潜入、魔王城②
眼下の魔王の城はもう間近だ。
もはや魔物の影も見えない。
城の周辺はまったくのがら空き状態だった。
中央に構える本殿。
それを囲む庭園と、外塀。
外塀には両端にそこまで高くない塔がふたつ。
予め予習しておいた通りの構成だ。
「待ち伏せされてるかな?」
「でしょうね。」
俺達が着地したのは、本殿の背面側から少し右手に逸れた辺りだった。
日の差さない城の周りには下草や樹木はほとんどなく、土が剥き出しになっていた。
歩くと土埃が舞う。
「来たわね。」
ミュラーの視線の先には、騎士団達が塔に向けて降下する姿が捉えられた。
「あとは待つだけよ。」
腕組みをしながら騎士団を見つめていた。
俺は塀に右手を差し出した。
塀から1歩分くらい外側に、見えない壁があるのが分かった。
見えないのになんで分かるのか。
何故なら少し触れただけの俺の手は、なんだろうな、見えない針の筵でくるまれたみてぇにグローブがグズグズに引き裂かれ、皮膚まで達したからだ。
「結界は強力だよ。触れてはいけない。」
ロイスが俺の腰のベルトを後ろから引っ張った。
俺はそれを無視して結界に剣を突き立てた。
空中に剣が留まった。
どうやら先端が結界に刺さってるらしい。
が、その剣にはもう触れない。
一瞬でとんでもない熱を帯び、真っ赤な光すら放っている。
熔解こそしないものの、それはもう人が触っていい温度じゃないってことだ。
しかし分かった。
最低でも剣は刺さる。
てことは、だ。
俺は剣の先端が刺さる場所に右腕を突っ込もうと腕を伸ばした。
「やめなさい!」
ミュラーが俺の肩を思い切り引っ張った。
あまりの力に、俺は後ろに引き倒された。
「気でも狂った!?」
「うるせぇな。こいつを突き破るんだ。すっこんでろ。」
俺は体を押し上げた。
「結界が解かれるまで待ちなさい!」
「それも命令か?俺は団員じゃねぇよ。」
「死ぬわよ?」
「今度は脅しかよ。いつ結界は解かれるんだ?俺はいつまで待てばいい?」
「仲間を信じなさい。」
「何が仲間だ、ふざけんなよ。大体、ルイーダが殺されてないってのだってお前の推測だろうが。もし外れてたらどうしてくれんだ。」
俺の怒りは最高潮まで登り詰めていた。
不甲斐ない自分への怒り。
やり場がない。
ミュラーの言ったことは尤もだ。
俺だって他人のことならそう判断したかもしれねぇ。
だが俺は今、そんな気分じゃねぇんだよ。
「それは・・・・。」
俺の詰問にミュラーは言葉を続けられなかった。
自分の意見は正しいと思ってる。
だが、俺を説き伏せる方法が見当たらない。
そんな顔だ。
「あんた、どうやって結界を破るつもり?さっきみたいに無理やりこじ開けようとでも言うつもりじゃないでしょうね?」
「その通りだ。どけ。」
俺はミュラーの脇をすり抜けようとした。
「待ちなさい。本当に死ぬわよ?」
そんな俺の両肩を掴まえると、ミュラーの腕が引き寄せた。
「回復しながら開ける。」
「あら、そう。それは名案ね!じゃあまずはあんた、さっきの自分の傷を治してみなさいよ!」
鬼のような形相で、俺の顔の前にミュラーが顔面を近付けた。
その屈強な腕で俺の手首を掴むと、俺の目の前に振り上げて見せた。
「あんた、自分の傷は治せないんでしょ?」
図星。
「うるせぇな!そんなんどうでもいいんだよ!」
俺は声を荒げた。
「バカね!」
ミュラーが俺の胸を片手で押し退けた。
またも堪えることができずにたたらを踏んだ。
ミュラーが俺に背を向けるのが見えた。
見えた途端、ミュラーの体が大きく痙攣したように見えた。
「お前!?」
俺はミュラーの脇に回り込んだ。
それは想像通りの光景。
ミュラーは、結界に腕を捩じ込んでいたんだ。
「なにしてんだ!?やめろ!!」
筋肉が隆起し、血管が浮き上がり、その太い腕の皮膚がどんどんめくれ上がっていく。
「あんたがそれを言う?」
「やめろ!」
「こういうのはね、私におあつらえむきの仕事なのよ。痛みを感じないってのは便利よね。」
その両腕が徐々に離れ始めた。
結界に綻びが生まれてる証拠だ。
「あんた、分かってるんでしょ?私達がもう、死んでるって。」
「分かってる!分かってるよ!だからやめろ!」
そうだ。
気付いていた。
100年前、魔族の城を探索したと聞いた時から。
それからずっと不死鳥の守人をしてきたと聞いた時から。
こいつらは既に、脱け殻に魂だけが乗り移った存在だと、俺は気付いていた。
「なら黙って見てなさい。」
「肉体が壊れたらどうなるんだ!?本当に死ぬぞ!」
「だから、あんたが言うんじゃないわよ。」
肉が千切れ始めた。
ところどころ骨が透け始めている。
腕の裂け目がどんどんと伸びていく。
鎧を切り裂き、肩が、胸が、首が、顔まで切り刻み、皮膚をはがし、剥き出しの肉が削ぎ取られていく。
「もう少しで開くわ。開いた瞬間に中に入りなさい。」
俺はミュラーの腕を掴んだ。
指先に熱が籠る。
光を放ち始めた。
「無駄よ。私の体はもう生きていない。生物しか治せないって言ったのはあんたよ。」
「諦めて。もうここまで来たらやりきる以外に道はないよ。」
冷静な声でロイスも呟いた。
「うるせぇ!うるせぇ!」
俺は全力で想いを込めた。
くそが!
こんなん望んでたわけじゃねぇんだよ!
自分の代わりに誰かを犠牲になんて、そんなんじゃねぇんだよ!
俺は、俺は、俺は無力なのかよ!
こんなんじゃねぇんだよ!!!
心臓が高鳴った。
血が流れるのが実感として分かるくらい、ドクドクと脈打っている。
まるでデカい太鼓が叩かれるみたいに、鼓動がどんどんと大きくなっていく。
指が、手が熱い。
燃え上がるみてぇに熱い。
俺は、想いを込めた。
ミュラーの肉が蠢くと、盛り上がり始めた。
引き千切らんとする結界に逆行して、次々と膨らんでは、削ぎ取られ蒸発して消えていく。
次第にそれは速さを増し、剥き出しになっていた骨を覆い始める。
ミュラーの肉体が再生されていく。
「誰も、誰も死なせねぇからな!!!」
俺は咆哮した。
ミュラーの体が元通りの屈強な姿を取り戻した。
同時に両腕が大きく振り抜かれた。
「開いた!」
ロイスの声と同時に、その小さな体が俺とミュラーに突進してきた。
バチン!
分厚いゴムが弾けるみたいな大きな音が周囲に響いた。
俺達が倒れ込んだのは、塀の目の前だった。
「あんた、バカね。」
「まさか死体まで再生させるなんて。」
「うるせぇ!誰も死なせねぇぞ!」
乾いた土に寝転んだまま、二人が声を上げて笑っていた。
それに俺は全力で毒づいてやった。
「もう死んでるってのよ。リビングデッドだっつーの。」
「言葉から推測するに、生物しか治せないんじゃなくて、兄ちゃんが生物と認識してるものだけしか治せないって仕組みなのかな?」
「本当にバカ。自分は死ぬのも辞さないくせに、他人が死ぬのは許さないとか、何様よ。」
「出会えたのが兄ちゃんで本当に良かった。」
「うるせぇな!」
「でもね、これだけは言っておくわ。
大抵の人は、死に行く人を見送ることしか叶わないの。皆、その悲しみから逃れられない。
あんた以外は。
あんたは死を止めることができる。
その反面、恵まれた境遇故に、遺される者の悲しみを誰よりも知ることができない。
甘えずに生きなさい。」
「・・・・・分かったよ。」
思いきりぶん殴られた気分だった。
つづく。




