第465話 ティナリス、首都ボレアースへ
ところ変わって少し時は遡り、ヴァントウの巣穴が殲滅される数時間前。首都ボレアース崖下。
食事を済ませ、感知担当の振り分けが終わって各自担当場所へ散って行った後のアルトラたち――
騎士たちに仮眠を取らせ、私はウィンダルシアと共に見張り。
私のいる部隊の感知担当はウィンダルシアに担ってもらう。私も感知できるがそれほど広い範囲を感知できるわけではないため、彼の方が適任。
「ところでさ、働きアリと兵隊アリがいるって言うけど、兵隊アリの割合ってどの程度なの? 少ないの?」
「アリたちにとって主要と見られる部分に少ない数配置されていることが多いですね。ジャイアントアントの兵隊アリは、働きアリの大体五十分の一くらいの数でしょうか」
「随分少ないのね」
昔、ちょっとした好奇心から地球のアリの働きアリと兵隊アリの割合を調べたことがある。確かコロニー内の五から十パーセントくらいが兵隊アリの割合だったはず。
五十分の一って言うと、百匹の働きアリに対して、兵隊アリは二匹しかいないってことか。
カイベルの話では魔界に堆積した負の魔力の影響によって突然変異してジャイアントアントが生まれるらしいけど、身体が大きい分それに合わせて割合が少なくなるのかもしれない。もしくはただ単に地球と魔界の環境の違いなだけか。
「通常であれば、我々騎士にとっては一体一体ならそれほど脅威となるものではありません。ハチとは違って飛びませんので機動力は低いですし、多くは遠距離攻撃で終わるものですが……ただ、今回は女王が魔王だという噂なので、どうなっているのか見当もつきませんね」
「通常はそれほど脅威ではないの? でも発生したら各国へ要請して協力して駆除に当たるんでしょ?」
「協力要請は発生数が多い場合が多いため、それを見越してのことです。上位の騎士団員なら一体屠るのに大した手間ではありませんが、一般人にとっては脅威以外の何者でもありませんから」
「じゃあ一般人だったら、一匹倒すのに何人ぐらい必要?」
「考えたこともありませんが……少なくとも十人から二十人、有効的な魔法が無い、もしくは魔法の練度が足りない場合は三十人でも足りないかもしれません」
「一匹を倒すのに!?」
アリ一匹にそんなに必要なのか!?
いや……格闘技のトッププロ倒すのに一般人三十人でも足りないってことはあり得るだろうし、そう考えるとアリ一匹に三十人は言い過ぎではないのかも?
「まず一般人は戦い慣れてはいませんし、ジャイアントアント自体外骨格が硬いので、コツを知らないと刃が通りません。コツを知っていても斬るにもそれなりに腕力が必要です。それに一般人は我々のように盾や鎧を装備していませんし、防御技能を習得していないのが普通ですので一薙ぎで即死、もしくは戦闘不能になる可能性が濃厚です。一般人が近接戦闘で相手をするのは愚の骨頂と言えるでしょう」
「ティナリスもジャイアントアント相手に近接戦闘は禁忌だって言ってたわ」
「そうです。しかし、遠距離攻撃である魔法で考えても、一般人では近接戦闘と危険度はそう変わりません。ジャイアントアントは気温が下がると活動しなくなるので、火属性魔法の適正が高い者が少ない我が国では氷属性の魔法を用いて凍死させるのが一般的ですが、それとて練度が足りなければ活動を止めるには至りません。そのため一般人がジャイアントアントに遭遇してしまった場合には、ほぼ逃げの一手になるでしょう」
「なるほど。じゃあ今回私に当てがわれた騎士たちならどう?」
「私が見たところでは……一体と戦うのに三から五人程度は必要でしょう。彼らはまだまだ下の階級ですから」
う~ん……心配のタネが増えてしまったような気もする……出来れば一人たりとも死なせたくはないが、そう甘くはないだろう。
「じゃあアスタロトの私兵なら?」
「彼らは全く問題ありません。上位騎士と同等以上と考えて良いでしょう」
アスタロトの私兵として雇われてるだけあるな。
「じゃあ上位の騎士団員ならどう?」
「一人か、多くても二人居れば倒せます。隊長・副隊長を担うくらいの実力者なら働きアリであれば近接戦闘でも五体や十体は物の数ではありません。兵隊アリでも隊長格であれば一人で十分相手に出来ます。もちろん隊長とて捕まってしまえば命の危機ですので、捕まらないように戦いますが。ただ……それは我が国の精鋭に限ってのことですので、属国など地方の騎士がどの程度対抗できるかは存じてはおりません」
「へぇ~、ならウィンダルシアならどう?」
「働きアリは敵ではありません。遠距離から圧縮した風魔法で一刀両断できます。兵隊アリは……一人で戦った場合の勝機は七分三分といったところです。二人なら確実ですが」
なるほど、精鋭でも兵隊アリを倒すのは大変なのか。
話の最中、何かが上から落下してきた。
ブワォッ!と言う強い風切り音と共に突風が吹き荒れる。同時に大量の砂煙を巻き上げながら何かが着地。
「うわ! なに!? 何この突風!? 何か降って来た!?」
「この魔力は……ティナリス団長ですね」
「ティナリスが? 何で崖の上から……? それより今の突風はなに?」
「キノコ岩の上から飛び降りてきたようですし、着地寸前に一瞬だけ羽ばたいて地面に激突しないようにしたのでしょう」
「な、なるほど」
砂煙が収まっていく。
「ベルゼビュート様! こちらにいらっしゃいますか!? 城で崖下に居ると聞いていますが!?」
カゼハナの方へ赴いたはずのティナリスがなぜか帰って来たらしい……
しかも、何だか焦りながらここへ来たように見える。
「ティナリス団長、カゼハナの攻略をしてるのではないのですか?」
先に反応したのはウィンダルシア。
「その予定だったのですが……アスタロトからこちらへ援軍に向かうよう命令を受けたのです」
「何で急にまた、最高戦力のあなたが」
「カイベルさんの言われた通り、我が国の属国アーヴェルムのヴァントウの町付近にジャイアントアントの集団が発生したとの報を受けて、首都ボレーアスにも女帝蟻が出現すると判断したようです」
「そっか……」
やっとアスタロトにまで発生の報が届いたってわけね。
魔王相手にするには戦力は少しでも多い方が良い。ティナリスがこっちへ来てくれたのはありがたい。
「状況にお変わりありませんか?」
「ジャイアントアントのことなら、まだ襲撃は無いよ」
「まだ女帝が現れていないのなら安心しました」
「来るの分かっててもいつ来るかまでは分からないから、気を張り詰めておかないといけないのは疲れるけどね……」
一度カイベルのところに戻って、女帝蟻が今どの辺りを進行しているのか状況を聞いてこようか……? でもその間に来る可能性はゼロではないし……
「カゼハナの戦況はどうなっているのですか?」
自身が元々所属している精鋭部隊がカゼハナにいるため戦況が気になったのかウィンダルシアがティナリスに訊ねる。
「開戦前にこちらへ行くよう命を受けたからその後どうなったか分からない。私があちらに居た間は、あまり良いとは言えない戦況だった。カゼハナで戦っていた兵士たちはもう限界に近かったんじゃないかと思う」
「その状況でこちらに来てしまって良かったのですか?」
「向こうにはアリの有効な火属性魔法を使えるレッドドラゴン部隊が居るし、それに夫もいるから。私がこちらに来ても問題無いのではないかと思う。それに……女帝蟻がこちらに来るとなれば、精鋭の居ないボレアースの戦力ではどう考えても心許ないし」
相手は魔王相当と予想されてるしね……
どの程度対抗できるか分からないけど、強力な戦力は多いに越したことはない。
それにしても今、『夫』って言ったな。あっちにティナリスの旦那さんが居るのか。どんなヒトなんだろう。
「ティナリス一人で帰って来たの?」
「いえ、私の部隊を引き連れてきました。上から飛び降りたのは私だけですので、後からここへ来ると思います」
「……何で飛び降りたの?」
「先行偵察というやつです。ここにベルゼビュート様が居なければすぐに上に戻るつもりでした。部隊には十五分戻らなければ下に降りてくるように命じてあります」
「あ、そう」
砂煙上がった時は何事かと思ったけど、援軍ならありがたい。
「ところでベルゼビュート様、今日はもうお休みになりましたか?」
「いや、まだだね。今日は昨日から寝ていないからちょっと休ませてもらいたいところだけど……」
「でしたら、私が見張りをしておきますのでお休みください。ベルゼビュート様が寝不足で戦力外なんてことになったら目も当てられません」
「でもあなたも寝てないんじゃないの? それに感知担当としての任務もあるし」
「私たちは亜人種と比べると睡眠時間が少なくても疲れを癒せますので、ベルゼビュート様がお目覚めになってから休ませていただきます。感知でしたら私も風を使ってある程度感知できます。地中は流石に無理ですが、それなりの範囲感知できますのでお休みください」
「そう? じゃあ仮眠取らせてもらうわ。じゃあこれ、利き手とは逆の手に付けておいて」
「何ですかこのシール」
「通信の魔道具になってる。親と子の役割分担があって、双方で通信が可能。私が貼り付けているのが親で、二十五部隊の感知担当に子を貼ってもらってる。異常事態が発生したらここへ通信が入ると思うから、異常が起きたら起こしてもらえるかな?」
「分かりました。ウィンダルシア、あなたも寝ておきなさい」
「了解しました」
そういうわけで見張りはティナリスに任せて私は仮眠を取らせてもらう。
そうでなくてももう少しすれば交代に別の騎士たちが起きるだろう。今日はまだ出現率十二パーセントだから九割方来ないと予想される。
寝てる間に虫とか登ってこられるのは嫌なので、樹魔法で簡易寝床を作って寝ることにした。
◇
四時間後――
「ベルゼビュート様! 起きてください! D-3部隊から緊急連絡が来ました!」
「緊急連絡!?」
突然の緊急連絡に飛び起きる。
「それで何と?」
「地中から不穏な魔力を感じ取ったと」
もう来たの!?
でも、『地中から感じ取った』ってことはまだ地表には出てきていないのか。
「今日はまだ十二パーセントだったんじゃないんですか?」
「まあ、来る確率が低いってだけで、来ないわけではないからね……」
それにしても、カイベルが十二パーセントと、少なく見積もってたことを考えると、本来の移動速度で考えれば明後日くらいにボレアース近辺に来るのが妥当だったってことだよね?
ってことは、女帝たちの進行速度がかなり速かったってことか。だとしたら相当な速度でここまで進行して来たのだろうし、もしかしたらあちらも長距離の高速移動で疲れている可能性があるかも? あっちが疲れててくれて有利に運ぶと最高な状況なんだけど……
まあそんな可能性のことはさて置き、緊急連絡を処理しないと。
D-3と言うと……土の精霊の部隊だ(第452話参照)。名前はアーシャというらしい。あの後詳しく聞いたところ、一般兵ながら地中の感知ならレッドドラゴンよりも広範囲を感知可能とのことだったので、アリが地中から来るのを踏まえて任せたのだが、この担当場所が首都ボレーアス直下の崖下に当たる。
一番人口が多い場所だ! 振動か何かを感じ取って一番ヒトが多い場所を狙って現れようとしているのかもしれない。
「ティナリス、左手の魔道具に魔力を込めて!」
「はい」
シール型通信魔道具が起動。これでこちらからも通信できる。
魔道具に呼びかけた。
『全部隊にアルトラから通達! 全部隊にアルトラから通達! マップD-3の地点にジャイアントアントと思われる魔力を検知! 全部隊、警戒しつつすぐさま向かってほしい!』
『『『 了解! 』』』
『『『 了解! 』』』
『『『 了解! 』』』
複数の部隊員からの応答。
「これで良し! 私たちも向かいましょう!」
「「はい」」
このボレアースへのジャイアントアント出現を皮切りに、カイベルの予測した通り世界各地でジャイアントアントが出現することになる。
出現確率12%のはずがもう来てしまいました。
次回は4月29日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第466話【世界中に出現したジャイアントアント】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




