最後の賭け
「エジル!そっちはどう!?」
「ダメだ!どこにもそれらしき物は見当たらねぇ!お前はどうだ!?」
「こっちも何も見つからないわ!」
俺達はだだっ広い研究室の壁、天井、床に至るまで、へばりついて舐めるようにして、通気孔を探して回った。
「ちきしょう。なんでどこにもないのよ。
私達は一体どうやって呼吸してるってのよ。」
「一旦ロイスのところへ戻ろう。」
俺達が入り口側の研究室に戻ると、そこではロイスが本棚をひっくり返して、手荒にファイルの山を漁っていた。
「違う!これも違う!これも!これも!これも!」
その脇では、ミュラーと仲良くなった魔王の護衛であるがいこつの魔物が、ロイスを見下ろしてじっと佇んでいた。
手には何かのファイルを持っている。
「あら、あなた何を持ってるの?」
ミュラーが声を掛けると、嬉しそうに差し出してきた。
中を開くと、
すぱぁん!
無言でロイスの頭をひっぱたいた。
「いってぇ~!!」
「いってぇ、じゃないわよ!あんた、ここに設計図があるじゃないの!!」
「え?あ?ああ!?
設計図だ!!どこにあったの!?」
「せっかくがいこつちゃんが見つけてくれたのに、あんたが無視してたんでしょうよ!」
「うそ!?ごめん!!」
ファイルの中から四つ折りの大きな紙を取り出し盛大に床に広げると、ロイスが一心不乱に確認を始める。
「あった!ここだ!培養室だ!」
勢いよく指差す。
「この場所は・・・。」
乱暴に紙をまとめ上げ、培養室に駆け込んでいく。
俺達もロイスの後を追った。
ロイスが立ち止まった場所は、空になった円筒の前だった。
「そうか。この機材は後から設置したものなんだ。元々、通気孔として確保されていたダクトにこの機材用の液体を通す機具を通して、その下に取り付けた。
だから、外側からじゃ隠れて見えないようになっているんだ。」
確かに、天井を見上げると、天井とこの円筒を繋ぐ金属の側面には、小さな穴が開けられていた。
この穴から、今は通気を行っているってことだ。
円筒の土台には、小さなボタンとプレートが取り付けられている。
どうやらこの円筒を開閉するためのボタンだと思われる。
プレートには、【リーベ】と刻まれていた。
ロイスがボタンを押すと、円筒を形成している透明な板がゆっくりと下がり、地中へと吸い込まれていった。
土台の上に飛び乗り、天井を確認するロイスが言った。
「これだ!このパイプを外せば通気孔に入れるよ!」
言いながらパイプを引っ張ると、意外にも簡単に穴が開いた。
「行くよ!」
懸垂の要領でロイスが天井の穴に体をねじ込んでいく。
ロイスに続き、俺、ミュラーと通気孔へと滑り込んだ。
中は、人が一人、ほふく前進でやっと通れるくらいの狭さ。
その狭い通路を、俺達は連なって這っていく。
「ここをもう少しすすんで、右に曲がれば奥の部屋に入れるよ!」
「間に合うかしら!?」
「きっと、きっと間に合うよ!」
暗い通路の先に光が見え始める。
「あそこが精製室だよ!って、兄ちゃん!押さないでよ!」
「すまない。」
「クールな顔してるけど焦ってるんだもんねー、エジル君ねー。」
「うるせぇぞ!ミュラー!」
「痛い!」
無論、俺はミュラーを蹴飛ばした。
光に到達すると、ロイスが下を覗き込む。
「ビンゴ!」
突然、這いつくばっていた通路に切れ目が走り、ぽっかりと底が抜けた。
「言ってからやれ!!」
「さっきの仕返しよ!」
俺達は真っ逆さまに落ちていった。
ドサリ!
固い床に強かに体を打ち付けられる。
衝撃で肺の中から全ての空気が押し出された。
それすらも無視して、俺は顔を上げた。
そこは、床も壁も真っ白なタイルで覆われた、不気味な空間だった。
「貴様ら、どこから?」
見上げると、目の前には魔王が立っていた。
「魔王!
ルイーダは!?ルイーダはどこだ!?」
魔王が指で指し示した先には、寝台に横たわるルイーダがいた。
無数の細い管が身体中から伸びている。
真っ白い空間に、まるでクモの巣のように、真っ赤な線が張り巡らされていた。
「魔王!止めろ!止めてくれ!」
「正気か?
このオペレーションには全世界の生命が掛かっているんだぞ。
まさか貴様、女ひとりのために、世界中の人間や魔族を犠牲にするつもりか?
だとすれば、俺は貴様らをここで始末しなければならない。」
魔王が俺の前に立ち塞がった。
その体からは、身も凍るほどの瘴気と殺気が滲み出ている。
「違うんだ!姉ちゃんの血だけじゃワクチンは作れないのが分かったんだ!
他に方法があるんだよ!だから、ねぇちゃんが死んじゃう前に血を抜くのを止めてよ!」
「なに?」
急速に瘴気が魔王に吸い戻されていく。
こいつとやり合ったら確実に死ぬな。
「姉ちゃんひとりじゃダメなんだ。
あのウイルスに対抗するには、姉ちゃんの抗体と、エジル兄ちゃんの力が必要なんだよ。」
魔王は何かを思案するように顎に手を当てた。
「それは本当なのか?」
「本当だ!だから、まずは止めてくれ!」
「・・・・。
もう手遅れだ。
既にルイーダは血液の半分以上が抜かれている。
今止めたとしても、命は助からん。」
「血を戻すことはできないのか!?」
「それも難しい。
この機械は、ベスト博士によって自動的に血液からワクチンを精製するようプログラムされているようだ。
機械に取り込まれた血液は、既に加工され始めているらしい。
輸血でもできれば話しは違うと思うがな。」
「本当か!?」
「だが期待はするな。
ルイーダの血液型は見たこともないような特殊なものだ。恐らく、この研究所で人工的に産み出された個体独特のものだろうな。
そんな血液の保持者などいるものか。」
俺は拳を握り締めた。
なんて無力なんだ。
ここまで来て何もできない。
目を閉じ、眠っている。
ルイーダの顔から徐々に赤みが引いていく。
俺は彼女の頬に手を添えた。
なぁ、あれ、どういう意味だったんだ?
今度は、
って。
『エジル。
今度は、
生きていて欲しい
って言ってくれて、
ありがとう。』
お前の言葉はいつだって難しいからな。
俺も、お前と同じ時代に生まれて、お前と同じくらい長生きしてたら、お前の言葉を少しでも理解できたんだろうか。
今度は、か。
「魔王。」
「どうした?」
「一か八かだ。
このまま放っておけば死んでしまうなら、この可能性に賭けたい。」
「何か思い付いたのか。分かった。この際だ。聞いてやろう。」
「俺の血を輸血してくれ。きっと適合者は、
俺だ。」
「何だと?」
「エ、エジル!?」
「兄ちゃん、何でそんなことが!」
三人が同時に驚きの声を上げる。
「本当のことはルイーダしか分からないんだろうが、俺はそうだと思いたい。
こいつは俺に、今度は、って言ったんだ。
だから、その言葉を信じる。」
「もう。勝手に自己完結してんじゃないわよ。」
ミュラーが首を振った。
しかし、ロイスは俺の考えを汲み取ったらしい。
俺の手を握り締め、真剣な顔で言った。
「兄ちゃん。
よく分からないけど、もしそれが賭けなら、僕の考えにも賭けてくれないか?」
ルイーダの寝台の隣に、もうひとつ寝台が用意された。
指先にから手首にかけて、熱が集まるのが分かる。
精心術を発現させたまま、俺はその上に横になった。
「ではやるぞ。」
「魔王様。補体はせずとも宜しいのですか?」
「ああ。こいつらの言う可能性を少しでも生かしてやりたい。それで死ぬならこいつらも本望だろう。」
魔王と文官が俺の手の甲に管の針を差し込む。
透明な管を、俺の血が流れていくのが見える。
俺の頭じゃこれくらいしか考えられない。
けど、何となく分かるんだ。
きっとこれが正しいって。
治癒の精心術を通して流れ出た俺の血は、ルイーダの体内へと流れこみ、そしてワクチンを精製する機械へと吸い込まれていく。
治癒の力と、希望の力を宿して。
俺は深い眠りに落ちていった。
つづく。




