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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第二章【海賊大運動会】
49/84

復讐。それから、

パリーン!




ゲルダの手から滑り落ちた小瓶は、固い金属の床にぶつかると、無数の破片と変わり、

細い悲鳴を響かせた。


「私の記憶を消した?

私を良いように利用するために、記憶を全て消して、自分達の都合の良いように新しい記憶を刷り込んだ?


そう思っていたのは、あいつらだけ。

私はずっと、ずっと、何もかも忘れていない。

士官学校に入っても、憲兵になっても、そして戦争に行っても、

何もかも覚えていた!

分かっていて、記憶がないふりをしていた。


何故だか分かる?

全てはこの時の為よ。


この場所に辿り着き、この古えの技術を手に入れ、世界を手に入れる。

それは全て、全てあいつらの望み。


私はね!


あいつらが欲しくて欲しくて堪らないこの場所を破壊して、

あいつらの望みをぶち壊す為にここに来たのよ!!


傀儡を演じ、屈辱に耐え、悪に手を染め、

それでも、それでも

ここに来る為だけに全てを我慢してきた!!


全てはあいつらに絶望を味あわせる為に!!!

そして今、私はここに立っている!!


これが私の復讐よ!!」



ゲルダは自分の肩を、自分で抱き締めた。

震えていた。

感情が抑えられない。

まるでそんな震えだった。


それでもまだ、ゲルダは続けた。



「子供の頃から私の人生はあいつらに狂わされた。

ずっとずっと待ち望んだ。

力を手に入れ、私はこの時を待ち望んだ。


そして時は来たのよ!!


奪われ続けた私の人生。


もう誰にも奪わせやしない。


誰にも支配されない。


私の意思であいつらに復讐を果たして、

私は私の人生を取り戻す。


私は自由!


奪われるもんか!


私は自由!」





「姉さん!!」


リオが声を上げた。

ゲルダの妨害からルイーダを守り遅れてはいたが、ロシツキーに支えられ、ルイーダの背後に辿り着いていた。



「ごめんね。リオくん。

ずっとずっと黙っていて、騙してごめんね。

でもね、

これで終わるの。

何もかも。

そしたら、また、

一緒に暮らしてくれる?」



ロシツキーの手を離れ、リオはぎこちない歩き方でゲルダに近付いていく。


「姉さん。姉さん。

当たり前だよ!!

僕、ずっと姉さんを探していたんだ!!」


リオが、ゲルダを抱き締める。

ゲルダもリオを固く抱き締めた。


「ありがとう。

リオくん。ありが・・・」





カプっ。





そして、リオの首筋に噛み付いた。







リオの頸動脈の辺りから、鮮血が迸った。





「なっ!?」


ルイーダが、ロリスが、そしてロシツキーが声を上げた。



「姉、さん?」



「ごめんね。ごめんね。


こ"め"ん"ね"


こ"め"ん"ね"!」




ブチン!!



言いながら、ゲルダはリオの首筋から肉を食いちぎった。



「ゲルダ、何してるんだぁー!?」


ロリスが躍りかかるも、


「わ"た"し"!

な"に"し"た"の"!?」


ゲルダの腕のひと振りだけで、その巨体は呆気なく吹っ飛ばされた。



「にゃは?にゃはは?

にゃはは?にゃはは?


おかしい、おかしいですわ!

身体が、熱い!身体が、言うことを聞いてくれない!!」



リオから手を離し、自らの肩を抱き抱えるゲルダ。

リオの身体は力なく崩れ落ちた。


ガタガタと身体を震わせるゲルダの目が真っ赤に血走っていくのが見てとれた。


細長い指の血管が異常なまでに膨張して皮膚を突き破り、カーディガンを赤く染め上げる。


同時に、全身が激しく痙攣を始めた。



「どうしよう。どうしよう。

私、リオくんを、リオくんを殺しちゃった。

私、私!!」



ゲルダの身体中の血管という血管が、弾け飛んだ。



「来い!★」


ロシツキーが、へたりこんだままのルイーダの腰の辺りを脇に抱え込んだ。


「ロリス!!逃げるぞ!!♥️」


その声に、ロリスも立ち上がる。


「ちょっと、ダメ。」


「バカ!暴れるな!♣️」



ロシツキーは立ち上がると、ルイーダを抱えたまま全力で走り出した。



「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」



もはや人外となったゲルダの咆哮が洞窟内にこだました。



「せんちょぉー!追っ掛けてきたぁ!!

追い付かれるぅ!!!」


「そう思うなら自分で走れ!♦️」


「やばいぞ!ロシツキー!とんでもねぇ速さだ!!」


「おめぇもうるせぇな!♠️

分かってんなら全力で走れ!バカ!★」



道幅が徐々に広がり始め、遠くに日の光が見え始めた。


しかし、背後のゲルダの気配も徐々に強くなる。


「せんちょ、せんちょぉー!!

来る!来る!来るよぉー!!」


「もう少しだ!外に出るぞ!!」



「あ"あ"あ"あ"あ"!!

つ"か"ま"え"た"ぁ"!!」



今まさに、外に飛び出すその時だった。


ゲルダだったモノが、ロシツキーの背を押し倒し、その腕からルイーダの身体を奪い取る。


勢いの余り二人は赤土の上を激しく転がり、もうもうとした土煙が上がった。



土煙の中、仰向けに倒れたルイーダに馬乗りになったゲルダだったモノが、大きく口を開いた。


口角は顎まで裂け、口腔の中には鋭い牙が無数に並んでおり、粘りけの強い赤い液体が滴り落ちている。


「やめるんだ!ゲルダぁ!!」


ロリスがゲルダだったモノに飛び掛かる。

しかし、

ビクともしない。


「ごあああぁ!!」


身体にしがみつくロリスの腕をめがけて、ゲルダだったモノが食らいつかんと首を振り下ろす。


鋭い牙が腕を引き裂かんとするその間際、二人の下敷きになっていたルイーダが身を捻り、辛うじて自由になった片腕と片足でロリスの身体を押し退けた。


間一髪、鋭い牙の一本が腕を掠めたものの、ゲルダだったモノの首は宙を切り、ロリスは後ろに倒れ込んだ。


ロリスには目もくれず、ゲルダだったモノは再びルイーダに深く覆い被さった。


「る"い"ぃ"ぃ"た"あああぁ!!

だ、

だ、

だ、

だ、い"、ず、き"!!」



ルイーダの鼻先。

赤い液体がポタポタとルイーダの顔を汚していく。

ルイーダは表情ひとつ変えず、真顔でゲルダだったモノを見つめていた。


一瞬の静寂。



フッ。



倒れこむロシツキー。


仰向けにひっくり返ったロリス。


二人の脇を風が通り抜ける。




ゲルダだったモノが、全力で食らいつく為の反動をつけるかのように、大きく身体をのけ反らせた。



ざんっ!



大きくのけ反ったまま、首だけが身体から切り離された。


そして、


・・・・ボト。


地面に転がり落ちた。




「リオ。」



ルイーダが乾いた声を絞り出すように、その名を呼んだ。


首からおびただしい量の血を垂れ流しながら、そこに立っていた。


それは一瞬の出来事だった。


この異変に誰も気付くことなく、海賊達は未だに戦闘を続けていた。


見ていたのは、ルイーダ達三人だけだった。



リオの手に握られていた剣が、軽い音をたてて地面に転げ落ちた。


俯いたまま、無言でゲルダだったモノの身体を担ぐと、空いた方の片手で首を拾い上げ、そのままゆらゆらと歩き始めた。


騒々しく戦いが行われている船とは逆方向。

赤い岩盤の河下側に向かい、一歩、また一歩、ゆっくりと進んでいく。

ルイーダ達はゆっくりと起き上がり、その後を追った。

河縁に辿り着いた時、ようやくリオは振り返った。


「これから僕は、姉さんと二人で暮らします。

誰も来ないところで。

ルイーダさん。ロシツキー船長。

皆さん。

僕達に、良くしてくれて、ありがとうございました。」



揺らめくように、リオとゲルダの身体は水面へと吸い込まれていった。








戦闘はすっかり終わり、クルー達は船を立て直し、忙しなく修復作業に追われていた。


作業の目処が立ち出航準備が整い始めた頃、ロシツキーはひとり、船を離れた。


二人が消えていった場所へ。


そこにはルイーダの姿があった。


長い時間、ルイーダは膝を抱えて河縁に座り込んだまま、絶え間なく流れる水面を見つめ続けていた。


ロシツキーは何も言わず、ルイーダの傍らに腰を降ろした。




「おい、ロシツキー。」


背後からロリスが声を掛けた。


「あぁ、お前か♣️傷の具合はどうだ?♦️」


「ただの掠り傷だ。すぐに治るさ。」


「そうか♠️」


「迷惑かけてすまなかった。」


「いいさ、気にするな★」


「じゃあ、俺達は先に出発する。」


「ああ♥️」


「またいつかな。」


「ああ♣️またな♦️」





ロシツキーとルイーダの目の前を、ホワイトハートレーン号が通りすぎて行く。






「あいつ、バカだよね。」


ルイーダが呟いた。


「復讐なんてさぁ。」


ロシツキーも水面を見つめた。


「復讐なんてさぁ。

そんなの、教えてくれれば、いくらでも手伝うのにさぁ。

あいつ、何で言ってくれなかったんだろうねえ。」


「だからきっと、お前のことが好きだったんだろうな♠️」




二人は立ち上がり、エミレーツ号へと歩みを進めた。


船の前では、仲間達が二人を待っていた。





「野郎共ぉ!

出航だぁ~★」











数時間後・・・・・







ホワイトハートレーン号。船長室。



「船長、具合でも悪いんですかい?」


「分からん。

しかし、どうせ大したことないだろう。

直に治る。」



ガタンっ!


ロリスが椅子から転げ落ちた。


「せ、船長!?

大丈夫ですかい!?」


「大丈夫、大丈夫だ。」





その目は、真っ赤に血走っていた。







海賊大運動会


おしまい。

これにて第二章【海賊大運動会】は終了です。

ここまでお読み頂きありがとうございました。


さて、前置きもろくになしですが、今回のテーマは【人間の汚さ】です。

第一章では無かった、人間と人間の戦いを主軸に据えました。

敵は一見すると悲劇のヒロインである女性、ゲルダです。

望まぬ改造を施され精神に異常をきたしてしまったと見せかけて、その実、自らの意思で悪に手を染めていたサイコパス。


ゲルダという人間は、あくまで自分自身でいることに拘った人だと思うんですね。

強靭な精神力で支配には屈せず、したたかに自分の目的の為だけに他者を犠牲にしてきた人です。

誰にも頼らず、自分で物事を変えようとした。

でも、そこは彼女のエゴなんですよね。

片やゲルダを改造した人達も当然エゴイストです。

この時点でエゴとエゴのぶつかり合いなんです。

加えて、リオも自分のエゴで姉を求めて他者を利用していて、ロリスも自分のエゴでゲルダの自由を認めていたわけで、関わっている全てが己のエゴを最優先に行動してきた。

そのそれぞれのエゴイズムが無意識のうちに悪意に変貌して、結果として事件を引き起こしたってことだと思います。

そこが【人間の汚さ】というテーマに繋がるのではないかと。


そしてそう考えると、ルイーダの最後の台詞が際立つのではないかと。

今回の話で、あの台詞を言える精神を持っていたのはルイーダだけだと思いますので。


とまぁ野暮ったい話しはここまでにしまして、

この世界にも少しだけ変化が現れ始めました。

次回からは第三章が開幕致します。


これからも【新訳・エジルと愉快な仲間】を宜しくお願い致します。

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