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19.扉が開く

(扉が開く)


 翌日、土曜日……

 妙子は朝早く良一の家に向った。

 朝早い時間にしたのは、少しでも誰かに出会う機会を少なくしたかったからだ。

 妙子が良一の家まで来ると、良一が庭に出ているのが見えた。

「綺麗に作ってあるのね……、ガーデニングも得意なの?」


 庭には、パンジー、デイジー、ペチュニア、アイリス、チューリップ、マーガレットなど春の花が白や黄色や青、赤と色とりどりに咲きほこっていた。


「そうでもないけどね。母が好きだったから。手入れしないわけにもいかないから。もうじきバラや藤が咲くよ……」


 妙子が玄関脇から庭に入って行くと、良一はチューリップの花を摘んでいるところだった。

「それ、切っちゃうの?」


「湯川さんが来るから部屋にでも飾ろうと思って、何もないから殺風景だろ……」


「いいわよ。そんなに大きな花もったいないよ」


「もう、この花は咲ききっちゃっているから、これからは花びらが散っちゃうだけなんだ。それに、切ってやると球根が大きくなるんだ」


「そう言えば、お姉ちゃんもよく切っていたわねー」


「そうだね。湯川さんの家の庭も綺麗だったね。それより何か話があるって? 家の中に入る?」


「うん、でも、いい天気だから、ここでいいわ……」

 妙子は、縁側に座りながら綺麗に整えられた花壇や庭木を眺めていた。


「お母さんの形見ね……」


「そうだね……」


 妙子は良一の顔を見るまでは、あれもこれも言ってやろうと思っていた。

 「もう少し自分から友達を作るように話しなさいよ」とか、「良一が話さないから、回りから秀才だからお高くとまっていると言われる」とか、「だいたい机から離れないのがおかしい。笑わないのも変よ」とか、でもそれはただの表面的な良一に過ぎなかった。


 本当は幸恵の言うように、やさしくて、人のことばかり気にしていて、紗恵子に言わせれば自己犠牲が出来る人、それがわかっているのなら、これ以上良一に何を求めようというのか……

 妙子は思いをめぐらしているうちに何もいえなくなってしまった。


「それで、話ってなに……?」


「……、話? 話は、決まっているでしょう。下宿の話よ。いつまで一人でいるつもりなの?」


「だから湯川さんの家には行けないって返事はしたよ」


「でも、下宿できない障害はないんでしょう?」


「……、そうだけど」


「じゃ、ただ意地張っているだけじゃない。それとも、私に言えないこと?」


「そんなことないよー!」


 妙子は話そうと思っていたことが、突然なくなったことで、心の奥の奥にしまっていた懸案事項が、その反動で突然出てきてしまった。


 それもまた歓迎しているように言っている自分は偽善者だと思った。


「私、小さい頃のこと、あまり覚えていないんだけど、お姉ちゃんがね。小さい頃、良一君を家来みたいにして私がえばっていて、また下宿なんかしたらこき使われて大変だと思って、こられないんだって言うのよ」


「そんなことないよ。あのころが一番楽しかった……」


「そうよね、私も楽しかったから、よくあの暗号覚えていたわねー?」

「……、うん。でも、暗号でなくても電話してくれれば良かったのに……」


「そう言えば、そうね……、気が付かなかった。でも男子なんかに電話したことないから……、それより、小さい時みたいに、また来ればいいじゃない。下宿なんて言うから気が重たくなるのよ。私の家に遊びに来るつもりで、お泊まりで来たら? 一日二日でいいから……。そうすれば、私のお父さんの顔も立つもの。大人の世界は結構めんどくさいのよ。このまま、あなたが下宿に来なければ、あなたのお父さんに頼まれた義務が果たせないから、信用が失墜しちゃうのよ。お父さんの顔丸つぶれ……。でも、良一君が下宿と言わず、たまに泊まりに来てくれれば、少しは面倒を見ている格好が付くじゃない。そうすれば、あなたのお父さんが帰って来たときでも頼りになるだろうって、えばって言えるのよ。そういうことわからない?」


 妙子は、我ながらよくも出会い頭に思ってもいない言葉が次から次へと出てくると感心していた。

 口から生まれたのは嘘ではないかも知れないと思った。


「そんなの、大人の勝手だよ。僕はお父さんにはっきりと断ったから。お父さんも好きにしなさいって言っていたし……、それでいいと思っていたから……」


「バカねっ! 子供に発言権なんてないのよ。あなたに責任が取れるの? もし、あなたがここで死んだら、責任を取るのは私のお父さんだから……」

 良一は何もいえなくなった。


 妙子も少し言い過ぎたかと思った。これはまるで脅迫だ。


「お父さん思いだね……」


「……、でもないけどね。世間体というものよ」

「でも、それなら……、僕が湯川さんの家に住んでいることの方が大きな問題じゃないの?」


「そ、そういう見方もあるけど、子供だからいいのよ」

 妙子にとっても、それが一番の問題だった。


 でもこの時、良一の本心が見えたような気がした。

 やはり、良一は先回りして妙子のことを気遣って下宿できないと言っているのではないかと思った。

 街の中でも学校でも無責任な噂が立てば、傷つくのは妙子であると。

 そう考えたとき、妙子がいくら説得しても良一は来たくても絶対に来られない。

 自分のためではなく、妙子のためだからだ。







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