第444話 ジャイアントアントに対するカイベルの見解
「皆様、こちらでも飲んで少し落ち着きましょう」
カイベルが紅茶を注いで持って来てくれた。
テーブル席のアスタロトとティナリス、少し離れたところの椅子でうたた寝していたイルリースさんも目を覚ましており、紅茶を手渡す。
「……ありがとうございます」
「ありがとう!」
「お気遣いありがとうございます」
更にここでカイベルが意見を挟む。
「アスタロト様、待っている間私の意見を聞いていただけると作戦立案のお役に立てるかと思います」
「………………あなたのことはベルゼビュート様のメイドとしか存じていません。なぜ一端のメイドが作戦に口出しするのですか? 今はあなたの意見を聞いている暇はありません。失礼ながら、たかがメイドに口を出されても有益な意見が出るとは思えません……」
余裕が無いのか、アスタロトが大分トゲのある言い方をする。
「ちょっとアスタロト! そんな言い方しなくても良いでしょ!?」
「しかし、ティナリス! 今は一刻を争う状況なのです! 劣勢の報を聞いているのにメイドの意見など聞いてる余裕はありません!」
大分焦りが見えるな……
最高司令官が戻らないのは国として困るのは分かるが……
「アスタロト、少し落ち着いて」
少々狼狽気味のアスタロトに声をかけて落ち着くよう促す。
「カイベルは私が信頼を置いてるメイドさんだから、意見は大いに参考にして良いよ」
「一端のメイドに……? 作戦立案させられるほどなのですか……?」
「そこまで言わせるほどに信頼を置いてるんですか!?」
二人とも何だか嫉妬混じりの視線をカイベルに向ける。
何で私この二人にこんなに慕われてるのかしら……? 仮に前々世の私が凄く尊敬に値する人物だったとしても、二回転生してたらそれはもはや別人も同然だと思うんだけど……
まあ、それは彼らなりの考えがあってそうしてるのだから、この際どうでも良いか。
でも、この立場はこうして利用できる!
「どうせ助っ人の人選が終わるまで待ってる他無いし、まあここは私の顔に免じてカイベルの話を少しだけ聞いてもらえないかしら? きっと有益だと思うから」
「そこまで仰るのであれば……」
『ムムム……』という不満気な表情を浮かべる。
カイベルが魔界の世界地図を持ってきてテーブルに広げた。
どこから持ってきたんだ? うちにこんなの置いてなかったはずだけど……今しがた印刷したのかな?
「では、ジャイアントアントがどの辺りで発見されたかお教え願えますか?」
カイベルがどこでジャイアントアントの女王が見つかったか把握していないはずがない。
多分全部分かってて、アスタロトたちを納得させるための流れを作ろうとしているのだろう。
アスタロトが少々不満気に話し始める。
「…………ここに我々の住む風の国の首都ボレアースがあります」
地図のとある場所を指さして風の国の首都のある場所を示す。そこには共通魔界文字で『ボレアース』と書かれている。
そこから指は左へ流れ――
「そのかなり西、樹の国との国境付近にある我が国で最も西にある、属国ヴィントルのカゼハナという町で発見されたのが最初です」
――風の国国内の最西端の属国を指し示す。
「その一日、二日遅れで最初の巣穴から五キロ以内の地点で巣穴が複数見つかっています」
「じゃあ、その複数の巣穴一つ一つに女王がいるの?」
「全部とは思えませんが、複数の女王がいると考えています」
これって……デスキラービーと同じく、女王の上に女帝がいるケースかしら?
「『暴食』を得たと思われる個体が出現したのはどの辺りですか?」
カイベルが聞き返すも、まだまだ不満気。
「…………最初に巣穴が発見された場所付近です。ですので我々はこの巣穴が最重要コロニーと考えています」
『暴食』を得たアリは女王のうちの一体と考えて良いのかな?
「発見されたのはいつのことですか?」
「……二週間ほど前です。ただ、その近隣の町から付近の森で何やら不穏な気配があるとの情報が一年ほど前に知らされました」
一年!?
「一年も前から兆候があったのに、対処しなかったの!?」
「いえ、当初は対処に当たらせていましたが、二週間ほど前にジャイアントアントの発生が確認されるまで完全に気配が途絶えていました。この時点ではジャイアントアントの痕跡など全く無く、そこまで重大事と考えていませんでしたので調査を一旦打ち切ったのです」
「不穏な気配ってのは何だったの?」
「近隣の住民に聞き込みをして、『音』という報告しか上がっていません。『ナニか微かにガチャガチャと五月蝿い音』だと。住人は怖がって確認に行くことはなかったので、『音』以上のことは何も……」
「普通不安を解消するために確認に行かない?」
「長期間続けば見に行ったかもしれませんが、二、三日ほどで消えたそうなので。近隣とは言え森までは少し離れていますからその恐怖も手伝って確認には向かわなかったのでしょう」
ってことは現場では結構凄い音で鳴ってた可能性があるってことなのか?
「首都と違い属国では明かりも十分ではなかったので光の精霊を駆り出して数日調査しましたが、特に目立った痕跡も無かったため調査は打ち切りに……そこからおよそ一年音沙汰無しです。この情報もつい最近再確認したところで、今回のジャイアントアントの発生場所が近かったのもあり、一年前の音はこれだったのではないかと言う結論に至りました」
ああ……確かに冥球のこの真っ暗な環境では調査するのも中々大変だろう……
「土の中なら土の精霊に聞けば早い段階で見つけられたんじゃないの?」
「そこも……お恥ずかしながら前述の通り重大事と考えていませんでしたので我が国と属国の兵士だけで調査していました……」
「それで、最近になってジャイアントアントが集団で移動しているのを見たのは、いつでどの辺りですか?」
「確か……五日前のこの辺りだったと思います」
指し示したのはジャイアントアントが最初に発見された地点から百キロほどの東の地点。
「その時も対処はしたの?」
「はい。ただ、集団と言っても三匹ほどの団体が三ヶ所に分布して出現した程度だったので、属国が兵を出して全部駆除したと報告を受けています。比較的小さい個体が多く、外骨格もまだ未成熟で弱かったそうで大した被害は無かったとも」
「まだ成長途中の個体だったってこと?」
「恐らくそうでしょう。属国ヴィントルからはぐれた個体だと考えています」
「その後に報告はありましたか?」
なおもカイベルが聞き返す。
「その二日ほど後……現在から三日前ですね。そのまた三百キロほど東で同じく三匹ほどの団体が三ヶ所に分布して見つかっており、それも駆除しています。こちらも五日前のと同様に小さい個体だったと報告を受けています」
「それも“はぐれ”だと考えてるの?」
「それ以外が見つかってませんので、やはりはぐれ者かと。巣穴や通った穴も見つかってませんので……」
百キロ離れた地点はまだはぐれ者だとしても、三百キロも離れたところにはぐれ者が突然出現するっておかしくない?
通ってきた穴も塞いだって可能性も……
「それで、今回援軍を予定しているのはどの地点ですか?」
「…………あなたにそこまで言う必要がありますか?」
「アスタロト……きちんと教えてくれないと、現時点の情報では判断しようがない。私も作戦に組み入れる予定でここに相談に来たんでしょ? それなら私にも把握できるようにきちんと説明して!」
何を意地張ってるんだ……
「…………最初に発見された地点です。ここは発生数が多く、今でも一進一退の攻防が繰り返されています」
「どの程度の戦力を送る予定ですか?」
「風の国本国の精鋭を送って素早い殲滅を促す予定です。女王さえ撃滅してしまえば、勢いはほぼ削ぐことができると考えていますので」
「属国ヴィントルで湧き出している働きアリですが、何か動きに特徴はありませんでしたか?」
「特徴? いえ、特には……少し違和感があるのは出現に波があることくらいですかね」
「波ってどういうこと?」
「突然わーーっと大量に出現することがあれば、数匹しか出てこないことがあったり、途絶えたと思って巣穴を確認しようと近寄ると一瞬だけ大量に出現して、すぐに中に戻るアリがいたりと。複数ある巣穴のうちいくつかは潰せましたが、最初に発見された場所はどうやらかなりの数潜んでいるらしく二週間経った今も途絶える気配が無いということです」
何だか時間稼ぎしているみたいな行動ね。
「倒したジャイアントアントは、もしかして古い個体ではありませんでしたか?」
「古い個体? ……確かに……回収された死骸の多くは外骨格が擦り傷だらけだったり、脚が欠けているモノも見かけました、傷が目立つ個体が多かったのは確かですね。外骨格はツヤが無く少し萎れているモノも多かったように思います。古いとか若いとかそんなことは考えてもいませんでしたが、そう聞くと古かった気がします。ただ……擦り傷や脚の欠損は兵士との交戦の結果出来た傷かと思っていましたが……」
「『暴食』を宿したとみられる女王は最近も出現しているのですか?」
「いえ、六日ほど前から姿を見ていません」
「なるほど。僭越ながら、今までの話を聞いて私の意見を述べさせていただきます。もう最初に発見された地点に『暴食』を宿したとみられる女王はいないと考えます」
「「「 えっ!? 」」」
カイベルが発した『ここにはいない』という言葉に、アスタロト、ティナリス、イルリースさんが驚く。
「ど、どうしてそう思うのですか!?」
「行動の分析、それと私自身の直感です」
「直感!? 今のを聞いただけで女王がいないというのは無理がある意見です! そんなものは信用するに値しない!」
ちょ~っと敵意が見え隠れしてるなアスタロト……
「少しヒートアップし過ぎだから落ち着こうか。擁護させてもらうけど、カイベルの直感は物凄くよく当たる占いと考えて差し支えないよ。確率で言えば九十パーセントを超えてると言える」
「九十パーセントの的中率!?」
「ホントですか!?」
その確率を聞いて二人が驚愕する。
「それはずっと一緒にいる私が保証する。とりあえず聞くだけ聞いて、その上で判断して――」
実際はほぼ百パーセント当たってるけど、そこまで言ってしまうとむしろ疑惑を深めることになりそうだから九十パーセントに留めておく。
「――あと、“『暴食』の宿主と見られてる女王”だと長すぎるから、今後はこの場に限り女王の上位、『女帝』、もしくは『女帝蟻』と呼ぶことにしたいんだけど、良いかしら?」
「………………分かりました……」
複数の女王がいる可能性があるため、ややこしいと思っていたのかすんなり了承してくれた。
今回情報の文章管理が中々大変でした。
矛盾があったり、重複する文章があったら報告いただけるとありがたいです(^^)
次回は2月12日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第444話【女帝蟻の不可思議な行動】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




