第598話 入学式
体育館――
通常、生徒が椅子を並べるなどの準備をするものだが、そこは新設の学校。在校生など存在しないから、事前に作業員を募集して、昨日入学式の準備を手伝ってもらった。
フレアハルトとロミネルちゃんの護衛二人、族長夫妻を保護者席に案内する。
今頃は、リディアとネッココもクラスの席に座っているはずだ。
「それで、我らは何をすれば良いのだ?」
「ただ座ってるだけだよ」
「始まるのはいつだ?」
「学校からの封書見てないの?」
「う……うむ……全部フィアルマとフランマースがやってくれたからな」
典型的な“お父さん役”だな。
今の時代はどうだか知らないが、平成中期に差し掛かった私が小学生の頃は『イクメン』なんて言葉すら無かったからお父さんはほぼノータッチで、学校関連はお母さんに投げっぱなしだった。
入学式も母のみ参加。その点ではフレアハルトも族長さんも参加してるから偉い。
まあ……私も準備はカイベルに投げっぱなしだったが……で、でも、入学するみんなに道具類が行き渡るような手配とかは私がしたからセーフ!
「九時からだよ」
体育館に設置された時計を見ると八時を少し過ぎたところ。
「九時? 結構待つのだな……」
もうたった四十五分程度だが?
「待つのが嫌ならフィアとフランマに任せれば良かったのに」
「バカ言え、妹の大事な日だぞ? わざわざ父上と母上にも入学式の日にちを教えたというのに」
「そりゃそうだよね、そこはちゃんと考えてて安心したわ。ロミネルちゃんたち、きっと今頃は各クラスで説明会の最中だと思うよ。その後に先生方と一緒にこちらに入場してくる手筈になってる。まああと四十五分くらいで始まるし、じっとしてなよ」
が、十分ほども経過すると、落ち着きなく貧乏ゆすりし始めた。
「行儀悪いなぁ……」
「しかしなぁ、アルトラ……退屈ではないか」
ついこの間、解呪刀のくじ引きに並んだ時二時間半くらい待ってたはずなのに……どうやらこの男は座って待ってるのが苦手なようだ。 (第545話参照)
「族長さんと夫人を見習いなよ。あんなに良い姿勢で待機してるじゃない」
チラッとそちらを見たら、良い姿勢と言うよりは、初めて亜人の催し物に参加した緊張で固まってるように見えた。
フレアハルトの後ろの席に座ったフィアとフランマも、ガチガチに緊張している。
でもまあ、全員“良い姿勢”には違いない。
「おっと、そうだったな。今日は父上と母上が監……ロミネルの晴れ姿を見に来てるのであった」
今、気のせいでなければ『監視』って単語が聞こえたけど……
これ、後継者をやりたがらなかったのと、私たちの前でだけふざけてるのは繋がってるのかもな。多分、族長さんたちの前では清く正しく振る舞ってるんだろう。後継者として育てられたから長年染みついた癖かもしれない。
私とリーヴァントは、来賓として呼ばれているためそろそろ体育館控え室へ向かわなければならない。
フレアハルトらの様子を確認し終え、その場を離れようとしたところ――
「で、何でお主らは座らんのだ?」
――とフレアハルトに呼び止められた。
「ああ、私たちはこの町の代表として呼ばれてるから、私たちが座るのはあっち」
と、体育館脇に用意された来賓席を指さす。
「なに!? 我らを置いて行くのか!?」
「『置いて行くのか!?』って、子供たちの様子を座って見てるだけだよ……」
どこに不安になる要素があるんだよ……
そして途端に小声になるフレアハルト。
「……わ、我一人では父上と母上を御し切る自信が無いぞ……」
懸念ってそっちかよ……ご両親なのに?
まだまだ族長さんのパワーバランスは現役ってわけか。
「……そこは上手くやってよ、あなたのご両親なんでしょ? 厳かな式だから大声を上げないようにだけ注意してくれれば良いから。あとは……」
と、族長さんたちの様子を窺うも、当のフレアハルトの懸念点たちはガチガチに固まって“良い姿勢”をキープしている。
「ま、大丈夫でしょ。じゃ、そろそろ行くね」
「ま、待て! ………………こ、こんな場、不安しかないぞ……」
◇
体育館控室――
「あ、アルトラさん、おはようございます。本日はよろしくお願いします」
声をかけてくれたのは校長のルミナリス先生。
トロルの補助教員は七人居るうちの一人だけがこの場に居た。便宜上彼が教頭ということになる。名前は『キョーセン・トロル・セイフリティ』。
何だか『教師+先生』がくっ付いような名前で先生をやるのにピッタリの名前だ。呼び名は『キョーセン先生』かな? 何だか『セ』が多いが。
他の先生方は今各教室で新入生たちに式の説明をしているところだろう。トロルの補助教員は各先生に二人ずつ付けているから彼らも教室。
また、各国の子供たちも一人以上入学するため、五大国の大使補佐が来賓として呼ばれている。
それで、私の役目は、と言うと……来賓祝辞だ。
もう何度も前に出て口上を述べているが、いまだに一向に慣れない。しかし、この国ひいてはこの町代表故に、拒否するわけにも行かないわけだ。
「それではそろそろ始まりますのでよろしくお願いしますね」
「はい」
私、リーヴァント、集まっていただいた大使補佐の方々が来賓席へと通される。
◇
慌しくしているうちに、開会の九時が迫る。
マッチョ・ヴォルガルド先生が保護者の前へ出て行った。彼は高学年の担任だから、彼が体育館に来ているということは、生徒もすぐ近くに居るのだろう。もうそろそろ式が始まりそうだ。
「ただ今より新入生が入場してきます。保護者の皆様は拍手でお迎えください」
なるほど、初めての入学だし、アルトレリアの保護者はそんな慣習なんて知らないからな。
みんなにきちんと説明してくれたのはありがたい。
拍手の音に包まれ、再びヴォルガルド先生の声。
「新入生入場!」
その合図で新入生が一列に体育館に入場。
拍手が鳴り響く中、体育館に来る前に先生の説明を受けたのであろう児童生徒全員がお堅い表情で二列になって行進し、それぞれ席に座って行く。
児童生徒は中学生相当の年齢に当たる高学年から入場してきた。これは低年齢層よりも理解力があるためという判断。七歳から十五歳が“新小学一年生”に当たるため、こういう特殊な状況も起こっている。
席順は、前から低学年、中学年、高学年の順番になっており、高学年は大分保護者に近い位置に座っていく。
次に中学年が入場してきた。
真っ先に入場して来たのはリディアだった。
「あれ? 先頭歩いてる」
リディアともう一人、トロル族の男子の子が先頭を歩いて来る。
いつもの元気が無く借りて来た猫のよう。顔が多少引きつって見える。普段緊張などとは無縁と思っていたが、意外や意外、厳かな場面には初めて遭遇しただけに緊張しているようだ。
なぜリディアが最初なのか考えてみたところ、その理由に思い当たった。
「あ、リディアの本名って『アクアリディア』だったっけ」
普段『リディア、リディア』言ってるから失念してたけど、彼女は共通魔界語の綴りにすると頭文字が『A』に相当するから最初の方に来るんだっけ。
手で『見つけたよ』という具合に合図を送ってみたところ、それを見て少しだけに頬が緩む。
緊張も多少はほぐれたかな?
そして最後に低学年が入場してくる。
「『ネッココ』は頭文字が『N』だから……列の中盤くらいか」
予想通り列の真ん中辺りに配置されているネッココを見つけた。
身長が低過ぎるから歩幅が狭すぎて後ろの子がちょっと詰まってるわ……
でも、本人は気付いてないのかどうなのか、マイペースに行進。詰まっても飄々としている。抱き上げて歩いてもらった方がきっと早く進めるだろう。
ネッココにも手で合図を送ったところ、それを見てなお『ムッフ~!顔』になった。ネッココは本当に緊張とは無縁らしい。
その少し後からをロミネルちゃんが歩いて来たが緊張でガチガチ。フレアハルトも重要場面で緊張するタイプだから、この辺は兄と似ている。
そして来賓席からでも族長夫妻が少し騒ぎだすのが見えた。
「あ、あなたあなた! ロミネルよ!」
「これほど整然と歩くとは……立派だ……」
ここから聞こえはしないが、そんな感じのことを言って喜んでるように見える……ただ行進してるだけなのに?
何だかちょっとガチャガチャ動こうとしてるのをフレアハルトが落ち着かせてるのが見える……
私は義理親だから本当の親の気持ちはよく分からないけど、一般的な親ってのはこんな気持ちなのかもしれない。
その直後に族長さんがスゥーっと深呼吸する動作をし、またフレアハルトが慌てて何か言ってる。
推測すると多分――
「ち、父上、大声を上げてはなりません」
「お、おお、そうなのか……」
――ってところか。
今、ロミネルちゃんを見つけて声かけようとしたんだと思う。
新入生全員が入場し終え、席に着いた。
そして、ダークエルフのイグナート先生が、開会の辞を宣言。
「ただいまより、冥陰暦九千九百九十四年度 入学式を挙行いたします」
本来であればここで国歌斉唱や校歌斉唱が入るところだが、生憎とまだ作られていないため、この部分は無し。
日本の入学式の常識からすると、七歳から十五歳までが新入生として入学するためにここに集められている光景は、多少異様に映るが、これからこの町でこれが普通の光景となる。
イグナート先生が流れるように次のプログラムへ進めた。
「新入生呼名!」
その合図で担任が生徒の名を呼び始める。
「Cクラス、一番『アツキーヤ・エッグラバー』!」
「はい!」
「『ベルメリア・インフォメ』!」
「はい!」
ここでも高学年から呼ばれる。担任はマッチョ・ウォルガルド先生。
今呼ばれた二人……、男子の方は鶏農家のオライムスの弟だな。毎朝ニワトリスの卵の回収を手伝ってるのを見る。 (第375話参照)
女子の方は、役所受付のマリリアの妹っぽい。顔がどことなく似ている。名字も『インフォメ』だし、多分間違い無い。
以降もたまに知り合いの親族が混ざるも、順々に呼ばれて行き……高学年が終わると――
「着席!」
――の合図で一旦席に座る。
次に同じように中学年のBクラス、担任はイグナート先生。
最後に低学年のAクラス、担任はラフィミィナ先生で締める。
全員の呼名が終わった後、再び
「全員、起立! 礼! 校長式辞!」
校長のルミナリス先生の式辞。
「温かな光差し込む今日、八十三名の新入生のみなさんをこのアルトレリア第一小学校に迎えることができました。みなさん、ご入学おめでとうございます。今日から皆さんは、この学校の一年生です。さて、校長先生から、みなさんと『三つの約束』をしたいと思います。一つ目は『元気に挨拶をすること』。二つ目は『お友達と仲良くすること』。三つ目は『命を大切にすること』です。
―― (中略)――
結びに、新入生のみなさんの毎日が希望に満ちたものになることを心からお祈りし、式辞といたします。冥陰暦九千九百九十四年四月五日、アルトレリア第一小学校校長ルミナリス・フェイグロウ」
式辞が進み、いよいよ私の出番だ。
「来賓祝辞!」
壇上に上がり、新入生みんなに祝辞を述べる。
「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます」
児童生徒たちを見渡す。
「かつて……この村は何も無い村でした。そこを皆さんのお父さんお母さん、そして町で働くお兄さんお姉さん方が一生懸命村を発展させようと考え、みんなで力を合わせて努力してきて今があります。ここで皆さんが育む友情、努力は後の勝利へと繋がることでしょう。この町で生まれ育ったトロルの子も、遠い異国から来てくれた子も、ここでは等しく『アルトレリア第一小学校』の一期生です。あなた方は『守られる子供』であると同時に、『最初の一歩を共に踏み出した希望そのもの』です。先生方も、どうかこの新しい芽を大切に育ててあげてください。みなさんの毎日が、この国の太陽のように明るく輝くことを願って、お祝いの言葉とさせていただきます」
「アルトラ様、ありがとうございました」
まあこんなもんでしょ。
これで、今日の大仕事は終えた。この手の挨拶はいつも頭を捻る。
この後も式は粛々と進行され――
「以上をもちまして、入学式を終了いたします。新入生、退場」
――の合図で幕を閉じた。
式が終わった後は、みんなガヤガヤと退場して行く。
続いて親御さんたちも徐々に退出して行く。
フレアハルトのところへ戻ると、なぜか疲れ切った顔。
「何でそんな疲れてるの? ただ座ってただけなのに」
「気疲れだ……」
その原因は手に取るように分かる。
横を見ると族長さんが――
「素晴らしい式だったな! ロミネルも立派であった!」
――凄くテンション高い状態……
レッドドラゴンは式典のようなものが無いらしく、かなり珍しく映ったようだ。
「しかし、ロミネルと離れて暮らさなければならないことを想うと……」
そして、族長夫人はちょっと涙目。
「ま、まあいつでもここにロミネルちゃんは居ますから」
族長夫人をなだめつつ、レッドドラゴン家族を見送った。
この後は、ホームルーム後下校だから、校舎前に親御さんは集まってると思われる。
◇
校舎前で児童生徒が出てくるのを待つ。
程なくしてリディアとネッココが出て来た。
「アルトラ! どうだっタ?」
『私は私は!?』
「二人共良かったよ!」
リディアは借りて来た猫のように静かだったし、ネッココは歩幅が遅れてたけど、まあそれは言わなくて良いでしょ。上等上等!
「学校、明日から授業があるんでしょ?」
「授業って何やるんだろうナ~!」
『明日が楽しみだわ!』
昨日早起きを大分渋ってたのに、この心変わりである。
どうなるかと思ったけど、これならちゃんと学校に行ってくれそうかな。
「さ、二人共、今日はカイベルがご馳走用意してくれてるらしいし、帰りましょうか」
こうして、今日よりアルトレリアの学校教育の歴史が始まった。
入学式の様子、どうだったでしょうか? もはや記憶の彼方なので入学式っぽく見えていれば良いのですが……
実のところ校歌も入れたいと思って、AIにアルトレリアの風土と疑似太陽などの要素を提示して作ってもらいましたが、やはり何だか自分の小説の一部ではないような気がして入れるのを断念しました。
作詞って本当に難しいですね。同じ文章ながら小説とは全然違いますね。作詞家って凄いです!
ちなみに、式辞や祝辞などは調べて、それっぽく作りました。
さて、あと二、三話ほどで第20章も終了します。
次回は2026年5月15日の投稿を予定しています。
第599話【学校の様子】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は21時付近までのいずれかの時間になります。




