第418話 私って国家元首だったの?
「ねえ、カイベル、あとちょっとしたら各国大使が着任するけど、信任式ってのがあるのよね?」
「はい」
「式場の準備は進んでるかしら?」
「はい、当日には間に合うかと思います」
火の国へ出発する前、準備に際してカイベルから日本式でやるのか、魔界式でやるのかと問われ、『現在魔界に住んでるのに、それ聞く必要あるか?』と思いながらも当然のように魔界で一般的に行われる方式を選択した。
内輪でやるのとは違って、今回は“明確に”五大国という外国が絡むことになるから、勝手に異世界の形式でやるわけにはいかない。ある程度は魔界に沿った流れで行わなければ。
「大使派遣に際して主権国家へ信任状を送らなければならないので、署名をお願いします。書状については既に用意してありますので」
主権国家? 信任状? なんじゃそりゃ?
「カイベル、基本的なことを聞くようだけど、『主権国家』と『信任状』ってなに?」
「主権国家というのは相手方の国です。つまり今回の場合は各五大国のいずれかが該当します。信任状というのは、アルトラルサンズの外交官を、別の主権国家に派遣する大使に任命する際に発給される正式な外交文書です。内容を要約して説明しますと『我が国で信頼して、この者を大使としてあなたの国に派遣します。この者の言うことは我が国の言うことと同義と考えて意見を聞いてくださいますようお願いします』というような内容の公文書です」
ああ、つまり相手の国に渡す『この者がアルトラルサンズの大使ですよ』という身分証明書みたいなもんか。
「なるほど、それで信任状ってのはどこに?」
「これになります」
おお……これが外交文書というものか……初めて見た……
当然ながら日本語で書かれてるわけではない。
「それで、これに何するって?」
「アルトラ様の署名を入れてください」
「私が?」
「国家元首ですので」
「私、国家元首だったの?」
「何とぼけたことを言っているのですか? 村の代表になって、五大国に国として認められ、国を代表しているのですから、国家元首に間違いありません」
わかってる、わかってるよぉ~!
『国家元首』という名称があまりにも重過ぎて、自身では『国主、国主』と短縮して言って多少軽く考えようとしてたんだよ!
分かってはいるけど、今更ながら『国家元首』って言われると身体中に重みが圧し掛かる……
色んな漫画やアニメで、比較的簡単に王になってるように見える創作物が多いから、『王様』って言われた方がまだ気が楽だ。
「五大国分ありますので、五枚に署名をお願いします。あ、一応言っておきますが魔界文字でお願いします」
「ああ……はいはい」
危なかった……いつも通り日本語で記すところだった……
「私の名前で良いの?」
「フルネームでお願いします」
『アルトラ・ヒューム・チノ』と魔界文字で署名する。
「それではこれらは大使として派遣される者たちに持たせます」
ああ……信任式なんて気が重い……
「今更だけど、私、信任式に参加する必要ある?」
「出席は当然しなければならないでしょう。新興の小国とは言えアルトラ様はアルトラルサンズの『国家元首』には違いないのですから。リーヴァント様や他国の要人に聞かれたら呆れられますよ」
「ですよね~……」
そりゃあ、私がここと五大国を結び付けたんだから私が参加しないのは論外だろう。
「それどころか、『あの国の国家元首は信任式すら他人任せにする無能だから下に見ても大丈夫だろう』などとマウントを取られ、今後の外交面で不利になる可能性もあります」
とんでもない話になったなぁ……
ここに来た当初はただの村長程度の心の持ちようだったのに、今は国を相手にせにゃならんのか……
でもたった二千人弱の小国って、それでも国って言うのかしら? 日本なら市どころか、町にすらなれないような人数よ?
「ところで信任式の服装とか決まってるの?」
「はい、基本的に男性は燕尾服、女性はイブニングドレスですね。部族・種族の正装がある地域であればそれも可とされています」
「それは地球の話でしょ?」
「現在では魔界でもそれに似た慣習になっています。魔界は体型そのものが異なる種族が多種多様おりますので、元々は決まった服装などありませんでしたが、式典や儀礼、礼装・礼服という文化が持ち込まれたため徐々に徐々に地球に近い慣習になっていったのです。礼装がまだあまり無いとある時代の人魚族は、男性は上半身裸、女性は貝殻水着が正装なんて時代もありました。流石に今の時代には即しませんので陸の礼装を採りますが」
貝殻水着が正装!? それは凄い時代だ……
男性、下が魚の姿ならそれは実質全裸なのでは?
「それも亡者の所為で広まったの?」
「はい。人間による影響力は馬鹿になりません」
大分地球の文化に侵食されてきてるわ。
「ドレスは七大国会談で着たやつで良いかしら?」
「いえ、一度使ったものを二度着るのはマナー違反ではないですが、やはり各国に下に見られる材料を与えかねません。現在の地球ではエコだと称賛されるかもしれませんが、魔界ではそうではありません。基本的には他国に対して力を誇示しなければあっという間に搾取される側に回ってしまいます」
「でも今回って王様たちは来ないよね? 自国でだって信任式やらなきゃいけないんだし。だったら私が七大国会談時と同じ格好だったかどうかなんて分からないんじゃない?」
「残念ですが、その考えは少々浅慮です。今回の大使信任式は初めて中立地帯に出来た小国が他国と繋がる歴史的瞬間ということで、各国でテレビ放送される動きがあります。七大国会談に列席した方々が視る可能性は十分にあると言えるでしょう」
「テレビ放送!?」
テレビって言っても、今魔界で視られる環境にあるのは水の国と雷の国だけ――
――なのだが、テレビ放送される事実は変わらない……放送中にドジしなければ良いんだけど……
「水の国、雷の国以外の三国でも視聴環境が整えられつつあるようです」
「え!? まさかこの信任式のために!?」
「はい。日本のテレビ中継も一九四〇年に開催予定の東京オリンピックを目指して整備されたので、大きなイベント事を目標に整備されることは珍しいことではありません。各国、首都の中央広場にて大型スクリーンに映す計画が進んでいるようです」
これがそんなに“大きなイベント事”なのか!? ただの信任式なのに?
後で「信任式って別に面白いイベントじゃなかったよな」なんて言われるのでは?
ただ書状を受け取るだけのイベントよ?
私の知らないところでどんどん大袈裟になっていく気がするわ……
「信任式なんて動きが無いんだから放送されたところで面白くも何ともないでしょ!?」
「それを私に言われても、放送されなくなるわけではありませんので、私への八つ当たりは無意味です」
「そうだけどもっ!!」
今までテレビ技術が無かった国でも整備されてるってことは、実質今回同盟国となる五大国全ての国で放送される話になるわけか……
水、雷の国は多分小コーナーで放送されるんだろうけど、他三国はいちいちこれのためにテレビ環境を整えてるってことよね? 後世で「つまらなかった」って言わるのが目に浮かぶ……
以前意図せずエレアースモのテレビカメラに映り込んでしまったことはあったが (第262話参照)、今回は本当の意味でテレビデビューか。
「別のドレスにしろって言ったってもう一週間弱しか日にちが無いし……今から注文したところで到底間に合わないんじゃない?」
「そういう事態を想定して、既にエルフィーレ様に特注しておりました。サイズは……七大国会談時のドレスより少し大きくなっていますが、アルトラ様の体型は私が把握しているので問題ありません」
「大きくなってる!? 私、成長してるの!?」
心は二十七歳だから、てっきりもう成長しないんじゃないかと思ってたけど……
「はい、身長は以前測った時より三センチほど伸びています」 (第221話参照)
三センチ伸びてるってことは、百四十センチを超えたってことね!
一年くらいで三センチってことは、今後もまだまだ伸びる可能性は十分! 伸びしろ十分!
「体重も二キロほど増えていて、現在は――」
「それは別に言わなくて良いわ。それで、支払うお金はどうなってるの? 私の預金から?」
「いえ、国への運営費から支払いました」
運営費……遂に国の税金から経費が出るようになったか。
今後、外交に関するものは国から出るようになるのかな。
とは言えまだまだ住民は少ないし=税収だってまだまだ雀の涙だろう。無鉄砲に使わず慎重に考えて使わないと。
そうなると私なんかのドレスに使うのはどうなの? と思ったけどもう注文してあるんなら今更言ったところでどうかなるわけじゃないか。
「ところでさ、この身体、成長するなら何で身体小さめに転生されたの? 最初からもっと成長した状態で転生させてくれれば出来ることは増えたかもしれないし、各地で見下される頻度も少なかったかもしれないのに……」
「………………現時点では重大な秘密に抵触するためお答えできません」
久しぶりの情報のロック来た!
「身体の大きい小さい程度のことが秘密なの?」
「私からはまだ話せませんので、ご本人様に出会えた時にでも直接訊ねてみてください」
「本人って誰よ……」
「お答えできません」
じゃあ誰に聞けば良いかも分かんないじゃん……
もしかしたらもう出会ってるヒトって可能性も……? あるわけないか、そんなの居たら目立たないわけないし。いや創作の中では神が人間に姿を変えてるのは度々あるし、無いことではないかもしれない。
クリューが自身で『一応神様の一種』と話してたけど……彼ではなさそうかな。そもそも私が彼に義体を作った時に驚いてたから間違いなく彼ではない。 (第258話参照)
とは言え、何者かの思惑で創られたってのは分かった。ってことは私は転生した時から義体の身体ってことなのか?
◇
一応後日クリューに訊ねてみた。
「私って何で小さい身体で転生されたの?」
「…………それを何で私に聞くんですか? 何で私がそれを知ってると?」
「神の眷属であるクリューなら知ってるかなぁ~と」
「残念ですが、下位の神でしかない私には知る由もないことです。何かしら理由があるのかもしれませんが、私にはその理由を知る術がありません」
やっぱりクリューではないのか……
「そっか、ごめんね、急に変なこと聞いて」
「いえ」
私が知り合っている唯一の神様は知らなかったか。
じゃあ誰に聞いたら分かるんだ?
結局のところモヤモヤだけが残る結果となった。カイベル曰く『現時点では』と頭に付けていたことを考えれば、いつか分かる時が来るのかもしれない。
信任式ってほぼ写真でしか見たことありませんが、あれって多分そんなに時間はかけないんですよね?
イメージ的には写真に写ってる人もそれほどいないので簡単なものかなと考えてます。
このエピソードは資料が無いので手探り感半端無いです(^^;
次回は11月23日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第418話【信任式に向けた準備】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




