第471話 vs赤アリ その3
赤アリに近付き、槍に炎を纏わせて横一閃。
右腕でガードされるも、その後力づくで横へ薙ぎ払う。
「………………」
今まで炎の中に居て火傷一つ負わなかったにもかかわらず、フレアハルトの小さな炎で火傷したことを不思議に思う赤アリ。この反応は先ほどのフレイムハルトと同じ反応であった。
「火傷したことに驚いたか? 貴様が我らを焼けるように、我らも貴様を焼き尽くせるということよ!」
なおも外骨格が焼けて無くなってしまった右腕を見て不思議そうにしている赤アリ。その焼けた右腕は見た目はヒトの腕に近かったものの、中身は皮膚が無く筋肉と神経が走っていた。
「表情が読めぬから何を考えているか分からんな……こちらの言ってることも理解しているかどうか」
しかし即座に副脚を地面に突き立てて魔力を吸い上げ、溶けた外骨格と筋肉・神経を修復。
「な!? は、早いな……ここまで再生能力が高いとは……これは回復が追い付かないほどの大打撃を与えねばならんようだな」
超速回復を目撃し、炎を纏わせた槍を突き入れる。
先ほどの一撃とは違い、炎に警戒している様子で触れることなく回避。
槍を乱突きし、振り払い、手数で攻めるが、八脚ある副脚による炎の噴出力を利用しヒラヒラと躱す。
「くそっ! コイツ、ヒラヒラヒラヒラと……ついこの間戦った砂の精霊のような戦い方をするな……」 (第400話参照)
大雑把な性格のフレアハルトとしては、繊細に避けられる戦いを最も嫌う。
回避するごとに炎を噴出して魔力を消費するものの、噴出する側とは逆側の副脚を地面に突き立てて魔力を吸い上げるため、赤アリの魔力が枯渇することは永遠に無い。
そして回避一方だった赤アリの方にも動きがある。
フレアハルトに悪寒が走った。
攻撃を避けながらも、赤アリの持つ八本の副脚のうち半分の四本が身体の正面に集まっていた。そして先端が光り出す。
「こ、これはまさか……!?」
『ゴォォォ』という音を出し、四本の脚から一直線に強力な炎が放射される。
「うおおぉぉ!?」
咄嗟に手から炎を噴出し、赤アリと同じ方法で回避した。
「あ、危なかった……我らの【フレアブレス】と同等の威力だ……喰らえば大火傷だ……」
その直後、頭上から気合の入った声がする。
「うおぉぉ!!」
という咆哮と共に、フレイムハルトが炎を帯びた槍で縦に一閃。
赤アリの右側の副脚三本を切り裂いた。
「よくやったぞ! このまま回復させるな!」
「はい!」
二人の槍による乱撃。
赤アリは副脚を使い避けようとするも、右側三本失ってしまったために左への回避力が著しく低下。避け切れず二人の槍の攻撃をモロに喰らう。
「ギギッ……!!」
あまり声を出さなかった赤アリがうめき声のような声を上げた。
「畳みかける!」
「はい!」
なお連撃を浴びせ、ダメージを与え続けると、外骨格のあちらこちらが槍に纏った炎の影響で溶けだしていた。
「トドメだ!」
槍を下から上へ掬い上げるように振り上げ、赤アリを上空へと打ち上げる。
「ゆくぞフレイムハルト! 【インフェルノ・ブレス】の準備をしろ!」
「はい!」
すぐさまフレアハルトも上空へ目指してジャンプ。続けてフレイムハルトも上空へ。そして――
「さっきの一撃を返してやる!」
上空でフレアハルトが炎の槍の縦一閃! さきほどのダブルスレッジハンマーのお返しとばかりに赤アリの脳天に渾身の一撃、地面へと叩き落した!
『ドゴゴゴッ!!』と音を立てながら地中深くへめり込み、ほんの少しの間身動きが取れない状態になる。この“ほんの少し”の隙が、二人にとっては絶好の好機であった。
そして二人同時に竜人形態からドラゴン形態へ変身。
「今だ!」
―― 【【インフェルノ・ブレス】】 ――
完全なドラゴン状態の二人同時の【インフェルノ・ブレス】。
上空から地面に埋まった赤アリへと放たれる。
程なくして着弾。強烈な光を放った後、大爆発が起こり、更にその後に凄まじい轟音が響く。
周囲の地面は着弾地点から外側へ向かって大地を壊し、岩を粉砕し、大木すら木の根を掘り起こされ吹き飛んでいく。
爆発は百数十秒続いた後に収束。
二つの【インフェルノ・ブレス】により、着弾した地点は大きく陥没。その相乗効果により最大深度三キロ、距離にして四キロほどの地面が跡形も無く蒸発。巨大なクレーターが出来上がった。
加えて周囲十キロほどに高温の熱波が吹き荒れその範囲に棲息していた生物は即死か重度の熱傷、三十キロ以上の範囲で突風により岩石や木、大量の砂が巻き上げられ、岩石の破片や木片などが勢い良く突き刺さる。その被害規模は推測すらできないほど広大だった。
この熱波の効果範囲にあったカゼハナの対策司令本部ももちろん被害を出す。
強烈な超高温の熱波により司令本部に居た者たちおよそ六千人が全員焼死という大いなる被害を出す……はずであったが、その周りをレッドドラゴン八人による火耐性魔法と【岩の壁】による防護、そして風の国・風の国属国所属の大勢の魔術師たちが司令本部全体を防御魔法によって必死に防護していたため、司令本部の中だけに限って言えば、熱による被害、突風による物損被害なども軽微に抑えられた。
防御魔法が張られていた司令本部の置かれた範囲以外は、熱波により地表の温度が急上昇。一瞬で五十度ほど急激に上昇し一時的ではあるもののこの土地の気温は七十度から八十度ほどの気温に変貌、超高温の熱波が通過する過程で水分が軒並み蒸発。川や湖の水も相当量蒸発。極度の乾燥状態に陥った。
幸運だったのは【インフェルノ・ブレス】着弾地点で爆発の威力が地中へ逃げたことである。地中へ逃げたエネルギーが全て地表で爆発していた場合、爆発規模は司令本部を巻き込むほど広大な範囲となり、レッドドラゴン・風の国魔術師たちによる必死の防衛の効果無く跡形も無く蒸発していたと考えられる。
これは事前に赤アリが溶岩地帯を拡大させたことにより溶岩地帯以外の周囲の地表の温度が連鎖的に上がり、高温によって土壌の分子結合が緩くなったためと考えられ、着弾地点を境に地上と地中でちょうど砂時計のような形にエネルギーの分散が行われた。赤アリの攻撃が災い転じて福となしたわけである。
爆心地近くに居たフレアハルト、フレイムハルトの両名については、爆発に伴った凄まじい暴風により着弾地点から六キロほど吹き飛ばされていたものの、両者とも目立った怪我無く無事であった。
そして、双方合流するべく、【インフェルノ・ブレス】着弾地点へ飛ぶ。
◇
少し時間が経って、ようやく二人が合流。
「兄上、ご無事でしたか!」
「ああ、お主も問題無さそうだな。懸念であった【インフェルノ・ブレス】の熱波による火傷も大丈夫そうだ」
「やはり直撃さえ喰らわなければ我々にはそれほどの被害とはならないようですね」
「まあ我ら自身が吐き出した魔力だしな。……コホッ……」
「大丈夫ですか?」
「少し喉が変だな……まあ少し休ませれば問題あるまい。これほどの危機的状況は頻繁にあるものではないし、今後【インフェルノ・ブレス】を使う機会も無いだろう」
そして自身らが消し飛ばした黒く焦げた大地を見て――
「しかし、ここまで飛んでくるのに遠目からも見えていたが、かなりの範囲を消し飛ばしてしまったようだな……」
眼前は見渡す限り焦げた黒い大地にモクモクと黒煙が上がる。一部はドロドロの溶岩に変貌。
熱に耐性を持たない生物では、近付くことすらできない高温になっている。そして毒に耐性を持たない生物では、近付いただけで害を及ぼすほど広範囲が黒煙に満ちている。
「赤アリはどうなったのでしょうか?」
「流石に生きてはおらんだろう。だが正直……ホッとしたぞ、あまり大怪我せずに倒せて」
「全くですね。倒せても動けなくなるようでは生還も難しくなりますからね。では司令本部にアリを倒した旨を報告に行きましょう!」
「ただな……これほどの威力になるとは思っておらんかった……司令本部は焼き尽くされておらんだろうな?」
「…………とりあえず報告に行きましょう。行ってみれば無事かどうかも判明しますし。それにレッドドラゴンが八人もいるのです、彼らを信じましょう」
その時、黒煙を噴出し続ける真っ黒に陥没した穴から不穏な気配。
「「!!?」」
二人同時に魔力反応を感知した。
「ま、まさか……」
「二人分の【インフェルノ・ブレス】でもまだ生きておるのか……?」
立ち上る大量の黒煙から出てきた赤アリは、全身を真っ黒な煤に覆われており、身体のほとんどの部分が欠損。
顔は外骨格が半分以上溶けて内側の筋肉や神経すらもダメージを受けていた。上半身も同様の状態。
腕は両手が肩肘から欠損、下半身にあるアリのような腹は後ろ側が完全に焼失し、主脚は後ろ脚が失われているため前脚の二本のみで立っている状態。副脚は八本全て焼失していた。
息も絶え絶えで、まさに“虫の息”と言えるほど怪我と火傷の範囲は深刻である。
この状態で【インフェルノ・ブレス】により焼失した縦穴三キロ分を地上へ向けて歩いてきたわけである。女帝蟻に仇成す者を屠ろうという凄まじい執念である。
もう余命いくばくも無い瀕死の重傷であるにも関わらず、二人はなおもその瞳にすごみを感じた。
「何て頑丈なヤツだ……だがあそこまで重傷なら放っておいてもすぐに死ぬだろう」
魔力吸収機関を担っていると思われた副脚も八本全て焼け落ちている。『もう再生する手立ては無いはずだ』、二人共そう思っていた。が、フレイムハルトが異常事態に気付く。
「いえ! 兄上! 身体の色を見てください!」
【インフェルノ・ブレス】を受ける前には身体の光り方が赤銅色だったものが、現在では黄色にまで変化していた。
この戦いで赤アリの身体の光り方は魔力充填段階により、『赤黒色 (最初期段階) ⇒ 赤銅色 ⇒ 赤色 ⇒ オレンジ色 ⇒ 黄色 ⇒ 白色』の準に変色していくのを確認している。そして、これ以上になると身体から炎のような陽炎が出ることをも確認している。
身体が『黄色』に光っているということは、相当量の魔力の充填が出来ているということだ。
「コイツ……我らの【インフェルノ・ブレス】を吸い取ったのか!?」
まさにフレアハルトの予想通りである。
強力無比な二人分の【インフェルノ・ブレス】を全部吸い取るのは到底不可能であったが、死を覚悟した赤アリは攻撃を受けている最中も副脚が焼け落ちるまで、耐久度が許す限り目いっぱいまで魔力を吸い取り自身に貯蔵していた。
この貯蔵した魔力を使えば自身が負ったダメージをある程度まで回復できたはずであるが、それではこの二人を倒せないと考えた赤アリは、最期の攻撃に打って出る。
「ギシャアアアアアアァァァァァァ!!!」
咆哮と共に、再び先ほどフレアハルトたちが回避した爆発と遜色無いほどの大爆発を引き起こした。
【インフェルノ・ブレス】により黒煙を上げていた穴はあっという間に上書きされ、次々と溶岩地帯が増えていく。
「ま、まずい! すぐに逃げるぞ!」
二人同時にこの場を離脱するも、爆発の速度の方が早く今にも追いつかれそうになる。
「くそっ! 魔力不足でもはやブースト飛行も続きそうもない……」
「私もです……どうやらここで終わりのようですね……」
しかしフレアハルトは飛びながら考えていた。『一人だけなら後ろから押せば爆発範囲を離脱できるのではないか?』と。
そこで、自身の右手からウロコを引き抜き巨大化させ、フレイムハルトの背中に貼り付ける。
「兄上、何をするつもりですか!」
この危機的状況でするフレアハルトの説明も無い謎の行動に狼狽えるが、そんなフレイムハルトの狼狽ぶりなど意に介さず、間髪入れずに背中へ貼り付けたウロコへ手を添える。
「フレイムハルト、父上には好き勝手生きてすみませんと謝っておいてくれ」
「な、何を言ってるんですか!? 一体何をしようとしているのですか!?」
「少しは我のウロコが防火の役目をしてくれると思うが、少々火傷するかもしれぬ……許せ! 【フレアボール】!」
そしてウロコを防火クッションにし、そこへ巨大火球が放たれる。
この巨大火球により生まれる一瞬の推進力で、フレイムハルトだけでも爆発の効果範囲から出そうという思惑である。
至近距離から撃ち込まれた火球によりフレイムハルトの飛行速度が急加速!
「あ、兄上ーーーーーーーー!!!」
飛行速度の加速と共にフレイムハルトの悲痛な叫びを置き去りにして、赤アリの繰り出した大爆発の効果範囲を離脱。
フレイムハルトを先に行かせ、爆発が真後ろに迫る中、一人だけ残ったフレアハルト。
「さて……我はここからどうするか……万事休すか……我一人ではもう打つ手が無い。このまま飛び続けてもすぐに追いつかれるだろう……さらばだフレイムハルト、アリサ、レイア、父上、アルトレリアの皆、そしてアルトラ……」
言い終わると同時に爆発に巻き込まれフレアハルト焼失――
………………
次回は5月20日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第472話【vs赤アリ その4(決着)】
次話は来週の月曜日投稿予定です。
投稿できなかった場合は来週の木曜日になります。




