第27話:『涙の温もりと、本当の答え』
過酷な日々を乗り越えた夜に分かち合った、あまりにも生々しく甘美な信頼と温もり。彼女を100%悪者にして切り捨てることもできず、複雑な愛おしさと痛みを抱えながら、流れる涙とともに自分の真実を受け入れていく昇吾の姿を描くエピローグ。
静まり返った部屋の中、昇吾は一人、スマートフォンの明かりを見つめていた。
頭の中を巡るのは、彼女に対する割り切れない想いだった。
一人の男として、もう少し同じ熱量で向き合える余裕が彼女にあれば……という切ない思いは確かにあった。
彼女に悪気があったわけではない。ただ過酷な日々に追われ、必死に自分を守ることで精一杯だった彼女の無自覚な甘えに、自分自身が期待を重ねて心を擦り減らせてしまったのだ。
(100%悪者にして嫌いになれたら、どんなに楽だったろうな……)
ぽつりと、そんな言葉が胸に浮かぶ。
だが、どれだけ自分に言い聞かせても、彼女を嫌いになりきることはできなかった。
思い返されるのは、あの過酷な夜の静寂の中で、二人だけで分かち合った濃厚な温もりだ。疲れ果て、心も身体も感覚すら麻痺しかけていた彼女は、何の防備も躊躇もなく、導かれるように昇吾の胸の中へと倒れ込んできた。
乱れたブランケットを掛け直そうとそっと腕を回し、その華奢な体をすっぽりと抱きかかえる。腕の中にすっぽりと収まる頼りない重みと、薄い服を一枚挟んだ先から、じんわりと湿り気を帯びた熱のように伝わってくる彼女の体温。
抱き寄せた胸元で、微かに触れ合う柔らかな果実のような感触。
昇吾の鼓動がわずかに跳ね、彼女の耳元に唇を寄せて、耳朶をくすぐるほどの低く静かな声で「……嫌なの?」と囁く。
彼女は小さく首を横に振り、「……ううん」と、吐息混じりの甘い声を漏らした。
拒絶や警戒など微塵もなく、むしろその小さな言葉と引き換えにするように、とろんとした瞳で全身の力を抜き、昇吾の体温へ溶け込むかのように深く深く身体を預けてくる。
すれ違う吐息と吐息が重なり合い、指先ひとつ動かすだけで肌と肌が触れ合ってしまうほどの至近距離。
甘えるように胸元へと顔をすり寄せてくる温もりと、どこまでも無防備に、己のすべてを差し出すかのように身を委ねてくる姿。そこには、二人の体温と甘やかな息遣いだけが濃密に充満していた。
それはトップキャストとしての巧みな計算や営業などでは決してなく、極限状態の中で彼女が見せた、あまりにも生々しく甘美な「全幅の信頼」だった。
彼女の無頓着さや罪深さも本当なら、昇吾からの愛を全身で受け止め、その胸の中で「愛されている」と実感しながら甘やかな安らぎに浸っていた彼女のぬくもりも、すべて紛れもない真実だったのだ。
(両方、本当だったんだな……)
甘く切ない記憶が肌の感覚とともに甦り、気づけば、目頭からすっと一筋の涙がこぼれ落ちていた。
無理に嫌いになる必要なんてない。
自分の注いだ愛や、あの夜に確かに感じた肌の温もりを、嘘だったと否定する必要もどこにもないのだ。
深く愛し、あの甘美な信頼を受け止めたからこそ、今こんなにも愛おしく、切ない痛みが胸に残っている。その痛みこそが、一人の男性として自分が彼女を本気で愛し抜いた何よりの証なのだと、昇吾は流れる涙とともに静かに受け入れた。
急いで答えを出す必要も、前を向こうと焦る必要もない。
彼女が極限を終えてどんな答えを出すのか、静かに待てばいい。
どんな未来が待っていようと、この夜流した涙と、二人で貪るように分かち合ったあの温かな記憶は、昇吾の胸の中でいつまでも艶やかに輝き続けているのだから。




