‘歓迎の家’は
‘歓迎の家’はクファルの家の地下にある。
クファル、ケット、神官長のジェダン、ギルド長のハルノーの四人がクファルの家に到着した。
玄関を入ると所狭しと置かれた作業道具。その奥へ回り込んだ所に大型の昇降装置が有った。
そこが‘歓迎の家’に向かう人族用の入り口となる。
クファルの案内で全員が乗り込み地下一階へと向かう。短い下降感の後、装置が停まりクファルが扉を開ける。
視界に入った空間は地上の家より広く風変わりだった。
室内では有るが床は剥き出しの地面、中央には幅広い水路の様な水場が有る。
視線を移すと既に五人の魚人が居り、各々が丸い岩の様な椅子で寛いでいた。
クファルが部屋に進み出るとヴゥーヴェが立ち上がった。クファルがそちらへ向かって歩きつつ声を掛けた。
「待たせたか?」
「いや、部屋を見させて貰って居たからな。今上がってきた所だ。」
「凄い家だね、私らの家にそっくりじゃないか。」
パッヴァの言葉にポルヴォ、ビューユが同意して話し始める。
「水中の家なんて息も出来ないのにどうやって造ったんだ?」
「俺の家より快適だな、暫くここで暮らしたいよ。」
‘歓迎の家’は地下一階部分が水上に在り今皆で話している広い共同スペース。
水中には地下に二階層分の個室が幾つも有り、10人以上が一度に泊まれる間取りだ。
クファルが精魂込めて建てた家。誉められて満更でもない顔をするクファル。
「湖からの水中入り口を開けるまでは普通に掘って造っとる。仕上げは水中での作業も少しはしとったがな。まぁ気にいってくれて良かった良かった。」
「あー…ゆっくりして貰いたいのはやまやまなんじゃがな、ちょっと聞きたい事が有るんじゃ。こちらの二人もお連れした。とりあえず皆で座らんか?」
ケットの言葉に二人へ注目が集まる。
恐縮したように椅子へ腰掛けハルノーが言う。
「お疲れの所へ押し掛けてしまいすみません。」
「いえいえ、先程の御言葉有り難く受けとりましたよ。」
ヴントゥが穏やかに微笑む。その言葉にハルノーも微笑みを返す。
ジェダンも続けて椅子に腰掛けパッヴァへ顔を向ける。
「平時なら是非とも歌姫様に臨時講師をして頂きたいのですがね。」
その言葉にヴューヴェが反応する。
「平時ならと言うと?」
「この大陸に影が現れました。」
その言葉の意味を魚人族が理解するのに暫くの沈黙が訪れた。
沈黙を破りヴントゥが口を開く。
「影とは、よもや闇の王の影の事では有りますまいな?」
「…魚人国では闇の王の影と言うのですか?我が国ではただ影と伝えられているのです。死すべき物、死して生まれ変わる命の理から外れた物と。影の詳細は戦争によって失われてしまったのだと思われます。」
「命の理から外れた物ですか。いい得て妙、ですな。影が…」
他の四人の魚人も表情を曇らせた。
「影の脅威から民を、精霊を救う方法をご存知では無いでしょうか?」
ハルノーがやや身を乗り出してヴントゥを見る。
「……どこまで出来るか。私らは広い海を逃げる事が出来ましたから。パッヴァ?」
「影は倒す事は出来ないよ…。逃げるのに役立ちそうな事なら有るけど。」
「どんな事でもご教示頂ければ有難いのです。」
「あれっておまじないみたいな物だろう?効くのか?」
ビューユが心配そうにパッヴァへ声を掛けた。
「まったくビューユは分かって無いね、おまじないなんかじゃ無いんだよ。私はそれを婆様から叩き込まれたんだ。ただ人族には出来るのか分からないんだよ。」
少し苛立った様子でビューユに答えた後で心配そうに口をつぐむ。黙ってしまったパッヴァへジェダンが言葉を掛けた。
「パッヴァ様、難しい事なのでしょうか?」
「私らには難しくない、歌うだけさ。闇の王の影が嫌いな歌をね。妖精の力を借りて。こっちだと精霊って言うんだっけ?人族は精霊の力を借りて歌うのは苦手らしいじゃないか?クダナが言ってたよ。」
「そう言えばクダナさんは居ないの?」
ポルヴォの質問にケットが答える。
「他の手掛かりを探しに向かったんじゃ。」
「そうか居ないのか…」
ポルヴォとビューユが残念そうに顔を見合わせる。
「クダナ神官とお話をされたのですか。私が知る限り精霊の力を借りて歌う事が出来るのは現在一人です。一人では無理でしょうか?」
「居ないよりは増しってくらいかな。本来は数十人で歌って影を抑えたらしい。その間に他の者は遠くへ逃げるんだ。逃げて逃げて最後に辿り着いたのが闇の王の影が壊した大陸の跡って言うのは皮肉なもんだね。」
「巨人国の大陸が壊れた跡に魚人国が有ると伺いました。何故そこに住まわれているのですか?」
ハルノーの疑問にヴントゥが促しパッヴァが答えた。
「私の婆様のそのまた婆様から聞いた話さ。」
……………………………………………………
巨人族って本当に大きかったって、私ら三人分くらいの背丈だったらしいよ。ここよりずっと北の広い大陸に五つの部族が暮らしていたんだ。その内のひとつと魚人族は親交が有ったらしいよ。
五つの部族は緩やかな共同国家って言うの?部族毎にそれぞれの場所でそれぞれの暮らしをしていたんだ。
それで全部を纏めていた王が闇の王ってやつさ。精霊を使った魔法工学って言うのを発展させたんだって。魔法工学てさ色んな事が出来たらしいよ。
空を飛ぶ機械とか本当かなって思う物までね。
そのお陰で豊かに暮らしていた巨人国だっんだけど徐々におかしくなって行ったんだ。
急激に精霊の力が弱まり出したんだって。海には異変は無いかって何度も巨人族に聞かれたらしいよ。
海には異変は無かったから精霊を酷使し、無理をさせ過ぎた歪みじゃないかと考えられたみたい。
精霊の力を戻す為に様々な研究が行われたらしいけどなんとも成らなかったんだろう。
それまで緩やかに結び付き国家をなしていた五つの部族だけどさ、それぞれ異なる主張をする様になるのさ。
精霊の力にたよらず生きようと言う部族。
精霊の力を効率良く使えるよう更なる技術を開発しようとする部族。
我々にこの大陸は狭すぎるから他の大陸を侵略しようと言う部族までも現れた。
ついには部族間で戦が起きて巨人国全土に拡がって行った。
王はその時どうしたと思う?消えちまったんだ殺されたのかも分からない。
王が消えた頃、戦場にあらゆる物を破壊する真っ黒い影の様な物が現れた。
人々はそれを闇の王の影と呼び逃げ惑った。
あらゆる攻撃を試みるも闇の王の影には効かずただただ死と破壊をもたらしたって。
影の暴走を誰も止められなかった。
ついに巨人族達はこの大陸をみかぎり僅かに生き残った者は海へ逃げ出した。
けどもう逃げることも叶わなかった。大陸には亀裂が入り脆く崩壊していった。
大陸が海中に沈む力は凄まじく大渦を起した。逃げ出した巨人族を載せた船は皆大渦に飲み込まれた。そして巨人族は滅びたんだ。
そんな事が起きたんだ他の大陸だって巻き込まれる。各地を大津波が襲い甚大な被害をもたらしたそうだよ。
海中の魚人族もその被害を少なからず受けた。
海は汚され生き物が死んでいった。
その頃は別の場所に在った魚人族の国も住むことが出来なくなってしまった。綺麗な海を求めて彷徨う事になったんだ。
そして数年後闇の王の影と遭遇した。
闇の王の影は死をもたらす事、破壊をする事を止めて無かった。その存在自体が死を司っているかの様に、闇の王の影の通った後は生き物が消えた。
闇の王の影と遭遇した魚人の一人が婆様の住んでいた場所まで急いで戻って来たんだって。
やっと見付けた綺麗な場所で婆様達ご先祖様が落ち着いた所だったんだ。闇の王の影を見付けたのは離れた場所だったんだけど進路にその場所が位置してた。
巨人族に倒せない物がご先祖様達に倒せる訳が無いだろう?
泣く泣くその場を離れプルートの影が来るのを隠れてやり過ごそうとしたんだ。
数時間後、婆様達の住んでいた場所まで闇の王の影がやって来た。
雲が太陽を覆うように海中の一部が暗闇に包まれていた。じわりじわりと影に侵食され婆様の住んでいた場所が遠目でも崩れていくのが見えた。
その様子に大人達は震え子供達の中に泣き出す者も出た。
それに反応したのか闇の王の影が隠れていたご先祖様の方へ向きを変えた。
慌てた母親達は子供をあやす為に小さく歌を口ずさんだ。
朝焼けの歌って言う昔から有る歌でさ。子供が泣き止むのと同時に影の様子が変わった。ゆっくり此方へ進んでいた闇の王の影が止まったんだ。
その隙に魚人族は泳ぎ逃げ出した。殿を務めた者は暫くすると自分達を闇の王の影が追いかけて来ている事に気が付いた。このままでは不味いって思って、一か八か先程の朝焼けの歌を歌ったんだ。
するとやはり影は動きを止めた。そこからは泳ぎの得意な者で歌を歌い闇の王の影に近付いて行った。追い払えるならばと思ってさ。
いくら泳ぎが得意な魚人族だって迫り来る影から永遠に逃げ続けるなんて出来ないだろう?
数十人が歌いながら近付くと闇の王の影は後退して行った。歌で闇の王の影を追い払える事が分かったと言っても倒した訳では無いのさ。ご先祖様は朝焼けの歌を歌いながら数年間住める場所を探して海を彷徨い続けたそうだよ。有る時忌まわしき大陸の近くを通りかかった。
かつて巨人国の有った場所の、荒れていた海は澄み妖精の集う豊かな海へ変わっていた。
そして海中に沈んだ崩壊を免れた建物に少し手を加えるだけで住むことが出来た。
放浪の旅を終え安住の地を手に入れたって訳さ。




