55.夢の中で喫茶店
(夢の中で喫茶店)
あたりはひんやりとした冷たい空気に満ちていた。
良一は、夢から覚めるように少しずつ回りの状況を把握しながら起き上がった。
あたりは牧草に覆われている草原だった。
しかし、動くものは目に入らず、風の音だけが妙にざわついていた。
良一はふと目線を丘の上に向けた。
少女がいた。
こちらをじっと見つめているように見えた。
「帰ってきたんだ……」
良一は少し駆け足で少女のもとに向かった。
少し息が切れる中、まだ半信半疑ながら、これは夢ではないのだと思った。
そしてここは、湯川朋子の夢の中、それも彼女自身きずいていない無意識の夢の中だと思った。
そして丘の頂に立つ少女は湯川朋子本人に間違いない。
だとすると、新一が言ったように彼女をここから現実の世界に帰せば、妙子の母親は目覚めることになる。
しかし、どうやって……
「やー、またあったね」
「どこに行っていたの?」
「ちょっと、ね……」
「彼女のところ……?」
「彼女って?」
「前に一緒にいた人……」
その言葉で良一は思い出した。
少女は現実の世界に来たことがある。
でも、母親は目覚めなかった。
どうしてだろう。
では、どうやって母親を目覚めさせればいいのか、良一はしばらくそのことを考えていた。
「でも、よかった。また来てくれて……、お茶でもいかがですか?」
子供とは思えない言葉遣いで良一の手をとった。
良一も何も言わずに手を引かれるまま後をついて行った。
以前と同じように大きな木の下に御座がひかれていて、大きなバスケットとぬいぐるみのお人形、それとままごとセット。
しかし今日はその横に大きな丸太を輪切りにしたような椅子が四個と雨ざらしになっていたのか腐りかけた木のテーブルがひとつあった。
少女は、良一に丸太の椅子に座るように進めた。
「何にしますか?」
「……、えー、コーヒーでも」
「少々お待ちください」
今日は、お店屋さんごっこかと良一は思った。
「お待ちどうさまでした」
良一はおままごとのコーヒーカップが出てくると思っていた。
しかし彼女の持ってきたお盆の上には陶器のカップに入っていた本物のコーヒーが湯気を立てていた。
良一は少しうれしくなり、背筋を伸ばした。
「はいどうぞ。ミルクとお砂糖はご利用になりますか?」
「はい、お願いします……」
彼女はお盆からミルクとシュガーポットをテーブルの上に置いた。
「ごゆっくりどうぞ……」
「あ、君も一緒にどうですか?」
あまりにも大人のウエートレスに似ていたので、
つい同じように大人のしゃべり方で対応してしまった。
その対応が嬉しかったのか少女はにこやかに答えた。
「それって、なんぱ……」
おいおい、何処で覚えたのか、と良一は思ったが……
「君、可愛いね。ナイスだぜ……」と、なんぱなどしたことがない良一だが、精一杯それらしくセリフを並べた。
「それでは私もカフェオーレでもご一緒させてくださいませー!」
どこから出してきたのか知らない間に、大きなマグカップが彼女の手にあった。
そして良一の横に座った。
良一は、ゆっくりとカップにミルクを注ぎ、口元に運んだ。
香ばしい香りが鼻をくすぐり、暖かいコーヒーは胸の中を温めた。
良一は満足げに眼下に広がる牧草地帯を眺めた。
「おいしいよ。とっても……」
「ほんと、嬉しいわ……」
少女も、それからカップを手にとり一口飲んだ。
「さっきの話だけど……、朋子ちゃんも一緒に来ればいいよ。妙ちゃんも友達ができて喜ぶと思うよ」
「ええ、でも……、あまり行きたくないの……」
「どうして?」
「よくわからないけど、とてもいやな感じがしたから……」
「妙ちゃんがいやなの?」
「違うけど……、よくわからないけど、いやな感じがしたの。それに、やかましいし、ごちゃごちゃしてたし、つまらなかったわ……」
「でも、妙ちゃんはきっと君に会いたいと思っているよ」
「どうして?」
「いろいろ、訊いてもらいたいことがあるんじゃないかな。僕にも言えないこと。いろいろ……、ほら女同士って、いろいろあるじゃないの? よくわからないけど……」
「それなら、ここに来ればいいのに……」
「ここに来てもいいの?」
「いいわよー! 良ちゃんの友達なら歓迎よっ!」
「じゃ、今度連れて来るよ。話を聞いてやってよ……」
「良ちゃんって友達思いなのねー!」
「そんなことないけど……」
「私の友達にも会ってくれる?」
「え、誰かいるの?サちゃんだねー!」
「そうよ……」
彼女は椅子から降りると、彼女と同じくらいの大きさのぬいぐるみを持ってきてテーブルの
に置いた。
「こんにちは、僕は朋子ちゃんの彼氏の良一ですー!」
良一は少し恥ずかしい気持ちもあったが、妙子がここに来れば何とかなりそうな気がして、気持ちが楽になったのか、すらすら出た言葉だった。
「サッちゃん私の好きな人……」
少女は人形を通して気持ちを伝えたかったようだ。
「そう、あなたも好きなの……? ミーちゃんはどうかな?」
いつの間にか三毛猫までテーブルの上に乗っていた。
子猫は眼を細めてミューと鳴いた。
そして少女のマグカップをぺろぺろなめだした。
「お腹すいているんじゃない?」
彼女はいつも間にかミルクの入ったお皿をミーコに差し出した。
子猫は美味しそうにミルクを飲み始めた。
「良一君……」
その声に良一はビックとして目を開けた。
目の前に母親のベッドが見えた。
そして、紗恵子の顔……
「どうしたの? こんなところで、うたた寝して……? お母さんに何かあったの?」
「いえいえ、ぜんぜん大丈夫ですよー!」
良一はゆっくり起き上がった。
「ちょっと、考え事していたら寝ちゃったみたいで……。え、今何時ですか?」
あたりは、すっかり明るくなっていた。
「もう、六時だけど……」
「……、すみません。すぐに、すぐに朝食の支度をしますからっ!」
「朝食はいいけど、床に寝たりして、風邪引くわよ……」
「はい、わかっています……」
良一と紗恵子は、早速朝食の支度に取りかかった。




