湖面を吹き渡る
湖面を吹き渡る風にはためくショートローブ。仁王立ちで桟橋に立つのはクファルだった。魚人族の使者が訪れるのを今か今かと待っていた。
時刻は昼過ぎ、ヒダッカ、峰司達が槐国に辿り着いたのと同じ頃だった。
静かだった湖面が揺れザバンッと魚人が派手に空中に飛び出した。
「「「「おおっ」」」」
クファルの後ろに控えていた神官団、ギルド職員達からどよめきが起きる。歓迎の曲がすぐさま奏で始められた。軽快な音楽に呼応するかの様に更に魚人達が次々に大きく宙を飛ぶ。
拍手が鳴り響き魚人達は水面に顔を出しそれに応える。
桟橋近くまで泳ぎ寄ってくる懐かしい顔にクファルは厳つい顔を弛めて駆け寄った。
「ヴューヴェ良く来てくれた!パッヴァもポルヴォ、ビューユ、ヴントゥー殿まで!」
「クファル久しいな!」
最初にクファルに手を伸ばしたヴーヴェこそ海洋調査で海に飛び込んだクファルを支えてくれた魚人だった。
濃いグレーの体色に青い幾何学模様の線が入り精悍な顔立ちだ。
頭部は前後にやや尖った形をしている。人間でいう髪の生え際辺りから鱗が始り後頭部には今は畳まれて見えないがヒレが生えている。
「儂もおるんじゃぞ?」
「おお!ケットも息災か?」
ケットとも手を取り合い再会を喜ぶ二人。
「はいはい、ちょっと通して下さいよ!」
湖面に浮かんでいた他の四人も桟橋へ詰めかけて来た。桟橋から下ろされた浮き板を器用に登ってきたのはパッヴァと呼ばれた魚人だった。顔立ちだけでは分かり難いが鱗に包まれた胸部の膨らみが女性で有ることを窺わせた。パッヴァに続いて他の者も桟橋の上に立つ。
「パッヴァがまさか来てくれるとはな!」
「面倒だったけど歌姫は交渉ごとに必須だから来たのさ。」
「そんな事を言って張り切って歩く練習してたの誰だよなぁ。」
「本当だぜ肌艶が良く見える様にって海老ばっかり食ってたらしいぞ。」
やや高い声で軽口を言っている二人はポルヴォ、ビューユの兄弟だ。余計な事を言うなとパッヴァに睨まれている。その後ろから鱗に白銀色の輝きが混じる魚人が姿を現す。
「大事なお役目を疎かにするでない。人族が見ているのだぞ。」
その声に浮き足立っていた三人が背筋を伸ばす。ヴントゥーの前にクファル、ケットが並び挨拶を交わす。
「ヴントゥー殿、お久しぶりです。遠路遥々起こし頂き感謝致しとりますぞ!」
「ヴントゥー殿、来て頂けて光栄ですじゃ。見事なジャンプでしたのじゃ。」
「昔とった杵柄と言うのですかな。ははっ。」
長老の一人として忙しくしているヴントゥーがこの場にいる事を驚きつつ感謝を伝えた。穏やかな空気がながれる中へ二人の人物が近づいてくる。
「「本日は神殿の町へようこそ。」」
一人は神官姿の眼光の鋭い男性。
「はじめまして、私は神官長のジェダンと申します。」
もう一人は細身で背の小さな女性。
「お会いできて光栄です。私はギルド長のハルノーと申します。」
二人と挨拶を交わすヴントゥー 。小さく流れていた音楽が大きく賑やかに鳴り響き遠巻きに見守っていた観衆から拍手が起こる。
魚人の五人は手を振ってそれに応えた。
ヴューヴェの隣にそっとクファルが並び小声で詫びる。
「予定と変わってすまんな、ちと事情が有ってな。魚人族との友好関係をアピールせにゃおかしな事になるかも知れんからな。」
「正直驚いたよ。水中ブイを見付けてこりゃなんだとな。『観客がいる、派手に登場してくれ』とはな、まぁ直ぐにお前らしい指示だと分かったがな。歓迎されて悪い気はしないがおかしな事ってなんだ?」
「詳しくは儂の‘歓迎の家’に着いたらな。旨いもんも用意しとる。」
ひとしきり周囲へ手を振り続けた魚人族に礼を告げハルノーが観客に向かって声を張り上げた。
「今日の善き日!フォス国の新たな友人にお越し頂きました!!我が国と魚人国の国交が結ばれた素晴らしい時代に生きた事を末長く誉れとしましょう。」
ヴントゥーがハルノーの隣に進み出た。観衆は魚人族の話しが聞けると興味津々の様だ。ヴントゥーも声を張り上げた。
「フォス国の皆様、歓迎を感謝致します。善き隣人と迎えて下さった皆様にささやかながらお返しをさせて下さい。我が国一番の歌姫パッヴァ!!」
その言葉にパッヴァが前に歩み出る。その一歩後ろ、右にポルヴォそして左にビューユが並ぶ。
三人の顔の青い模様が光を反射したように揺らめいた。次第に揺らめきが強くなり、見間違いようがなく輝き出した。
パッヴァの美しい歌声が周囲に届く。続いてポルヴォ、ビューユの声が加わる。
“あたたかな腕の中ではじめて見たのはやさしい頬笑み
揺蕩う流れに包み込まれ私は微睡む
爽やかな香りが呼ぶの ここでは無い何処かへ
あたたかな腕を離れ周りを見るの 光をそして影を
泳ぎ始める小さな世界を そして知るの大きな世界を
泳ぎ始める小さな世界を そして知るの大きな世界を
さぁ今旅立の時”
不思議な歌声だった。この場でこの曲を知っているのは魚人を除けばクファル、ケットだけだった。
母親の子守唄の様に優しく密やかに響く声。しかし遠く離れた者の耳にも潮騒のように届く。何故か懐かしい余韻に浸る人々の前で美しく会釈をするパッヴァ。小さく手を振るポルヴォ、ビューユに称賛の拍手が鳴る。
「この曲は未来を照す歌と伝えられています。今日が私達の新たな旅立ちです。この先も未来へ永く続く友人となりましょう。」
ポルヴォの言葉に更に称賛の拍手が続き鳴り止まない。
続けてジェダンも声を張り上げる。
「魚人国とフォス国そしてシュタリアに精霊の加護が有らん事を!」
それに続き物見高い観衆から口々に祝いの言葉が発せられた。
「「「精霊の加護があらん事を!」」」」
「「「フォス国と魚人国の未来に栄えあれ!」」」
「「シュタリアに栄えあれ!」」
「「「パッヴァ様ー!」」」
こっそり目尻に浮かんだ涙を拭きつつケットが言う。
「変わらずいい声じゃなぁ。」
「ああ、これは堪らんな。年を取ると涙腺が弛くなってかなわん。」
クファルは誰に憚る事なく涙を流して聞いていた。世紀の大発見からの苦労が全て報われた気がした。しかし感慨に耽ってばかりもいられない。自分の役目を果たすべく動き出した。
ヴューヴェ達一行を水中へと送り‘歓迎の家’の場所を伝えた。
ここまでは大成功と言って良いだろう。
観衆の様子は期待以上だった。
影の脅威が知れ渡った時に人々がどう思うのか。それが今回の歓迎行事を急遽行う事にした裏事情だった。影がどうやって現れたのか分からない現状で結界を通った魚人族に有らぬ疑いが向けられない様にと。
「さぁこれからが本番じゃな。」
ケットの言葉にクファルは頷いた。
神官長のジェダン、ギルド長のハルノーを伴い‘歓迎の家’に向かって歩き出した。




