第442話 アルトラに白羽の矢が立った理由
ところで女王蟻って自ら戦闘に参加するのかしら?
「女王蟻って言うくらいだから体内に卵を沢山持ってるんだよね? ってことは女王蟻はそれほど頻繁に戦いに参加することはないってこと?」
デスキラービーの時は女帝蜂が直接戦うことはなかった。なぜなら自身は卵を多数抱えており、碌に動くことができる体型ではなかったから。
最期は卵を切り離してでも逃げようとしたくらいだったから、自身の命に危機が及ぶまでは卵を守るはず。自ら戦うとなると、体内に卵があっては相当重荷になるはずだ。
「今回の女王以外は、自ら戦場に出るという話はあまり聞いたことはありません」
「ってことは、以前と違って何か違いがあるのね?」
「はい、通常は腹の中に卵を多数持って、特定の期間常に産み続けるのが普通です。しかし今回の個体は……なぜか頻繁に戦場で目撃されるようでまるで強さを誇示しているかのようだと……実際多くの兵士がヤツの餌食になっています」
多くの能力を持ったから、戦うのが楽しくて仕方ないのかもしれないな。
「二週間ほど前、発見されて間もない頃はあまりにも頻繁に戦場に出没するので、危険を承知の上で土の精霊に巣内部の調査を頼みました。彼らなら土と同化して逃げるのも容易と考えましたので」
「なるほど」
「その調査の結果、この『暴食』を得たと思われる女王は、巣の中にカマキリのような卵嚢を作っていたとの報告を受けました。どうやらごく短時間で産み落とすようになっているようです。そのため『産み落としてしまえば、即座に戦場に復帰するなど、別の行動に移れるようになっているのではないか?』と、そういった予測が上がっています」
マジ?
カマキリを食べてカマキリの産卵能力を得たってことかな?
じゃあ戦力増強しながら、一番強い自分自身もある程度は自由に動けるってことか。
「もしこのまま駆除を放置した場合、遅くとも十年後には魔界全土がジャイアントアントに乗っ取られると予測されています。早ければ五年以内という見方も……」
五年で世界中アリだらけか……現時点で既に世界滅亡の危機に瀕しているのかもしれない。
「しかしここのところは女王の目撃情報が無く、何か変化があったのではないかと前線の兵士たちの間でも噂になっています」
「目撃情報が無くなった? 突然?」
「はい、ピタリと」
「それはいつ頃?」
「六日ほど前になるかと」
何だ? あまりにも簡単に亜人を殺せるから飽きたとか?
現時点では分からないな。カイベルに聞いた方が良い。どこ行ってるか分からないけど、戻って来たら聞いてみるか。
「各方面への協力要請はしているの?」
「はい、周辺諸国への協力要請はしております。現時点では全七大国に要請するほどではないと判断したため、まずは周辺諸国にと。世界的に協力して当たらなければならない害虫とは言え、その……折り合いの悪い国もありますので……」
「そ、そう。それは確かにそうか。折り合いの悪い国だと連携も難しいかもしれないしね……」
「ただ……このままですとその折り合いの悪い国にも協力を要請しなければならないかもしれません」
まあ、借り作っちゃうことになるわけだし、折り合いの悪い国に協力要請するのは中々ハードルが高いよね……
「発見されたのが元々国同士の緩衝地帯だった町ってことは、隣接している樹の国方面も危険なんじゃない?」
「はい。ですので、樹の国と連携してアリを我が属国から出さぬよう警備・見張り・討伐隊を編成しています」
「穴掘ってるなら、地中の動きにも注意しないといけないんじゃない?」
「そちらも土の精霊や木の精霊と連携して穴を見つけ次第潰していってますが……巣を潰すのも難儀している次第であります。一匹も漏らさず討伐できているかどうかは分かりません……もしかしたら別のルートで巣が広がってる可能性は否定できませんし……」
女王蟻さえ出さなければ、一匹二匹別のところで見つけても増えることはないと思うけど、大きさを考えれば一般人からしたら十分に脅威だ。
「どうやって討伐してるの? 討伐の方法は?」
「高位精霊たちが土の下位精霊、木の下位精霊などから情報を得て巣穴を発見、水責めで巣ごと沈めた後、氷魔法で凍らせて退治します」
「火で焼き払ったりはしないのね」
「風の国と樹の国には、国の性質上大規模な火属性魔法を使えるものが少ないので、手段としてはあまり取られません。長く火炎放射し続けられる魔術師がいる場合はそちらが効果的かと思います」
「その場合はどうするの? 燃料を巣穴に流し込んで火を点けるとか?」
「いえ、燃料を巣穴に流すと、火を点けた瞬間に爆発が起こって土で蓋をする形になってしまいます。燃料に点く火より土の消火能力の方が高いため一瞬で火が消えてしまいます」
「そうなの? 流した燃料に沿って燃えていくのかと思ってたよ」
「巣穴に流した場合、巣穴の中は気密性が高いため、揮発性の高い燃料を流すとガスで充満して火を点けると燃えるより先に爆発が起こって前述した理由で火が消えてしまうので、駆除を目的とする場合あまり効果的とは言えません」
へぇ~、そうなのか。油を流して火を点ければ、巣穴の中まで延焼して行くのかと思ってた。
「そのため魔力の強い火魔術師がいるのなら燃料を使わず、巣穴の外から火炎放射し続けるのが効果的です。もっともそれをするにも外のアリを駆除して安全を確保し、更に穴から出てこない瞬間を狙ってとなるので、こちらも中々大変ではありますが……」
「ジャイアントアントってどれくらいの温度で死ぬの?」
「八十度まで上がれば二、三分ほどで死ぬと言われています」
虫のくせに結構熱に強いんだな……
地球のアリは確か四十度だか四十五度だかが限界って聞いた気がするけど……身体が大きいからそれに伴って耐熱能力も上がってるってことかしら?
「炎を五分から十分放射し続けるだけでも巣穴の温度が上がり続け、中は数百度にも達するため火が奥にいる卵や幼虫に届かなかったとしても蒸し焼きにできます。最終的には水魔法で消火後、出てこないのを確認して土魔法で埋めて終了です」
「じゃあ燃やせれば、ほぼ確実に退治できるってわけね」
「はい」
それなら、うちには打ってつけの人物たちがいる。
「炎使いなら、アルトレリアには作戦にピッタリの人物たちがいる。彼らに協力を仰いでみるわ」
「それは心強い! ではお願いします。我々はこれから城で援軍の編成をする予定です。それで……ベルゼビュート様にもご協力をお願いできますでしょうか?」
「そりゃまあ放っておいたら世界滅亡に陥る可能性があるし、協力は惜しまないけど……」
なぜ風の国から離れた私のところに協力要請をしに来たんだろう?
「それについて疑問なんだけど、魔王の能力も持たない一般亜人のはずの私に白羽の矢が立ったのはどうして?」
「それはもちろん、元々ベルゼビュート様に宿っていた大罪ですから、貴女にも無関係ではないと思いましたので報告と同時に協力を要請にと。それに貴女は亜人ならざる特殊な力を持っていると報告を受けていますので」
まあ、蜂駆除作戦にはティナリスもイルリースさんも居たんだから、私の体質が報告に上がってないわけがないよね……
「………………分かったよ。でも、一つ確認しておこうと思う」
「なんでしょう?」
「私ってこれの手伝いをするだけよね?」
「はい、お手伝いいただければと思っております」
「女王蟻を倒した後、『暴食』の大罪はあなたが継承するのよね?」
「そのつもりでいます」
「じゃあ、以前私に風の国の女王に戻ってもらいたいかのような口ぶりだったけど、その必要はないってことよね?」 (第236話参照)
「…………も、もちろんです、今やベルゼビュート様にはアルトラルサンズを治める義務があると存じていますから、私が継承する予定です」
今、何だか変な間があったな。
「………………確約がほしい、万が一私が継承することになってしまった場合でも、『女王に戻ることにはならない』と」
地球で言うところの『悪魔』、つまりこの世界で言うところの『魔人』は契約を重んじると言っていた。アスタロトは魔人種だからここで言質を取っておけば、私が女王になる可能性はグッと減る。
と言うか両方の国家元首やれってのがそもそも無理だ。中立地帯を治めてる上で、風の国を統治しようなんてことになったら、他の六大国が黙ってるはずがない。
「………………」
フイッ
あ! この男顔を反らした!!
「アスタロト……あなた素知らぬ顔で私に『暴食』を継承させて、女王に据えて既成事実化させようとしてない?」
「な、何のことやら……」
「『継承してしまったからには風の国の女王になるのも致し方ない』と、今の考えが折れるとでも思ってる?」
「そんなことは……」
「と言うか、何で私が継承すること前提で考えてるの? 私たち以外に他のヒトが継承する可能性だって十分あり得るのに」
「そ、それはそうですが……」
「いずれにせよ、このアルトラルサンズの統治を途中で手放すわけにもいかないし。“万が一『暴食』を継承しても女王にならない”ということが確約されないなら、大手を振って協力はできないわ。それに中立地帯と風の国で同じ人物が国家元首やることの危険さは分かるでしょ?」
“七大国のいずれにも与してない”ということで、現状は私による中立地帯の統治を、七大国中五大国に限り“一応は”認められている。
しかし、ここに『風の国の国家元首を兼任する』なんて事態が訪れたら、他の六大国からの袋叩きは必至。特に火と氷の国が黙っているはずがない。
多分現状に理解のあるレヴィやアスモですらも擁護し切れない事態となるのは明白だろう。
とすると、どちらか一方は手放さないといけないわけで……私の優先順位では風の国よりアルトラルサンズが上だから、必然的に風の国の女王にはなれない。
「しかし、このままですと、元々の貴女の国の国民にも被害が及んでしまいますよ!」
「残念だけど、ベルゼビュートの記憶が無い今の私には関係無い………………って言いたいところだけど、流石にそれは非情に過ぎるし、このまま放置したら世界的な危機に発展しそうだし協力だけはする。でももし万が一私が『暴食』を継承してしまっても女王に戻ることはない、と」
「し、しかしそうすると風の国の王の座はずっと空位ということに……」
「前代ベルゼビュートが死んで、二十七年間空位だったんでしょ? ずっとあなたが上手くやってきてくれたのだから、そこにプラスして私が死ぬまでのあと数十年空位でもきっと問題無いでしょ。もしくはあなたが王様やってくれればこちらとしては前々世からの柵が消えてありがたいし」
「ですが……」
「じゃあ、そういうことで良いわね?」
「………………」
「ここで確約してもらえないと先へ進めない」
「……わ、分かりましたよ……」
正直なところ、心中では継承したいとも思っている。
そうすれば『暴食』による大食いボーナスが復活するからだ。でも継承後、女王になることになったら各国への影響が計り知れない。だから絶対に継承するわけにはいかない。
「よし、じゃあ女王蟻倒して、『暴食』が外に飛び出したら、空間魔法であなたを無理矢理喚んで継承させるからそのつもりで。もし万が一私が継承してしまった場合は、私は女王にならない。その場合は私の死後に風の国のどなたかが継承する形にして体裁を保ってちょうだい」
「わ、分かりました……」
「決まりね。じゃあイルリースさん、私ストムゼブブに行ったことないから、空間転移で行けないし少し待ってもらえるかしら? 各所に伝えたり、助っ人お願いしたりちょっとした準備が必要だから」
「了解しました」
そう言えばいつの間にか、文字数が150万文字に達していました!
いやぁ、大分長いこと書いたなぁ……
私、凄い! (自画自賛)
次回は2月5日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第442話【各所への要請とカイベルの見解】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




