エジルとルイーダ
「あら、目が覚めたのね。」
枕元に、ミュラーが座っていた。
「気分はどう?」
「・・・・ぇよ。」
「え?なに?」
「おかあさんみてぇな登場してんじゃねぇよ。」
ピシリっ!
「デコピンで勘弁してやるわ。」
俺は体に力を入れてみた。
重い。
だが動く。
ゆっくり体を起こした。
部屋全体が白い。
どうやら俺は輸血で意識を失い、そのままこの部屋で眠っていたようだ。
「・・・・ルイーダは?」
ミュラーが視線をずらした。
俺も同じ方へ視線をやった。
「おはよう。」
「ルイーダ。」
俺は寝台から立ち上がった。
ルイーダも寝台から降りた。
ふたりは互いに駆け寄った。
「ルイーダッ!パァーンチ!」
「へぶぁ!!!」
そして俺はぶっ飛ばされた。
「ってぇな!何すんだ!!」
「私を引き留めてくれなかった罰だぁ!!」
「ふざっけんな!お前、普通ここは音楽に乗せて抱き締めあう感動的場面だろうが!」
「エジルのスケベー!
アホー!バカー!ありがと!調子のんなー!」
「お前こそバカだ!!」
ミュラーが頭を掻きながら笑っていた。
「全く騒々しい連中だ。
大人しいのは倒れてる時だけだな。」
「あぁ~!兄ちゃん、よかったよぉ!!」
俺達の声を聞きつけてか、魔王とロイスが部屋に入ってきた。
「大したものだ、お前達は。」
ルイーダにぶん殴られて床に倒れたままの俺を引き起こし、寝台へと運びながら魔王が話し始める。
「まさか、二人分の血液でワクチンを精製することによって、不足していた量も成分も補われ、完全なものになるとはな。
エジルの血をルイーダに輸血しつつ、混じりあった血液を使うなど、普通は思い浮かばん。」
「ロイスがいてくれたからだ。」
「でも、兄ちゃんにも姉ちゃんにも拒絶反応が出なくて本当に良かったよ!そこだけが心配だったから。」
「・・・・拒絶反応、だと?」
「え?そうだよ?人間は直接輸血なんてしたら、拒絶反応が起きて死んじゃうんだから。絶対じゃないけど。」
「てめぇ!先に言えよ!!」
「なんだ、貴様。そんなことも知らずに受け入れていたのか。いよいよ本気でバカだな。
だがしかし、完璧なるバカだ。」
「誉めてねーからな、それ。」
「で、ワクチンは完成したのか?」
ひとしきり皆で笑いあったあと、俺は真面目な顔を作り、魔王に問いかけた。
「見るがいい。」
そう言うと魔王は立ち上がり、部屋の扉に手を掛けた。
「これが貴様らが起こした奇蹟だ。」
「どうも、こんにちは。」
そこには見知らぬ小さな少年が立っていた。
「どちら様?」
きっと俺の顔はとてつもなく間抜けだったに違いない。
ロイスが少年の肩を抱き、言った。
「ケビンはね、今朝までゾンビだったんだよ!
二人のワクチンが、この子をゾンビから元のケビンに戻したんだよ!」
「マジかよ!?」
「やったぁー!成功なんだねぇ!」
「今、俺達が魔族の秘法によりワクチンを培養、増産している最中だ。半日もあれば、世界中のゾンビを元に戻せるくらいの量ができあがるだろう。 」
「ねぇねぇ、ワクチンって、どーやって使うのぉ?
ゾンビひとりひとりに注射して回るとか?」
「そこがまた、貴様らが起こした奇蹟だ。
このワクチンは都合の良いことに、皮膚から直接身体に浸透する作用がある。」
「空中に散布させれば、自然と身体に取り込まれていくんだよ!すごいよね!」
「だが、どうやってだ?飛空挺から撒くのか?
それだと、風向きとかなんだとか、かなり難しいんじゃないのか。どうなんだ、ミュラー。」
科学だとか薬だとかには疎いが、こういったことなら頼りになる。
「そうね。直接散布だと高度の問題があるし、風に飛ばされる恐れもあるから、満遍なく散布するには向いていないわね。」
「そこでまた俺達の出番だ。」
「なんだよ、魔王。ドヤ顔か?」
「俺は貴様らの茶番に付き合うつもりはないぞ。
我々魔族が貴様らを支配するために使うものはなんだ?」
「・・・茶番に付き合わないがクイズは出すんだな。」
「正解は、瘴気だ。」
「シカトかよ!?
って、瘴気って、お前の体から吹き出るあの怪しい霧か?」
「そうだ。本来は貴様らを殺すための毒素が含まれているんだが、今回は代わりにワクチンを含ませてやる。ありがたく思え。」
「なるほど。霧にワクチンが混じっていれば、長時間その空間に滞留できるもんね。」
「やったぁー。これで問題は全て解決だねぇ。私、偉ぁい。」
「そうだな。お前は偉いよ。本当にな。」
俺は両手を上げて喜ぶルイーダの横顔を眺めていた。
・
・
・
・
・
・
それから俺達は飛空挺に乗り込み、世界中を町から町へ飛んで渡った。
町々で魔族がワクチン入りの瘴気を立ち込めさせると、ゾンビ達はみるみるうちに元の人間へと戻っていった。
世界は荒れ果て、大切な人も亡くしてしまった。
忘れることはできないかもしれない。
それでも、生き延びた人々は、前を向いて歩いていく。
強く生きることが、何よりのはなむけだと思うから。
・
・
・
・
・
・
二年後。
「じゃあーん!
見てみてぇー。私が作った特製お赤飯ー。
おいしそーでしょー♪」
「おい。それ、どう見ても真っ黒だぞ。
お赤飯って言うか、お黒飯だぞ。」
「うっさいなぁ。私の手料理ただで食べられるだけありがたく思いなさいってのよぉー。」
「分かった、分かった。ありがとうな。」
それから俺達は食卓についた。
見た目はまずそうだが、なかなかにうまいお黒飯だった。
俺は斜め隣に座るルイーダを眺めていた。
「なぁに?」
「お前、ちょっと老けたな。」
「七百年生きてるババァに言うことじゃないねぇ。」
「七百年生きてるわりには若いか。」
「若くて綺麗って言い直しなさい。」
「はいはい。」
【新訳・エジルと愉快な仲間】
第三章【絶望の世界】
エジルとルイーダ
おしまい。
これにて第三章【絶望の世界】は終了です。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
エジルとルイーダの物語はここが終着点になります。
これは、
他者のために死ぬことも厭わない人間と、
死ぬために生まれてきた人間が、
生きることを知るまでの物語。
エジルはルイーダと出会い、人として成長してきました。
ルイーダはエジルと出会い、居場所を見付けることが出来ました。
この先ふたりが天寿をまっとうするまでの間、ずっと幸せであることを願って。
さて、次回から第四章が始まります。
これが最後のお話しになります。
最後までお付き合いを宜しくお願い致します。




