王太子殿下という人
入学式の後、Aクラスの教室へ向かった。Aクラスは成績優秀者の集まりだ。
裕福な男爵家で育ったリリアナは高位貴族の家庭教師経験のある講師を複数人つけてもらえた為、そこら辺の伯爵令嬢くらいの振る舞いは完璧にできる。
数字にも強く商会の帳簿整理などの手伝いを入学するまでの一年間やっていた為、男爵領では神童扱いされていた。
前世では大学まで行っていたのだ。貴族的な事以外の下地はできていたので勉強は簡単だった。
問題は淑女教育。前世も今世も庶民的に育ってきたリリアナには苦痛であった。
カーテシーはすぐにぐらつき綺麗にできない。お辞儀の角度に意味があるなんて知らなかった。言葉遣いや言い回しは言わずもがな。
しかし男爵家の商売柄、貴族との商談もある。所作や言葉使いが悪いだけで纏まるものも纏まらない。
リリアナは頑張った。それはもう頑張った。
淑女としての振る舞いができるだけで美味しい食べ物が手に入るならどんな困難にも立ち向かえる。
そして高位貴族にも通用する淑女としての振る舞いを手に入れた。
この時の講師が王族にも指導した事のある淑女教育の鬼と呼ばれるご婦人だったと知るのは学院卒業後だ。
Aクラスは王族、侯爵家、伯爵家と高位貴族ばかりで、男爵家はリリアナ一人。
心細かったがセドリックが気にかけてくれたおかげでクラスにはすぐ馴染めた。
食の話題になると饒舌なリリアナ。セドリックが話題を振り、女子には故郷にあるスイーツや美容にいい食事を、男子にはがっつり飯や筋力増強メニューなどを教えてあげた。
周りの令息、令嬢も最初は男爵令嬢だから多少のマナーの悪さは目を瞑るかと思っていたところ、淑女として完璧な振る舞いを見て認識を改めた。
セドリックの婚約者も同じクラスだったので紹介された。
セシリア・グランチェスター侯爵令嬢。王族の婚約者として隙のない振る舞いは流石の一言だった。
王太子の婚約者として僅かだがすでに公務も行なっているらしい。頭の回転もよく、よくセドリックに助言している姿を見かけた。
そしてセドリックはというと……。
机に齧り付くように勉強していた。真剣に板書を書き写したり、授業後に教師に質問をしたり。必死に勉強をしている姿を毎日のように見る。
生徒会のメンバーでもあり、よくセシリアと共に校内で業務を行なっているのを見かけるが、その時は涼しい顔でこなしているように見えた。
セシリアは天才型だけどセドリックは努力型なのかなという印象だった。
ある日セシリアにそれとなくセドリックの事を聞いてみた。
「セシリア様から見て殿下はどんな方ですか?」
「……………………そうですね。勤勉ではあるのですが…………社交的で人当たりのいい方ですよ」
なんだか歯に物が挟まったみたいな物言いだ。ちょっと遠い目もしているし。
他のクラスメイトに聞いても総じて似たような答えが返ってきた。
王都に商会の支店を出しているのでそこの支店長や貴族家に出入している従業員にも話を聞いたがこちらは違う答えが返ってきた。
「王太子殿下ですか?たまに商業地区の視察に来るので見かけますがとても聡明な方ですよ。受け答えはスマートだし指摘も的確。一緒にいるグランチェスター嬢にたまに意見を聞いたりしてましたけどあの二人が未来の国王夫妻だと思うと先が明るいですね」
「あのお二人がクラスメイトとかお嬢様将来自慢できますよ!」
そう聞いた時、教室でのセドリックの印象と全く違ってびっくりしてしまった。
勤勉で自信なさげだがいざ本番になると強いのだろうか。そういえば初めて会った時にヨレヨレのメモを握りしめてどこか不安そうな顔をしていたけど、いざ壇上に立ったセドリックは堂々としていて格好良かった。
リリアナは、セドリックは努力を惜しまないタイプの凡人で優秀すぎるセシリアに劣等感を抱いているのではないかとあたりをつけた。
セシリアも嫌悪している訳ではないが恋愛的な意味での好きではないのだろう。男女の仲睦まじさはなく、義務として側にいるような、そんな距離感。
公務を卒無くこなしているみたいだから周りのサポートがあればしっかりとこなせるのだろう。
初恋の王子様が努力をしないお花畑バカ王子でない事にほっとした。必死に勉強している姿は昔の自分を思い出して好ましいし、身につくのが遅いだけでその内に優秀と言われるようになるだろうと。
そう思っていた時期が私にもありました。
在学中に距離を詰め見事にセドリックと恋仲になれたリリアナ。しかし今の状態ではただの不貞だ。セドリックとセシリアが婚約解消するまで触れ合う事はできない。
セドリックはセシリアとの婚約解消の為に国王陛下に掛け合っているが色良い返事がもらえないらしい。
それでも必死に訴えるセドリックに根負けした国王は最終的にリリアナの優秀さを見てから判断すると言い、卒業後に王城へ上がる予定だ。
文官や女官が受ける試験と社交における振る舞いの試験を王族の家庭教師や侍従長、王妃陛下が見てくれるらしい。
チビってしまいそうな豪華メンバーに気が遠くなったが今までの勉強の成果を見せてやると意気込んだ。
リリアナはどこまでもポジティブだった。
試験の事はセシリアにも知らされたが、学院で会った時に途轍もなく憐れみを込めた眼で見られた。
試験の事や婚約解消の事はまだ公にはできないので表面上はいつも通り。
しかし時折セシリアから本当にいいのか?とこっそり確認される事がしばしばあった。
セシリアはセドリックの事を好きではないと思っていたのでなんだか意外だった。
しかし、嫉妬かどうかとなると何か違う。
この時の違和感を無視してしまったリリアナの頭は、まさしく恋愛お花畑に侵食されてしまっていたのだろう。だって初恋だもの。
卒業式の一週間前に、今王都で話題の演劇のチケットが商会のお得意様経由で手に入った。
試験前で緊張していたので、息抜きにセドリックと観に行こうと思い誘ったが、生憎の公務で行けないと申し訳なさそうに断られた。仕事なら仕方ないと、商会の女性従業員と観に行ったのだ。
この女性従業員は劇の主役であるソリルと言う役者さんの大ファンで誘ったら咽び泣いて喜んでいた。ソリルさんについて灼熱のように熱く語られてしまいちょっと怖かった。
その劇が私が前世で読んでた小説の内容によく似ていて懐かしく思い、翌日セドリックに劇の感想と共に詳しく語ってしまったのだ。
婚約破棄する悪役貴族なんてまんまテンプレだろう。セリフとかあるある〜と内心笑ってしまった。
印象に残ったその断罪シーンを身振り手振りで再現するリリアナをセドリックは微笑ましいといった表情で真剣に見つめていた。
これがいけなかったのだ。
セドリックが卒業パーティーで婚約破棄を声高に叫んだのだ。
しかも、劇の悪役貴族の台詞を一字一句間違いなく。なんなら身振り手振りもリリアナが教えた通りにやっている。
リリアナが試験に受かれば解消は決まっているのになんでこんな場で言うのか。しかも婚約破棄とか。
セシリア様もまさかの出来事で一瞬固まってしまっていたがすぐに感情を読ませない表情に戻る。
突然の出来事に頭が真っ白になったリリアナはなんとか間抜け顔を晒すまいと、微笑を崩さないように口元に力を入れる。
後に勝ち誇ったような微笑みだったとクラスメイトに言われてそんなつもりじゃなかったと泣いてしまった。
セシリアがよくわからない事を叫びながら出ていった後、王城からの使者にセドリックとリリアナは回収されていった。その後卒業パーティーはつつがなく終わったらしい。用意されていた軽食を制覇しようと意気込んでいたのに一口も食べれなかったのは悲しい。
王城の応接室のような部屋に連れていかれると、そこには怒り心頭の国王陛下と王妃陛下が待っていた。
セドリックはこれはやらかしたと思ったのかポツポツと白状した。
発端はやはり私が見た劇らしい。
以前セシリア様から誘われたが公務で行けず、今回も公務で行けなかった。二人して絶賛していたので、こういうシチュエーションが好きなのかと思い卒業パーティーでのサプライズを思いついたらしい。
国王陛下も王妃陛下も頭を抱えてしまった。セドリックは自分一人で判断するとこうなるのだ。
「……だから実行する前に誰かに相談する事と言ってあったでしょう」
呆れを隠さない王妃陛下の声に益々項垂れてしまうセドリック。まるで子犬のようだった。
リリアナは悟った。セシリアがリリアナの事を複雑そうに見ていたのはこれだったのかと。
セドリックは勉強はできるが応用はできないらしい。型にはまった事しかできない為、常に誰かのフォローがいるのだとか。人に囲まれているセドリックが堂々としていたのはフォロー体制が万全だったからだ。
だから公私のパートナーとなる伴侶には何事にも優秀なセシリアが選ばれたのかと理解した。
「あれは劇だから面白いのであって実際にされるのとはまた違いますよ」
子犬と化したセドリックを慰めるように背を摩るリリアナは、これからどうすればいいかと国王陛下に目を向けた。
「公の場での王太子の発言だ。撤回はできない。セシリア嬢との婚約は破棄ではなく解消し、リリアナ嬢を婚約者として迎えよう」
当初の予定と変わってしまったがリリアナは婚約者として王城に上がり王太子妃教育を受ける事になった。
あの卒業パーティーでの出来事でリリアナは厳しい目でセシリアと比べられるだろう。
それでもやるしかないと気合いを入れた頃にセシリアから手紙が届いた。
婚約のお祝いと妃教育に対する労いの言葉が並んでいて涙が出そうになった。卒業パーティーの出来事もとても楽しい演出だったと事も無げに書いてあった。
こんな優しい人から婚約者を奪ってしまったのかと今更ながら罪悪感も芽生えてしまう。愛がないなら、なんてとても傲慢な事を考えた自分が憎らしい。
しかし、分厚い手紙だなと2枚目、3枚目と読み進めていくと次第にげんなりした表情になっていく。
2枚目以降は卒業パーティーでの一幕があの劇だった事についての感想と考察、そして役者のソリルさんがいかに尊く素晴らしいかについてを20枚にもわたって書き綴られていた。綺麗で上品な文字なのに情熱と圧がひどい。荒い鼻息が幻聴として聞こえてくる。
最後に出てきた公演チケットを見て叫んでしまった。
「もう劇はこりごりですーーーーーーーーー!!!」
その後、王妃となったリリアナは王国の食文化をこれでもかと発展させた。国民からは『食の女神』と呼ばれ愛される存在となったとか。
セシリアは演劇界の女王と呼ばれ国の文化貢献に一役かいました。
セドリックサイドの話いります?
ソリル様初主演の劇のストーリーはヒーロー視点で進む恋愛ストーリー。
ひょんな事で知り合った令嬢に一目惚れしたヒーロー。
しかし令嬢には不仲の婚約者がいた。
王道ストーリーだが刺さるセリフやエピソードが多く淑女に大人気。
本来はヒーローとヒロインのキスで幕が降りるはずだったが出資者セシリアの猛反対にあい変更を余儀なくされた。
「ソリル様の唇は!!!!わたくしが守りますわ!!!!!!」




