帰ろう。
「うおおおぉぉぉぉらぁぁぁぁ!!!」
クリスティアーノのボディが開いた。
俺はそれを逃さなかった。
渾身の左ストレートを、クリスティアーノの心臓目掛けて解き放った。
「ぐはっ!」
息が漏れた。
同時に、クリスティアーノの瞳が光を失った。
その大きな体が、膝からがっくりと崩れ落ちた。
「っはぁ!っはぁ!っはぁ!」
俺は肩で息をしながら、膝に手をついた。
「っはぁ!っぐ。っはぁ!」
「エジルぅー!」
ルイーダの声が聞こえてくる。
俺は膝に手をついたままの姿勢で、声のした方を見上げた。
「やったぁー!」
未だにぶら下がったまま足をバタつかせ、円を描くように回っている。
俺はルイーダに向かって左の拳を突き上げて見せた。
「痛いから早く下ろしてぇー。」
返ってきたのは、なんとも能天気な答えだった。
重い体を持ち上げるように立ち上がると、ルイーダの元へと歩を進めた。
フルーゲンの術を放ったあと、マリオネットで操った剣でルイーダを吊している縄を切ると、ルイーダの体はふんわりと宙に浮かび上がった。
ゆっくりと、羽が舞うみたいにふわふわと降りてくる。
まるで、さっき見たもうひとりのルイーダみたいだった。
ふっ。
俺の中で何かが途切れたのが分かった。
魔力が尽きた。
途端にルイーダを覆っていた風は空間に吸い取られ、まっ逆さまに落っこちてくるのが目に入った。
慌てて落下地点に体を滑り込ませたが、ルイーダの体重と落下の衝撃で俺はぺしゃんこに潰されてしまった。
こいつ、体デカいからなぁ。
「いてて。大丈夫かぁー?」
「あぁ、死んではいねぇ。」
俺はルイーダの体を脇に追いやると、上体を起こした。
珍しく心配そうな顔で俺の隣にしゃがみ込んでいた。
スカートの腿の辺りがどす黒い血で染まっているのが目に留まった。
「看せてみろ。」
俺の言葉に、ルイーダは傷口までスカートを捲り上げた。
貫通している。
が、幸いにも大腿動脈は外れていた。
俺はその腿に手を当てて意識を集中させた。
面白いもんで、精霊術とは違ってこっちは魔力とは無関係らしい。
俺の気分次第でいつでも発動してくれる。
指先を温かい光が包み込んだ。
「エジル。助けてくれてありがと。」
「いや、俺の方こそ。もしお前が助けてくれてなかったら、死んでたかもしんねぇ。ありがとうな。」
「をっ。珍しく素直ー。」
「うっせ。おめーもだ。」
「ね、チューしてあげよっか?」
「いや、いい。」
ルイーダが吹き出した。
俺も笑いを堪えられなかった。
ルイーダの傷が完全に治るのを見届けてから、俺は体を持ち上げた。
「さぁ、帰るか。」
ルイーダに手を差しのべた。
その手をルイーダが力強くて掴み返してきた。
「と、その前にぃ。」
ルイーダはポーチから葉っぱを取り出すと口に放り込み、もぐもぐと噛みしだきながら自分の上着の袖を切り裂いていた。
袖に葉を吐き出すと、それを俺の肩口に押し付けて何度か巻いて強く結びつけた。
「これでエジルもそのうち良くなるよぉ。」
「悪いな。」
俺はルイーダに背を向けると、歩を進めた。
寝転がるクリスティアーノのところへと。
「おい、起きたか?」
俺はその顔を覗き込んだ。
目を開けて、俺の顔を見ていた。
「殺せ。」
目が合うなり、そう言った。
「あ、そう。」
俺は横たわるクリスティアーノの上に跨がると、腕を振り上げて、
その両手を持って体を引っ張り上げた。
「お前、なにを?」
「バカ野郎だな。お前をここで殺したら、俺らが魔王を退治したって誰が証言すんだよ。
それにな、お前が死んでねぇってことは、まだ魔王の力はお前の中にあるんだろ?
連れて帰って、民衆の前で八つ裂きにしてやる。」
「どっちが魔王だ!?」
「細けぇこたぁいいんだよ。」
俺の力に逆らうことなく、クリスティアーノはその体を持ち上げた。
「帰んぞ。俺達の島にな。」
クリスティアーノの肩を担ぐようにして、俺達は魔王の間を後にした。
渡り廊下に出ると、けっこう離れた場所にミュラー達の姿を見付けることができた。
「エジル!ルイーダ!」
「兄ちゃん!姉ちゃん!」
ふたりは俺達の側に駆け寄ってくると、その勢いのまま俺達に突進してきた。
「良かった!本当に良かったわ!」
「ふたりとも無事だったんだね!」
ふたりに抱きつかれ、俺もルイーダも大きくよろけたが、何とか倒れずに踏みとどまった。
ふたりとも肉体はボロボロで、骨も内蔵もところどころ剥き出しになっていた。
「やめろよ。脳漿がつくだろ。」
「どぅっへっへぇー。すんげー。よく死んでないねぇ。」
「クリスティアーノ!」
その後ろから、見覚えのあるふたりが駆けてくるのが目に入った。
ひとりは町人の格好をした坊主頭のおにぎり顔で、ひとりはローブを纏った髪の長い面長のイケメンだった。
ふたりともボロボロだったが、命に別状はなさそうだ。
「お前ら、ビービー兄弟か?」
俺はその顔を見て驚いた。
「すまん、エジル。オイラ達、クリスティアーノが魔王になって、そのまま操られてしまっていたようだ。」
「お前らがあの仮面の魔族だったのか!?」
俺はそこでようやく気が付いた。
兄弟が俺の肩からクリスティアーノの体を受け取ると、ふたりで挟むようにして支えた。
「大丈夫か?クリスティアーノ。」
「またこっぴどくやられたもんだな。」
「ああ。惜しいところまで行ったんだがな。」
3人で談笑していた。
こいつらもこいつらで、それなりにやってきたんだろうな。
俺達と同じように。
そんな3人の姿を見て、なんか知らないけど暖かい気持ちになったのは内緒だ。
「こいつ魔王なの?生かして連れてきたの?」
ミュラーがクリスティアーノへ向き直った。
「ああ。色々とあってな。」
「あんたがそう判断したならいいけど、平気?なんか気味悪いわ。」
「お前が言うな!」
腸をぶら下げながら言うミュラーに、俺は全力でツッコんでやった。
俺はその場でふたりの治癒を行った。
「うぁー、キモいねぇ。すんごいねぇ。なんでこんなんになってんの?すんごいキモいねぇ。」
腸や脳ミソをしまったあと、俺が光を放っている間中、ルイーダはうきうきと楽しそうに喋っていた。
「でしょ?私達ね、生ける屍なのよ。」
「こんなになっても全然痛くないんだよ。」
何故かふたりも声を弾ませ、得意気に説明していた。
こんなグロいもん治さされてるこっちの身にもなれよ。
普通に吐きそうだわ。
そんな俺達に声を掛ける奴がいた。
「貴様ら、何を和んでいる?」
それは、ミュラーと交戦したはずの、黒い鎧の魔族だった。
俺達の頭上に浮かび上がり、こちらを見下ろしていた。
鎧もところどころ砕けたり、その様はミュラー同様にボロボロだった。
「あんた!まだ生きてたの!?」
「動くな。まだ治癒は終わってねぇぞ。」
咄嗟に体を持ち上げようとしたミュラーを制止した。
「だってエジル!」
「こいつは襲ってこない。今はな。」
根拠はねぇ。
だが、なんとなくそんな気がしていた。
「ふん。」
鼻で笑って見せると、ゆっくりと降下を始めた。
「手間が省けた。礼でも言っておこうか?」
俺達の前に降り立つと、マントを腕で翻した。
「何のだよ。」
「その筋肉ダルマから魔王の力を奪い返す手間が省けた礼だ。」
そう言いながら、クリスティアーノの向けて腕をかざした。
「全く余計なことをしてくれた。そいつがしゃしゃり出なければ、この力はすんなりと俺に継承されていものを。
前魔王は高齢だ。直に死期が訪れ、その力はこの俺に受け継がれる予定だった。」
よく喋る魔族だ。
「だが、運が良かったな。
そんな人間風情では魔王の力は使いこなせん。貴様らも力を継承した俺が相手をしていれば、こうやって生きて再会など叶わなかった。」
クリスティアーノがぐったりと項垂れた。
「クリスティアーノ!?」
「クリスティアーノ!!」
ビービー兄弟が声を荒げた。
「安心しろ。死んではいない。目覚めるかはそいつ次第だがな。」
同時に、黒鎧の体から凄まじいまでの殺気混じりの瘴気がにじみ出始める。
いつの間にかボロボロの鎧も肉体も何事もなかったかのように再生されていた。
魔王の力ってのが本来の器に収まると、こうまで違うものなのか。
ミュラーの治療が終わった。
俺は立ち上がった。
「魔王の力は戻ったか?」
ルイーダが俺の隣に進み出てくる。
「さぁ、やろうぜ。」
「私達が相手だよぉ。」
「私との決着もついてないわ。」
「僕だって、相手が本物の魔王なら手加減しないよ。」
「ってお前!手加減してたのかよ!?」
「僕達も随分と舐められたものですね。」
ミュラーも、ロイスも。
カリムとギャレスも。
皆が黒鎧の前に踏み出した。
「生憎と、俺もこの力を馴染ませないとならん。
今の状態で貴様らとやり合うのは骨が折れる。
特に真ん中の貴様ら。
エジルとルイーダと言ったか?
貴様らとは、俺が万全の状態で手合わせ願いたいものだ。」
えらく素直な反応に、俺は毒気を抜かれたみたいな気分だった。
「こっちは願い下げだ。」
「痛いのはもう嫌だもんねぇー。弱っちいなら今のうちにやっつけておこー!」
「くくくっ。魔族よりもよっぽど残忍だな。」
黒鎧は再びマントを翻すと、体を浮かせて飛び上がり、一瞬でどこかへと消えていなくなった。
それでも凶悪な殺気の残り香は、その場に色濃く残されたままだった。
残された俺達は、全員同時に腰を下ろした。
「やっばかったわね!」
「いや本当に。あのままやってたら僕ら全滅だったんじゃない?」
「あれが本物の魔王かよ!とんでもねぇな!」
「まだ冷や汗が止まりませんよ。」
「どぉ?エジル、勝てそぉ?」
「さぁな。五分五分ってとこじゃねぇか?」
「嘘つくな!!!」
その場にいる俺を除いた全員が一斉にツッコんできた。
そんな言わなくてもいいじゃねぇかよ。
たまには俺にもボケさせろ。
空を覆っていた瘴気はすっかりと消え失せ、雲ひとつない晴天が広がっていた。
さっさと帰れってことかな。
廊下の中央まで歩を進め、俺達は上空を見渡した。
遥か高い空に、不死鳥が舞う姿を見付けた。
きっと、瘴気が晴れたのを確認し、俺達を迎えに来たんだろう。
ロイスが頭上に大きな火の玉の術を解き放つ。
それは天高く昇り、光を放って弾けると、色鮮やかな花みたいな輪になって広がった。
それを見付けた不死鳥は、俺達の方へと徐々に徐々に近付いてくる。
吹き抜けの中庭を、騎士団達が走ってくるのも見えた。
どうやら全員無事らしいな。
「それにしてもおかしいわね。私達、魔族を倒したのに成仏しないわよ?」
「そうだね。やっぱりまだ、魔王の力を消し去ってないからかな?」
「どうしましょ。私達、このまま永遠に魔王に挑み続ける運命なのかしら?」
「それはそれでキツいね。
でも、騎士団の新しい居場所を見付けてあげないといけないし、そういう面では都合がいいかもしれないよ。」
「そうね。私達だけがお疲れさよならってのは虫が良い話しよね。」
不死鳥を誘導するように騎士団が中庭で手を振るのを眺めながら、ミュラーとロイスがそんな会話を交わしていた。
「なぁ。お前ら、俺達の故郷に来ないか?」
俺はふたりの間に割り込むと、肩を抱えながら引き寄せた。
「あら。嬉しいお誘いね。」
「いいの?あんな訳分からない空飛ぶ鉄の塊も一緒だよ?」
「何もねぇところだけどよ、懐だけは深いんじゃねぇかな。あんなんもきっと気にしねぇと思うぞ。なぁ?」
「どぅっへっへ。きっとねぇー。」
ふたりの背を押すと、次はクリスティアーノを挟むように手すりに背を預けたビービー兄弟に目を向けた。
「お前らはどーすんだ?」
「そうですね。」
「特に行く宛もないし、とりあえずクリスティアーノは送っていかないとな。」
「その後のことはその時考えますよ。」
「つまんねぇ男達だねぇー。この流れなら、何を言いたいかなんてすぐ分かるでしょーよ。」
「え?いや。」
「あの、その。」
「来いよ。全員一緒だ。」
不死鳥は空を翔ぶ。
俺達を乗せて、翔ぶ。
思い返せば色々とあったよな。
何度も死にかけたし、悲しいこともあったし、でも、楽しいことも嬉しいこともいっぱいあった。
こうやって、敵だったり味方だったりした連中も一緒に同じ船に乗ってるんだ。
遥か眼下。
魔王の城を再び瘴気が覆っていくのが見えた。
そうかよ。
今は逃がしてやるってことかよ。
またいつの日か、ここに来るかもしれねぇけど、今は帰ろう。
甲板の手すりにもたれてひとりで空を眺める俺の元に、ルイーダが歩み寄ってきた。
同じような姿勢で、俺の隣に肘をつく。
「久し振りの我が家だねぇ。ミサミサ、元気にしてっかなぁ。」
「お前、大分長い間、店を放っときっぱなしだもんな。」
「まぁいいんじゃん?なんとかなってるでしょ。」
「そこ、笑うとこかよ。」
「ねぇねぇ、エジルぅ。」
「なんだよ?」
「帰ったら何するぅー?」
「んー、そうだな。とりあえず一回寝て、目が覚めたら。」
「目が覚めたら?」
「船長達を探しにいくか。」
「そーこなくっちゃ!」
「あぁ。また忙しくなるぜ。」
「任せんしゃーい。」
新訳・エジルと愉快な仲間
第三部
魔なる者
おしまい。
みなさん、こんにちは。
エジルです。
これにて【新訳・エジルと愉快な仲間】第一章最終回となります。
どこかで見たことのある古典的で定番なファンタジー物語はここで終了です。
旅の仲間を集め、絆を深めた第一章は長い長い序章。
お読み頂けた皆様には、俺達がどんな人間で、どんなことをやってきたのか、少しでもお分かり頂ければ幸いです。
そしてここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました。
本当の物語は第二章から始まります。
第一章で語られたけど、これどういう意味?これどうなるの?も、どんどん明らかになっていくかもしれません。
長い前置きになりましたが、
【新訳・エジルと愉快な仲間】第二章もお楽しみ頂ければこれ幸いです。
どうか俺達の旅を見守って下さい。




