分の修理はしてもらった。

気持ちばかりと、何枚かの銀貨を差し出そうとしたら、

「気にするんじゃねーよ」

と気前のよいことを言ってくれる。

新品同様になった二本の武器を、このままでも金貨一枚以上の価値はあるだろうと、思っているが、紋章を刻み込み販売する事にした。


なぜ今回転売に手を出すのかというと、複数の魔術回路(サーキット)を【リンク】させる事により、より複雑な定義をすることができるらしいので、その訓練にも良いと考えたからだ。


最初は、ポールアックスの方から、刻む事にした。

雷撃を放つ《電流》に、荒れ狂う風を生み出す《暴風》を合わせてみる。

二つの定義を、一つの紋章に落とし込むのは、簡単ではなかった。

紋章の大きさは、一つに比べ、約五割ほど大きくなってしまった。

当然、二つを同時に使用するので、マナの消費量も大きい。


調節により、《雷嵐》と仮の名前を付けて、刻んでみた。

同じく、カットラスの方にも、同じように刻むが、こちらは少し小さめに作ってみた。

両方とも、魔石により補助する形にして、魔力量の少ない使用者でも使用できるようにした。最後に、《硬化》のサーキットを刻み完成品とした。

【マテリアル】は、ほとんど毎日練習していたので、高濃度の魔石を作る事ができるようになり、ブートの強さにもよるが、《雷嵐》により【テンペスト】を出しても、約一五回くらいは、発動可能である。


さて、最後に悩むのは、値段設定をどうするかになる。

じっ様に確認したところ、魔石自体もかなりの価値があり、それに加え魔導具である武器には、更に価値がつくとの事。


一つあたり、金貨1枚と銀貨二十枚はくだらないだろうとの事。

それでも、かなり格安な設定になるとの事。

現在有事であり、売れる見込みも高いことから、それぞれ金貨二枚という強気の値段設定で挑む事にした。


――翌日、市場


昨日あの後に、商工協会にて、一日だけの露店申請を行い。現在、二本の武器を豪華に飾り付けして、売りに出している。

当然、場所はあまり良いところではないが、通りがかる兵士は皆覗いてくれる。

魔力保有能力の少ない(実際には再生や体力に回ってしまい少ないとはいえないが)リザードマンにとって、魔石付きの魔導の武器は、魅力的であるようで、興味を持ってくれた。

しかし、値段設定が高いこともあり、なかなか一般兵では購入が難しいようだ。

また、魔術での戦闘については、やや消極的な風潮があるようだ。

                

なかなか売れずに、昼を少し回ったところで、少し身なりの良いリザードマンが、店に立ち寄った。

どうも、部下からこの店を聞いていたらしく、他には目もくれず来店した。

しばらく、品定めをするように見ていたが、発動するか試すよう求められ、見世物のように、まわりには人が集まってきた。

何処から持ってきたのか、角材を従者が持参しており、それを縦に固定して、そこに打ち込むよう指示された。


まずは《硬化》を行い、角材の先端を切り裂く。

なかなか鉄製の剣では、太めの木材は切りにくいが、難なく切り裂いたので、まわりからは歓声が上がる。それだけでも、身なりの良いリザードマンは満足したようだ。

着地と共に、【テンペスト】中程度の力で、発動に必要なマナを送った。

ベヘモトの幼体を、一撃の下に屠ったノェウが出したものほどではないが、

角材程度であれば、周りに無数の斬撃の跡が残り、それらが雷撃で炎上した。


強力な一撃に、周りは喝采し、身なりのよいリザードマンは、二本とも購入すると言ってきた。自分自身でも試すよう促し、魔石の使い方も教えた。

当然、角材はすでにボロボロであり、身なりのよいリザードマンが、魔石によりブートした【テンペスト】により、霧散したのは言うまでもなく、お抱えの武器商人にならないかとも言われるくらい気に入ってもらえた。


これで、目標の二枚を大きく上回る金貨四枚を入手した。

さて、機会は二回できたが、1回で何とか真意を掴み、場合によっては、滅ぼさなければならない。


たぶん、終わればこの都市から離れなければならない。

イレアナの家に、一旦寄ってから行こう。


――イレアナの家


「ただいま」


「……」(コクリ)


「おお、昼ごはんを作ってくれたんだね。いただきます」


「……」(コクリ)


野菜メインの料理、案外工夫がされておりお腹にたまり満足感がある。

健康にも良いし、この料理が食べられなくなる事は、少し口惜しい。

食べ終わり一息つく。

洗い物をしている彼女の後ろ姿が、少し寂しそうに見えた。

それでも、ラバーハキアを守る為には行かなければならない。

別れを言いかけたとき


「……渡したいものがあるので、今しばらくまたれよ……」


まるで、出ていくことが分かっていたかのように、彼女は言葉を紡ぐ。

真っ直ぐなその瞳を見つめてから、うなずく。


彼女は二階に上り、箱を持ってきた。

中には、小さ目のカイトシールド(先端には刃が着いている)が、ガンドに付けられている。

攻防一体型の盾。

ロリカの様な肩口の無い黒のプレートアーマー。淵は、金色に輝いている。

どのような金属を使っているか不明であるが、そこらにある鉄ではなさそうだ。

それに、白と黒を基調とした襟のついてたひざ丈まである上着に、前にのみ金属性の守りが着いてあるブーツに、黒のズボンがそこにあった。


お礼を言い、それ以上は何も言わずに、各種の装備を着こむ。

プレートアーマーについては、体にジャストフィットしており、上着を着れば簡単につけているか判断しにくい。


「……ご武運を……」


彼女がのこした言葉は、ただその一言であった。


それに、無言で頷き、カイトシールドは後で、回収するとだけ言い、武器関連はおいて、イレアナの家を出ることにした。


――天空の木


受付で金貨を払い、魔導エレベーターで上へ昇る。六百三十四階までは、約十分近くかかる。結構な人数がいた。教団では、教祖により近づくことが幸福へとつながるとの事で、最上階までいくことが、ある種の宗教的行為であり、敬虔な信者は、六百三十四階まで一生に一度行くことが使命のようになっている。

だから、決して身なりのよい人だけではない。

多くの人が、窓の外に向かい印を切っている。


確かに、雲の上は、飛行機の無い時代に、翼を持たない者にとっては神秘の対象であろう。

天空都市が落ちた今では、尚更であろう。

上に昇る手段なんてここにはないだろうと思って、一応塔を一周してみると何と扉があり、係員の目を盗み入ってみると、上へつながる階段があった。


なんつう笊警備何だろう。

上の階も人の気配はない。

五階昇る間に、一人も会わなかった。

もしかしたら、最上階には誰もいないのではないかと、勘ぐってしまう。

最後の階段を上がり、大き目の扉を開く。

一際大きな部屋に、一人に青年が座っていた。

太陽をかたどったであろう杖を携え。金の髪と、透き通った青い瞳。

万人が美男子と認識するであろう容姿。

白のローブを着こんでおり、金のアクセサリーを至るとことにつけている。


「よくきましたね」


「誘われてしまったかな?」


「お招きしたといってほしいですね」


「何を考えているのかな?」


「まずは、自己紹介をいたしましょう。(わたくし)はサクス」


「僕は、レオナールという者だ」


「レオナール君か、ところでここからの景色は実に絶景だろう?」


「高所恐怖症でね見るに耐えないよ」


「それは気の毒に、人は他人より高い位置にいるだけで、相手を従えている気分になるものだよ」


「気のせいじゃないかい?」

「現に、ここに座っていると、この世界を支配した気分でいられますよ。インテリジェンス達が独占していた優越感を感じることができます」


「まがい物だけどね」


「いや、これから本物へ変わりますよ。いえ、変えて見せますよ」


「それが目的かい?」


「最終的にはそうなってしまうというだけの話です」


「結果的に?」


「そうです。私がこの世界のマナを《使役》したときにそれは完成します」


「マナの支配?」


「この世界は、非常に不平等でしょう。マナにより体の変質したものを魔族と呼び、その魔族の中でも混じり物は、更に差別を受けてしまいます」


「どの世界でも、自分とは違う者を素直に受け入れるものは少ないと思うんだが」


「それは、君のいた地球という太陽系の天体での話ですか?」


「!」


「驚く事はありませんよ。私も同じく異世界人ですから。それに、異世界人が自分だけと思うほうが傲慢ですよ」


「確かに、傲慢な考えであったね」


「素直な人ですね。ぜひ私に協力してほしいものですね。この世界の進歩を停滞させる原因は、マナそのものです。それに差別の原因の多くもこれです。でしたら、それが無ければ進歩し、差別も少なくなります。そしてこの強大な力を独占したものに逆らえるものはいなくなり、平和が訪れます」


「自分たちが痛みをともなわず得たその平和は、まがい物ではないかい」


「まがい物でも構いません。それが平和につながるのだったら」


「聞くまでもないが、誰がマナを独占するんだい?」


「もちろん私ですとも、それに見合った能力もあります」


「君の理想は分かった。しかし、君が居なくなったときは誰がその力を継ぐのだい?」


「何を言っているのですか?私はその時には不老不死の力を得ることができます。死など考慮しなくて済みます」


「永遠に死なないというのは、非常な苦痛じゃないか。耐えきれるのか?」


「もはや神になる私に、恐怖などありませんよ」


何かに妄信する人間の目だ。

全て、自分もしくは、その何かを信じそれ以外を排他していく。


「マナで形成されている魔族には、影響はないのかい?」


「魔族という存在そのものが間違っているんですよ」


「その魔族を利用して理想を叶えようとしているのか?」


「いずれ私と一体となるそれらに使命を与えているだけでも感謝はされても非難をされる覚えはございませんよ」


「僕も魔族なんでね。感謝はしないし、非難だけするよ」


「貴方みたいな方が、争いの種になるんですよ。私に同化する喜びをお教えしましょう」

杖を振り上げる。


【ウォーターストリーム】


巨大な水流が、僕を襲う、巻き込まれそうになりながら、すんでのところで回避する。


【召喚】


カイトシールドとブロンドソードを呼び出す。

距離を詰める。

「シっ!」


気合と共に、切りかかる。

しかし、杖で受け止められる。


「まだまだですね」


杖を払う勢いで、後ろにはじけ飛ぶ。


「魔術だけの教祖ではないんだね」


印を組む【エクスプロイ】


インテリアとして飾られていた鎧が四体が、こちらに敵意を向けてくる。


印を組む【オール・リインフォース】


鎧に緑色のオーラを纏う。

それぞれが、強化されているようで、スピードが通常の人間の速度では考えられない程早い。避ける事には自信はあったが、四体からの同時攻撃には、さすがについていけず、一体の攻撃は、カイトシールドで受け止めなければならなかった。


ガツン!


足にまで衝撃を感じる、強力な一撃は直接くらっていたらひとたまりもなかったのであろう。


「どうしましたか?ずいぶん苦戦しているようですが?」


「君はずいぶん余裕そうじゃないか?」


「退屈しておりますよ。同じ異世界人というのに、この能力の差はなんでしょうね」


四体による連撃をかわしてはいるが、かわしきれない斬撃が、少しづつ自分自身に自身を傷つけていく。

かわしていく中で気がついてのは、この四体は、皆同じような癖があること。

同時攻撃の時のパターンも毎回やや似ている事。


五度目の同時攻撃の後、隙を見て薙ぎ払う。

強化されているので、そうは攻撃は通用しないと踏んできたが、一体の鎧に、凹みができるほどのダメージを与えることができた。


印を組む【リジェネレイト】


みるみる凹んだ鎧が再生していく。


「ちっ!」


今度はこちらから踏み込み、鎧の頭部部分を潰し。


しかし、それも元にもどってしまった。


「攻撃できるようになったと思えば、この程度ですか?」


印を組む【ホーリーウェポン】


四体の鎧の持つロングソードが、光輝く。

先ほどより、攻撃の範囲が増えた事により、避けても斬撃と高熱による火傷が激痛を呼ぶ。

むやみに突っ込むことができない。

少し距離をおく。


「はぁはぁ、《使役》《強化》《再生》《閃光》君は強い、でも人族の君にはこれらを同時に扱うのは非常に負担になるのではないかい?」


「魔力?そこら中にあるじゃないですか?」


「!」


「貴方は、勘違いされているようですが、私の本質は使役とその対象者の強化ではありませんよ。ちょうど印が完成したところです。存分にお楽しみください」


印を組む【森羅万象】


木の根の波が部屋中に広がり、塔の外まで出ていく。

先ほどの鎧たちは、木の根に絡めとられグチャグチャに潰される。

外に出た木の根は、塔に絡みつき多くの信者を巻き込み、彼らの生気を吸い取るのであった。


根が執拗に絡め取りに来る。

右腕が、絡めとられてしまう。

少しからめとられただけなのに、体内の多くのマナが抜かれていく感覚。

今まで、自分自身が、吸収する側であったが、今度は吸収される側になっている。

あまり心地いい感覚ではない。

左腕のカイトシールドの先端により、根を切り取る。


「どうですか、この【森羅万象】は、絡めっとたものは勿論、空間のすべてのマナを吸収していきます。この根を世界中に張り巡らせることで、すべてのマナは、私のものになります。素晴らしいでしょう。これですべてが私のもとに平等となる」


「何故このタイミングで使ったんだい?」


「君が転生者ということをある人から聞いていましてね。君が力をつける前に潰しておこうと以前から考えておりました。まあ、杞憂でした」


「では、止めてくれないかい?意味がないだろう?」


「いいえ、とどまる事はできません。それに、あなた以外にも異世界人はいる可能性がありますから」


このままでは、自分は根に吸収されてしまう。この部屋のマナはすべて吸収されてしまったようで、魔石についても手持ちのそれは、豆粒ほどまで吸収されてしまった。

クンヘルやイレアナ、今まで親切にしてくれた人たちすべてが巻き込まれてしまう。

世界樹を止めるには、融合しているサクスを倒せば進行は止まるであろう。


しかし、力が入らない。

マナを吸われたことによって、体の構成を維持する事もままならない。

体中に裂傷が走り、体の肉が落ちてきている。


這いつくばるように、サクスへ向かうマナが枯れ果てたものには、根はあまり興味を示さないようで、近づく事は出来たが、太い根が邪魔をしている。


マナが無ければ何もできない。

マナ依存への恐怖を実感した。

かといってブロンドソードを持つこともできない。


「哀れですね。元の世界へ戻ることもできず。そこで、這いつくばり朽ちていってください」


依存を断ちたいと考えても、この状況で頼りにするのは、事象を書きかえるマナしかない。

彼は言った、「マナは私のものになる」と、マナを消滅させることはできない。

彼自体の器では、すべてのマナを蓄積できない。

どうして彼の周りには太い幹ができているのか。

吸収するためには根が必要だ。

この空間には、マナはないが、この根と幹には大量のマナが送り込まれている。

幹がどんどん太くなっている。

彼は恍惚の表情を浮かべ、此方の様子などもうどうでもいいようだ。

ブロンドのブローチに手をやり、願う。

そして誓う、必ず戻ってくると。


その時、カイトシールドの先が輝きだした。

一つの根に、シールドを突き立てる。根は焼き切れ中に含まれるマナが噴出する。

当然マナを吸収する手段はない。

しかし、不思議とカイトシールドの輝きはましてきた。

目を閉じる。輝きを増したカイトシールドの一閃により、サクスを焼き切るイメージを頭にうかべ、最後の力を振り絞り左手をふり払う。


幹に覆われようとしていた彼は、自分の死に気づかなかったであろう。

肩から上が焼きとんでしまったのだから

木の進行は止まる。

ただ決して枯れることはなく。

相変わらず根を張っている。


根の傷からマナが噴出し、空間にマナが満ちていく。

既に朦朧としている意識に蓋をすることにした。

もし信者に見つかれば、約束は守れないと思いながら。


――天空の木・最上階


しばらく寝ていたのであろう。

月が煌々と暗闇を照らす。

雲の上から見る月は趣がある。

雲海が、月明かりに照らされて、白波のようにも見える。


体力が随分回復した。

炭化した中心部を見れば、サクスの死体が、力なく項垂れている。

異世界からの訪問者。

自分と同じだが、元の世界にも帰れずここで朽ち果てる。

他人事とは決して思えず。少しだけ同情もした。

彼は彼なりの考えで、安定した世界を作りたかったのであろう。

それでも、彼の物語はここでおしまいなのだ。

どんなに強力な力を得ても、死をむかえれば無力である。


物思いにふけるのをやめ。

塔を降りることにした。

下の階には、やはり、人の気配はない。


一つの小さな部屋があり、中に入ってみると、こじんまりとしたベットがあった。

隣には机がある。貴族が寝泊まりするというより、現代日本の中層階級が住む部屋の様だ。

引き出しの中には、一冊の日記があった。

八年前から記載があり、最初の方は異世界に来ての不安や、大戦中に恐怖で何もできなかったこと。英雄になりたいと強く願ったこと。大戦後も、魔族と人族がにらみ合っている事。魔族も、もともと人族や一般の動物であったこと。マナにより変質することなどが、書かれていた。最後に、世界を救うために自己犠牲を払う事へのためらいが記されており、それで日記は終わっていた。この日記は書かれる事はもうないだろう。そっと元の場所に戻しておいた。


一般公開されている六百三十四階には、多くの根が張られ。

人の影すらなかった。

多くの信者たちは、樹の栄養となって消滅したのだろう。

徒歩で六百三十四階を降りなければならないと思うと、うんざりしながら

夜を掛けてゆっくり降りようと考えた。


――天空の木・一階


朝日が顔を出すころ、都市の様子は一変しており、多くの建物が根により破壊され。

リザードマンや住人の多くは、根に食べられてしまったのだろう。

天空の木は、まさに塔というより、名前の通り天にも届く木に見えた。

イレアナは無事か?

焦りながら、彼女の住居まで走っていく。


イレアナの家は、ほぼ倒壊しており中には誰もいなかった。

絶望に打ちひしがれ膝をついていると

「……よく戻られた……」


魔人化したイレアナが、後ろから声をかけてきた。

少し泣いていたかもしれない。僕が……。

何も言わず、抱き寄せる。

「良かった。無事で……」


「……うん」(抱き返す)


しばらくそうしていただろうか。

急に恥ずかしくなり、離れる。


「……」(少し口惜しそうな顔)


「じっ様とばっ様は無事かい?」


「……」(コクリ)


「よかった。これからどうするんだい?」


「……お二人の工房を手伝う……」


「そうか、それでは元気でやるんだよ」


「……レオナールもな……」


――サクーア街道


魔導二輪を【召喚】して、街道沿いを走っている。マナが充実しているのを魔導二輪が一番感じているのか、調子よく風を切っている。現代日本とはくらべものにならないほど道は不格好であり、あまり速度は出ない。それでも、かなりの速度が出ている。


振返ると『天空の木』が、まるでこちらを見下ろす巨人のように世界樹がそびえ立つ。

ノェウに一度戻り次の都市に行くことにした。

マナについて更に知る必要がありそうだ。

それとマナに頼らない戦い方が必要だ。

数か月後、サクーアには、新たな指導者が現れた。

前指導者により、推し進められた進軍の報いとして、多くの犠牲を出したことから、現指導者は、人族との協和を政治的に進める方針となり、『天空の木』はそのシンボルとなり、観光客が戻り、復興を加速していった。

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