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20.涙は女の武器

(涙は女の武器)


 沈黙が続いてから良一が話し出した。

「朝ごはん食べたの?」

「まだよ……、良一君は?」

「まだだよ。何か食べる?」

「いつも、なに食べているの?」

「お休みは、パンとコーヒーかな。あとはいろいろ……」

「ホットドックでも食べる?」

「なにそれ! 作れるの?」

「ちょっと待っていてねー!」

 良一が家の中から、折りたたみ式のバーベキューコンロを持ってきて妙子の前で開いた。

「え、えー、バーベキューやるの?」

「そこまではいかないけど、フランクフルトソーセージを焼くんだ。小さいとき湯川さんの家でよくやったね」

「そうねー、でも、今は全然やらないわよ。そんな雰囲気でもないから……」

 少したって、良一は火の起きている炭を持ってやってきた。

「団扇で扇いでくれる……」

「良一君って、アウトドアーが好きなのねー」

 妙子は団扇をとると手馴れた様子で扇ぎだした。

「……、でもバーベキューを覚えたのは湯川さんの家にいたときだよ。あれから、自分の家でもやるようになったんだ。でも、母が亡くなってからは、やらなくなった……」

「……、そう、でもよく炭があったわね?」

「七輪で、焼肉やうなぎを焼くのさー」

「う、うそ。凄い本格的なのね。美味しいの?」

「……、どうかな? 気分だけは美味しいよ」

 そんなことを話しながら、二人は昔に帰った気分で、自家製の良一が焼いた長いパンに、レタスやキュウリ、トマトをはさんでホットドックをいくつも作って食べた。

 コンロの上ではパーコレーターがコーヒーを温めている。

「なんか、昔に帰ったみたいで楽しいわね。無理にとは言わないけど、たまには遊びに来なさいよ。私の家でもバーべキューやりましょう!」

 妙子にとっても久しぶりの野外での食事だった。そのためか気分も高鳴っていて少し興奮気味だった。

 今は良識ある中学生よりも、小さい頃の空想と現実の見さかえのない、おてんばお喋り妙子に戻っていた。

「これだけは言いたくなかったんだけど、お姉ちゃん。女子大生よりは少し歳がいってるけど、凄い美人でスタイルもグラビアモデル並みよ。でも性格がおっとりしているのか、どこか抜けているのか知らないけど、お風呂上りにそのままで出てきちゃうのよ。何も着ないでよ。それで、冷蔵庫からビールやお酒なんか出して、テーブルに座ったりしてテレビ見ながら一杯やっているの。覚えている? 私のお姉ちゃん……?」

「うん、知っているよ……」

「でも、大人になったお姉ちゃんは見たことないでしょう?」

「そうだね。多分、今あってもわからないと思うよ」

「そうでしょう。それで、私が何か着なさいよって言うと、これが好きなのよって言うのよ。お父さんが目のやり場に困るでしょうって言ったら、成長した娘の姿を見せているのよって。あれは、完全な露出趣味ね。自分でもスタイルがいいとわかっているから裸になって、私に見せ付けているのよ。それで自個満足しているのね。私の家に来れば毎日、生で見られるわよ、生よ。凄いでしょう」

「う、うん、凄い。でも僕がいたらそんなことやらないよー」

「やるわよ。お父さんがいても平気だもの。ギャラリーが多いほど本人は嬉しいのよ。外では裸になって世間の人々に見せられないから、せめて家の中でそのストレスを発散しているのね。良一君なんか、まだ子供としか思ってないから、全然平気で出てくるわよ」

「……、でも、それはないと思うよー」

「それに今度、良一君が家に来たら一緒のお布団で一緒に寝たいって言ってたわよ。お姉ちゃんは本気よ」

「あっは、ははあ……」

「少しは来たくなったでしょう。だいたい超美人と超美少女のいる家よ。男子なんかに言ったら、みんな1億円お金もって泊まりに来るわ。だから、これは絶対にないしょだからね」

「誰にも言わないけど……、超美少女って誰……」

「……、あなたね。それだけ冗談が言えるんだったら、もっとクラスのみんなと喋りなさいよ!」

「冗談じゃないけど…」

「じゃいいわ、これだけは言いたくなかったけどね。私の入浴シーンなんか見たくない?」

「え、見せてくれるの?」

「バ、バカね。見せるわけないじゃない。なに考えているのよ。でも、想像するのは自由よ……」

「……、想像ねー」

「エッチ、スケベ。変なこと想像していたでしょう!」

「してないよ……」

「うそ、私の胸を見ていた」

「見てないよっ!」

「隠さなくてもいいのよ。想像だけなら罪にはならないから。でも、それだけじゃないかもしれないわよ。運がよければ、見られちゃうこともあるかも知れないわよね。見られちゃったら仕方ないわね。事故だもの。来たくなったでしょう……」

「でも、事故が起きたら困るし……」

「うそ、信じられない。こんな凄い話を聴いても来たくないの? もしかして男じゃないんじゃない?」

「男だよっ! 湯川さんが一番よく知っているじゃん!」

「あ、あーあ、やっぱり、まだあんなこと根に持っているんだ! お姉ちゃんが言ってた。またおチンチン見せてって言われるのが怖いから下宿できないんだって! でもね、あれはお相子だからね。私のだって見たでしょう……」

「でも、ひっぱたりしなかったよ……」

「ひっぱたけど、あなただって、あそこ触ったわよ!」

「触ったかもしれないけど……」

「あー、わかった! 私の家に来るとエッチビデオが見れないから寂しいんでしょう? それで、こられないんだ!」

「ちがうって! そんなもの見てないよ!」

「ちがわないわよー! そうに決まっているわよー!」

 まるで幼児期に戻ったような会話だった。

 妙子は一番思い出したくなかったことを、どさくさに紛れて全部言ってしまった。

 小さいときの出来事とはいえ思い出すたびに顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしていた。

 それも原因の一つとして、大きく成長してからも、学校や道で良一とすれ違っても避けるようになってしまっていた。

 しかし今、面と向かって本人におチンチンだの引っ張ったことなど言ってしまったことで、心の扉に封印していた鍵が解けた。

 解けた瞬間、全身に震えが走った。

 そして熱いものがこみ上げてきた。

「あれ、涙……」

 妙子の目から涙がこぼれた。

 一滴の涙がこぼれ落ちると、関を切ったように次から次えと流れ出した。

 両手で涙をぬぐいながら、なぜ涙が出るのかわからなかった。

 良一はしまったと思った。

 小さい頃も仲がよかったが同時に喧嘩もよくした。

 そして妙子が泣き出し、その機嫌を治すのにどれだけ苦労をしなければならないか。

 今になっても全身から血の気が引く思いがした。

「……、いいわよ。……、いいわよ。良一なんか、来なくても……、来なくてもいいわよ。良一なんか一人で、ねずみに引かれて食べられればいいんだ!」

 妙子は、涙をぬぐいながら良一の家を走って出て行った。


 涙は女の武器、涙は心の友達、涙を流すのはなぜ。悲しいから、嬉しいから……


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