坂を登りきって
坂を登りきって果樹園と村を繋ぐ道まで出た。この道を左に進めば鶇村だ。正面の山の斜面には石垣が組まれていて、段々に木が植えられている。
石垣の片隅にちょこんと出ている階段が作業用の通り道になる。木々の隙間から誰かが階段を降りて来るのが見えた。少し離れた場所にいたけどこっちへ手を振って来る。その人に注目すると沙葉ちゃんのお父さんだった。
「峰司君かい?!おかえり、そんな格好だから見違えたよ。」
「あ、はい。お久しぶりです。えっと…」
今はフォス国で買ってもらった服を着ている。それと靴もスコットさんが造った物を履いている。
確かに鶇村では珍しいし見慣れない格好だと思う。
木魔法の訓練の時に何故か背も伸びてしまい、鶇村の服は着れなくなって鞄に詰め込んである。
何から説明すれば良いか分からなくなって言葉に詰まる。
「フォス国へ行ってたんだってね?お客人もフォス国の方かな?」
「えっ?知ってたんですか?」
「ああ、峰司君が急に居なくなったからね。峰和さんに聞いたんだよ。フォス国の客人が来た後だったし村中その話で持ち切りだったよ。峰司君の家はフォス国の大男の子孫なんだって?」
「えっと、はい、そうです。」
「いやぁ驚いたよ。お客人からも今度こそ色々お話を聞いて見たいね。ああ…つい私ばかり話してしまって、言葉は伝わっていないんだよね。鶇村へようこそ、ごゆっくりお過ごし下さいって伝えてくれるかな?」
「えっとはい。」
フォス国の大男の子孫って事は隠してた訳じゃないけどわざわざ広めても無かった。何となく親族以外には話さない決まりなのかと思ってた。でももう村の人も皆知っているみたい。フォス国へ行ったってことも説明が要らなかったし歓迎してくれている様で安心した。
ヒダッカさん達に向き直って声をかけた。
「あのこちらは幼なじみの沙葉ちゃんのお父さんです。皆へ鶇村へようこそごゆっくりお過ごし下さいって言ってくれてます。」
「サワの父さんか。以前サワに世話になった、初めましてヒダッカだ。」
ぎこちないながらも皆で順に挨拶を交わす。そのうちに徐々に果樹園から他の人も降りてきた。物珍しげにこちらを見てくるのが恥ずかしい。
「それで、これから家に帰る所かな?」
「えっとイェローツリーの所にちょっと用事が有って、その後で家に帰るつもりです。」
「そうか、荷物を家まで運んで措いてあげようか?そんなに持って上まで行くのは大変だろう。ついでにお客人が来たことを知らせておくよ。」
「良いんですか?そうして貰えたら助かります。」
沙葉ちゃんのお父さんに荷物を預け、身軽になったオレ達は果樹園を登って行った。途中働いている村の人に挨拶をしながら果樹園を登る。
狭く急な階段を幾つか登りイェローツリーの木の生えている一角に着いた。
「これがナーダン様の植えた木です。」
「ああ、イェローツリーだな。」
「最初の木はもう枯れてしまっていて種から増やして大切に育て続けています。」
「大切にか……それってナーダンが影をこっちへ飛ばした犯人だって知らないからだろ?」
「犯人って、そんな言い方止めなよ。」
「まぁ、大昔の事だがその事はいずれきちんと話しておいた方が良いだろうな。」
「……うん。」
ナーダン様の手紙を読んでもどうしてこの場所に影を飛ばす事になったかは分からなかった。けど飛ばされた影が何も知らない村を全滅させていたかも知れない。ナーダン様が英雄では無くて悪人と思われる可能性だって有る。村の人の温かい歓迎の様子にヒボラさんは複雑な顔をしていた。
「ご事情が有ったのだと思いますがそれを知るためにも早くリベルト様を探しましょう。」
「「ああ。」」
「はい。」
「そうだね。」
リンの曲をクダナさんと二人で吹いてみた。何も起きなかったので精霊視も使って見たけど何も分からなかった。
「気を落とすな、次を探せば良い。」
「はい。」
ヒダッカさんの言葉に頷いた、まだ探すべき場所は有る。父さんに話を聞いてみたら手掛かりが増えるかも知れないし。一旦オレの家に向かう。久しぶりの家に向かうのに気が重かった。ナーダン様の事、影の事、フォス国の皆がどうしているかとか頭の中でぐるぐる回っている。それでもふよふよと光ながら後ろを着いてくるリンがこれからを照す希望の様に思えた。
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一方その頃プロフ国。大樹の根本奥深くに有る試練の泉の前に一人の女性が立っていた。薄暗いその空間で淡く光る泉に微動だにせず向き合う姿は精巧に創られた彫像の様だった。透明感の有る白磁の様な肌、大きな蒼い瞳を長い睫毛が縁取る。装飾の無い白いロングドレスの背中には金色の長い髪が垂れていた。
ロブド国からもたらされた影の再来の報せ。影への対抗策が失われているのはプロフ国も同じ、現状打つ手無しと言うのがプロフ国の返答となってしまう。しかしシュタリア大陸で最古の王国であるプロフ国王家には代々引き継がれている事柄が有った。
試練の泉に宿る大精霊プログレアを呼び出す方法。
影の再来とはその秘法を使うのに躊躇いを無くす程の危機なのだ。
プロフ国女王シャーノは試練の泉へ一歩踏み出しすっと両手を差し伸ばし口を開く。聞き慣れない不思議な言葉が紡ぎ出される
「ーーーーーダナヒーーーーザサーーーーーーーーーガーーーーーーーーーーーーーーーダチーーーーーーーーーガルーーーーーーードル
我らが国をお守り下さるプログレヤ様どうかお力をお貸し下さい。」
静かだった泉に沈む精霊の守りが一斉に強く光を放ち目を射った。余りの眩さに両腕で顔を覆い打たれた様に一歩よろめく。腕の隙間から射し込む光が弱まって来た時、不意に前方から声が聞こえた。
「どんな御用なの?」
慌てて顔を上げると泉の中央にぽつんと女の子が浮いていた。
「あの、プログレヤ様…でしょうか?」
「ええそうよ。」
「…コホン。呼び掛けに応じて頂き感謝致します。私はプロフ国八代目女王のシャーノと申します。私達が豊かに暮らせるのもプログレヤ様のお力有っての事、国民を代表して篤く御礼を申上げます。聖なる大樹に護られこの地は豊かな恵みで…」
「シャーノ、私は結界のせいで眠いの。御用を早く言ってちょうだい。」
「し、失礼致しました。それでは単刀直入に申上げます。影が再び現れました。影を打ち倒す方法をお教え頂きたく御呼び立て致しました。」
つい今しがたまで眠そうに目を擦っていた少女はポカンとシャーノを見た。
「あの、プログレヤ様?」
「影って闇の王の影の事?」
「はい。伝わっている闇の王の影とは様子が違うのですが。」
「もう。めんどうな時に起こしたわね……」
「申し訳ございません。」
口では面倒と言いながらもしっかりと目を覚ました様子ですすっと水の上をシャーノに近づく。
「聞きたい事がたくさんあるわ。本当なら先ずは結界を消さなくちゃね。」
頼りない少女に見えたプログレヤから協力を得られそうな事にほっとしつつやるべき事が自分に出来るのか気を引き締めるシャーノだった。




