治療に楽器を
治療に楽器を使うとは意外だ。いや、朝夕の祈りが楽器を使ったものなのだから音と言うのは重要な要素なのかもしれんな。
クダナさんが縦笛に息を吹き込むのをヒボラ、ノアタと共に静かに見守る。
小さな縦笛から狭い部屋に響き渡る音色は暖かみの有る低音から始りゆったりとした旋律を奏る。息を吹き込む度に少しづつ高音へと曲は移っていく。
クダナさんは前に会った時より柔らかい雰囲気を漂わせつつも横顔に真剣な表情を浮かべている。
なるほどな、癒しの音色とは凄いな。穏やかで暖かな春の陽射しを浴びているような心持ちになる。
鶇村の集会所で昼寝をしていた峰司が思い出される。今は明るい窓際のベッドで横になり静かに目を閉じている。
ふと隣を見れば二人とも真剣な面持ちは消えどことなく緩んだ様子だ。俺もそんな顔をしているのだろう。
そんな音色で満たされた空間でクダナさんと峰司に視線を戻し治療を見ているとヒボラに腕を叩かれる。
なんだと思って視線を向けると、目を大きく見開き俺の頭上を指差していた。
大して広くない部屋の天井を見上げて驚きの理由が分かる。翠色の光の玉がふわふわと浮いている。
「!!!!!!」
特に言われては居ないが静かに見守るべき場所で危うく叫ぶ所だった。これはなんだ?しゃがみ込み光から少し距離を取る。
目の錯覚等では無く両の手のひらで包めそうな光の玉が浮かんでいる。暫くそのまま上を見ていると縦笛の音色に合わせて上下や左右に揺れて居るようだ。ヒボラとノアタも同じような姿勢で上を見上げている。
どれくらいそうしていたか分からないが徐々に縦笛の音が小さくなりクダナさんの治療が終わる。
「「「……」」」
「終わりましたよ。」
縦笛を口から離しクダナさんが峰司に声を掛けた。
「……クダナさんすみません、これは何ですか?」
俺達は頭の上を指差す。
身体を起こした峰司とクダナさんがそれに気付く。
「精霊でしょうか?」
「えっ!」
「それ前に見たヒダッカさんの守護をしてくれている泉の精霊だと思うよ。えっと何で皆に見えてるの?」
「これが精霊?」
頭上で揺れていた翠の光の玉が部屋の真ん中までふわふわと漂いその場でくるくると回った。
まるで皆に見えてるのが嬉しいと言うように。
それから俺に近付き顔の前で止った。俺達が立ち上がると精霊もそれに合わせて浮き上がる。
「……精霊?」
俺の言葉に精霊は輝き、そうだと返事を返してくれた様だ。
そのまま俺の隣のヒボラの顔の前にふわりと精霊が移動する。
「!!!……はじめましてヒボラだ。泉の精霊?」
ヒボラは俺の方をちらりと見たが光に向かってひきつった笑顔で挨拶をした。それに答える様にまた輝く。今度はノアタの前に移動する。
「はじめまして、ノアタだよ。」
ノアタがそっと両手を伸ばし精霊の下へ大事なものを支えるように差し出す。
その手の回りをくるりと一周してから輝き、今度は峰司の前に移動した。
「えっと視るのは二度目だね?峰司ですよろしくね。」
峰司もそっと手を伸ばすとその回りをくるくると回る。最後にクダナさんの前に移動した。
「お逢いできて光栄です。クダナと申します。」
精霊はクダナさんの縦笛に近付きゆらゆらと揺れる。
「祈りを気に言って頂けたようですね?」
そうだと言わんばかりに今までで一番多く輝きを繰り返す。
「あークダナさん、何がどうなってるんだ?」
俺達はクダナさんの近くと言うか精霊に近付き質問をする。クダナさんは精霊を興味深そうに見つめたまま話す。
「そうですね、私も初めて見た事なので予想になってしまいますが……たぶん先程の癒しの祈りで精霊自身の力が強まり私たちの前に姿を見せてくれたのでは無いでしょうか?」
精霊は俺達の中心に移動してそうだと言うように輝く。
「正解みたいだね?」
ノアタの声に今度はノアタの回りを精霊がくるくると回り出す。
「えっとクダナさんは神官様なのに初めて見たの?」
「ええ。私は魔力が少なめで、視ることは出来なかったのです。それに色つきの精霊は珍しい存在ですしね。」
「色つきの精霊?」
「峰司君には分かると思いますが普通は金色らしいですね?」
「あっはい、そうです。」
「純粋な力、魔力の素の状態では金色だそうです。色つきの精霊はより上位の存在と言えば良いのでしょうか……端的に言えば自我が有ると言われています。」
精霊の色が少し濃くなったように感じる。クダナさんの説明は間違っていないだろう。俺を守護しついてきてくれているらしいし、俺達の声かけに反応してみせたのだから。
「上位の存在?なんだかすごいね!」
精霊はそうでしょう!と自慢するように天井近くまでくるくると上昇する。
「そっか、名前は有るのかな?」
精霊は今度はゆっくりと降りてきて光が弱くなる。
「あー無いみたいだな。」
ヒボラの声にヒボラの回りを精霊がくるくると回り出す。また顔がひきつっているな。
「名前をつけても良いのか?」
俺の前に凄い勢いで飛んできた。
「名前欲しそうだね?」
峰司の声に皆笑顔で首肯く。
「男の子かな?女の子かな?」
うろうろといった様子でノアタと俺の間を行ったり来たりする。クダナさんは少し考えた様子だったがたぶん性別という概念は無いのではと答えた。
「う~んそっかどんなのが良いかな?」
「ヒダッカが決めて良いんじゃないか?お前の守護精霊だろ?」
「そういわれてもな……」
名前?どんなのが良いんだ?
「精霊の有名な名前だとフォムン、プログレヤ、ロブレシアとかが有りますが?それぞれ試練の泉を象徴する精霊です。国の名前の由来にもなっていますね。」
「初めて聞いたな。」
「まぁ一般には知られていないと思います。」
「特に決まりは無いみたいだよね?」
「そうですね。何故その名前になったか迄は私も知りませんし。」
皆が俺を見てくる。決まりが無いなら自由に付けて良いって事か。
「どんなのが良いんだ?俺にセンスを求められても困るぞ?」
「良いからなんか思い付いたの言ってみろ。精霊が気に入ったらそれにすれば良いだろ?」
「そうだねそれで良いみたいだよ?」
早く言ってと言うように精霊が俺の前で輝く。
「じゃぁ気に入ったら光ってくれよ?」
精霊がポウっと輝く。
幾つか思い付くままに名前を上げて見るが気に入らないらしく輝きは変わらない。
「すまんがお手上げだ、皆もなんか良いの無いか?」
「ジーダ」
「リュイール」
「みすみ」
「キノ」
「どれも違うみたいだな……因みに峰司の言ったみすみってなんだ?」
「美しく澄んだ泉って言うのを槐国風に言ってみたんだ。」
「へー」
「そうか、泉の精霊だしな。」
「うん。」
「でもなんて言うか美しいって言うより可愛いよね。」
「ああ。なんと言うか光り方もリン、リンって賑やかな感じ……おわぁっ……と?」
急に精霊が輝き出した。クダナさんが口を開く。
「ヒダッカさん気に言ったみたいですよ?リンでしょうか?」
今度はクダナさんの顔の前で輝く。
「リンで良いのか?」
俺の言葉に俺の前で繰返し輝きを放ち返事をくれる。気に入ってくれたようでほっとする。
「リン、今まで見守ってくれてありがとうな。」
リンは俺にどんどん近付いてきて胸の革袋に吸い込まれるように消えてしまった。
「……どうなった?」
「革袋の中でお休みになったのでしょうか?」
「はしゃぎすぎて疲れた子供みたいだな。」
ヒボラの表現がピッタリ過ぎて皆で笑ってしまった。
「素晴らしい体験でした今日ここに来て本当に良かったです。っと、すみません精霊に気を取られてしまいました。峰司君具合はどうですか?」
「クダナさんありがとうございます。身体のなかが綺麗になった感じです。それにもう熱も下がったと思います。あとお腹が空きました。」
「お腹が空いてる峰司君は元気って事だね。判りやすくて良いね。」
ノアタに言われてはにかんだ笑顔を見せる。いつもの峰司だな。ほっとする。
「身体は疲れている筈ですから滋養の有るスープなどを召し上がってください。お食事を取られたらもう少しお休みになってくださいね。」
「えっとクダナさんオレもう動けると思います。」
「表面上何とも無くとも無理は行けません。そうですね例えるならば骨が見えるほどざっくり切れてしまった腕に包帯をしただけと同じ状態ですね。傷が良くなる前に無理をすればどうなるか分かりますね?」
峰司は青褪めた顔で首肯き再び身体を横にして休むのだった。




