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右手側では魔物が血を吹き倒れ、左手側では怒り狂って雄叫びをあげている。生きるか死ぬかの命のやりとりが為される中、アリアは必死で治癒を繰り返していた。
「聖女様……っ申し訳、ごさいません……」
「気にしないで、今は黙っていてください」
出現する魔物はそれほど大物ではないのだが、いかんせん数が多すぎる。倒しても倒しても現れる敵に、気力と体力が奪われていく。
いつどこから魔物が襲ってくるか分からない恐怖はあれど、アリアはそれを押し隠すようにひたすら力を使い続けた。
「っ、はあ、これで……大丈夫ですね」
「聖女様、次はこの者をお願いします!」
一人回復し、ほっとできる間もなく次の怪我人が運ばれてくる。体の右側を大きく抉られたその団員は、息も絶え絶えで急を要することが見て取れた。
「すぐに治癒するので、がんばってくださいね!」
アリアは肩で息をしながらも、治癒を繰り返していく。いくら聖女といえども、その力は無限ではない。団員の怪我を治すたびに、みるみる体力が奪われていくのが分かる。
「聖女様、大丈夫ですか……? 助けて頂いている身ですが、あまり無理をされては……」
明らかに様子のおかしいアリアを心配したのだろう、周りを固めていた団員の一人がアリアに問いかける。
「……大丈夫です、ラス様にあなた達を、誰も失うことなく帰還させるように頼まれていますので。ここで止めるわけにはいきません」
しかしながら、アリアはそんな問いかけには応じることなく力を使い続けていく。
例え私の命に変えても、ラス様を裏切るわけにはいかない。アリアはそんな強い意志だけで、一人戦っていた。
「…………っ、はぁ、」
「聖女様!」
必死に治癒を続けていたアリアだが、ついに座っているのもやっとの状態になり、息も絶え絶えに、両手を地面に着いてしまった。
視界がぼやけ出し、どうにも立ち上がれそうにもない。このままでは駄目だと頭では分かっているが、言うことを聞かない体に嫌気が差す。
「さすがに数がおかしい……これは奥に何かいるな」
ラスは襲いくる魔物を切り倒しながらそう言った。そして、その場を離れるとほとんど倒れ込んでいるアリアを見て指示を出した。
「ここでいくら倒しても意味がなさそうだ。俺は先に行くから、各隊適当に撒いて後に着いてこい」
それぞれの隊長五人が、その言葉にすぐさま返事をする。それを聞いたアリアも、ゆっくりと顔を上げてラスの方を見上げると、いつもより瞳孔の開いた瞳と目が合った。
「アリア、団員が魔物を撒く間、できる限り結界を張れ」
酷く消耗したアリアの状態を見た上で、迷いなくその指示を出すのかと団員達に戦慄が走る。誰が見ても限界と分かるアリアは、それでもラスの思いに応えようと、ふらふらと立ち上がって返事をした。
「……分かりました、すぐに追いつけるようにします」
その言葉を当然だと言うように聞いて、頷くこともなくラスは森の奥へと走って行った。
アリアは目を閉じて深く息を吐く。
今の体力では、この森全体に結界を貼ろうとすると、維持できて数分持つかどうか。
「聖女様、団長はああ言われていますが、これ以上は、」
「あと五十秒後に結界を張ります」
倒れても構わない。
私は聖女として、人々を助けるために力を使い続ける義務がある。そしてなにより、私の生きる理由である、ラス様の思いには絶対に答えなければ。
アリアは気合だけで両手を組み、神経を集中させた。残っている全ての力を出せるように、アリアは祈るような気持ちで手を合わせた。
「もって数分です……結界を張っている間は魔物の動きも止まります。その間に、一気に奥まで向かってください」
そんなアリアに、止めても無駄だと腹を括ったのか、団長の一人がアリアを抱き上げて言った。
「聖女様、失礼します。私がお供いたしますので……どうか私達をお守りください」
「……任せてください。私がいる限り、誰一人として死なせません」
例え私の命に変えても。
アリアはそんな言葉を飲み込んで、力を発動させた。組んだ両手を中心に、白い光がアリアを包み込んだかと思った次の瞬間、ぱっと光が破裂し森全体に広がった。
それと同時に、魔物の動きが一匹、また一匹と止まっていき、とうとう何の音も聞こえなくなった。
「今だ、早く団長の側まで向かうんだ!」
各隊の隊長の指示に従い、一直線に森の奥へと走っていく。聖女様にこれ以上力を使わせるわけにはいかないと、ひたすらに駆けていく。
そんな中アリアは、ほぼゼロに等しい力を何とか振り絞り、結界を維持していた。無理やり発動させているからだろうか、体が裂けるように痛かった。
全身の骨が砕かれていくような痛みに、手を離し叫び出したくなったが、ラスの言葉だけを頼りに力の放出をやめなかった。
「聖女様、あと少しです。どうかご無事で!」
一秒一秒が異様に長く感じられる中、ようやく視界の先に僅かに明かりが見えてきた頃、アリアを抱えていた団員がそう告げた。
それに答えたかったのだが、アリアの視界はぼやけておりほぼ見えておらず、周りの声も全く届いていなかった。
――もう、限界。
気力だけで発動させ続けた力も底が尽き、アリアの体が傾いた時、一行はなんとか森から抜けることができた。