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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第一章・第三部【魔なる者】
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極北の島②

いの一番に宿を探し出すと、早々にチェックインを済ませて風呂に入った。

知ってるかい?

限界まで冷えきった体で風呂に入ると手足の先が痺れるんだぜ。

人生初めての経験だ。


「マジで危なかったな。」


俺は湯船に浸かりながら、壁一枚挟んだ先で同じく湯船に浸かってるであろうルイーダに話しかけた。


「もう二度とあんな雪道歩かないからね!」


キレていた。

まぁ気持ちは分かるけどな。

最低でも雪上用の装備は整えるべきだ。

歩きやすくて、濡れなくて、そんでもって暖かい装備を探そう。

俺は一段落したら道具屋に行くことを心に決めた。


風呂から上がると、宿の女将にこの村のことを尋ねた。

ここは世界最北端の集落だそうだ。

これより更に北に進むと、一年中、氷に覆われており草木も生えない永久凍土と言う、人間が住めるような土地じゃなくなるらしい。

と言うか、この村の人達が何故そんなところに住んでいるのか、が疑問なんだが、まぁ人それぞれだしな。

村には宿はここひとつだけ。

商店なんかは多少しかないらしいが、酒場はたくさんあるんだとさ。

ここらの人は寒い時は酒を飲んで暖をとるんだと。

そうと分かってりゃ、用意しておけば良かったわ。燃料にもなるし。

まぁいつも通りだな。

情報を仕入れるには酒場が一番だ。

その前に身支度を整えることにした。


冷たい靴を履きながら道具屋に訪れた頃にはまた指先がかじかんでいた。

本気でダメだな。

店に入ると、まずは靴から物色し始めた。

海獣の毛皮を外装に用いて水の侵入を防いだ上で、ライニングに厚みのあるウールを張り付けて防寒しているブーツがここらの定番だそうだ。

それにアイゼンっていう、鋭い金具を取り付けて滑り止めにするらしい。

とりあえずふたり分、そいつを購入すると、その場ですぐに履き替えた。

風呂と同じくらいに生き返った気分だった。

それと、コートだけじゃ足らないことが分かったから、厚手のセーターやズボン下なんかを書い足した。

特にルイーダは、いつもの青いスカートに燕脂色のレギンスしか履いていなかったから、店主のおばさんに爆笑されていた。


まるでヌイグルミみてぇになってから、今度こそ酒場を目指す。

とりあえず、一番人が集まりそうな店を聞いてそこを目指した。


その途中でのことだった。



どっかの民家の軒先の前を通り過ぎようとした時だった。


「もし?」


どこかから、話し掛けてくる声がした。


「え?」


俺はルイーダに振り返った。


「ん?」


ダルマみたいになったルイーダはキョトンとした表情をして俺の顔を見ていた。


「呼ばなかったか?」


「いいえぇー?」


空耳か。

俺は再び前方へと向き直った。


「もし?」


やっぱり呼ばれた。

今度は絶対だ。

ルイーダにも聞こえたようで、周囲を見回している。


「もし、旅のお方ですか?」


声のした方は民家の軒先だった。

俺達は同時に振り返った。


「すみません。もう、3日も何も食べていないのです。何か、食べ物を分けて頂けないでしょうか。」


フードで顔は見えないが、けっこう低いけど声からすると多分女だ。

女は民家の軒先にしゃがみ込んでおり、その腕には10歳かそこらの小さな子供が抱きかかえられていた。



「なにやってんだぁー!?」

「なにやってんのぉー!?」



その姿を確認した瞬間、俺達は同時に絶叫した。


「すみません!すみません!」


俺達の突然の怒声に、女は怯えたような声を上げた。

しかしそんなん関係ねぇ。

俺達は女と子供を引っ張りあげて立たせると、その場から無理やり連れ去った。

足を踏ん張って必死に抵抗しているが、そんなんも関係ねぇ。


「すみません!本当にすみません!食べ物とかいりませんから!生意気言ってすみませんでしたから!」


「うるっせぇ!黙ってろ!」

「うるっせぇ!黙ってろぉ!」


子供が女にしがみついている。

俺は子供の胴体に腕を回して脇に抱え、女も引きずるようにして歩いていった。




俺達は最も近くに見付けた酒場の扉を勢いよく開けると、女と子供を引きずり込み、空いていた席に座らせ、


「あんなとこでしゃがみ込んでたら死ぬだろうが!」

「子供連れでなに考えてんのぉ!可哀想でしょうがぁ!」


店の外まで漏れるような大声で、女に説教を食らわせた。



奥のカウンターの方では、店の主人とおぼしきおっさんと、客らしきじぃさんふたりが口をあんぐりと開けたまま、俺達の方を見つめていた。


「おい!おやじ!なんか体が温まる食い物を4つここに頼む!」


俺は店主に適当なオーダーを済ませると、ふたりの向かいの席に腰を落とした。

ルイーダは自分のコートを脱いで子供の肩に被せ、その後で俺からコートを剥ぎ取ると女の肩に被せていた。

程なくして、店主がオニオングラタンスープを4つ運んできてテーブルの上に並べると、そそくさとカウンターに戻っていった。


「食え。」


ルイーダが脅すような声でふたりの手にスプーンを握らせた。

ふたつのスプーンはブルブルと震えていたが、すぐに収まって、湯気のたったスープを親子の口に運んでいった。

それを見届けてから俺達もスープを食べ始めた。

ふたりはものすごい勢いでスープを飲み干した。

それは俺達も同じだった。

今朝食べた干し芋以来の食事だからな。

無心でスープを飲み干した。

だいぶ体が温まったところで、俺はテーブルの隅に立て掛けられていたメニューを取ると、親子に注文を促した。


「いえ、私達はこれで十分です。」


女が蚊の鳴くような小声で言った。


「食え。」


再びルイーダがドスの効いた声を作って脅しをかけた。

これは食わざるを得ないと判断したらしく、女は一番安いメニューを指差した。


「おい!おやじ!この、カリブーのプレミアムステーキっての3つと、ボリュームのあるプレミアムな野菜の炒め物を1つ頼む!」


それを無視して俺は店主に大声で注文を通した。



料理が運ばれてくるまでの間、俺は改めてふたりに視線を移してその様子の観察を始めた。

ふたりとも紺色をしたウールフェルトのコートを頭からすっぽりと被り、顔はよく見えない。

ただ、母親の方は思っていたよりもかなり大きいことに気付いた。

椅子に座っているはずなのに、俺より座高が高いんじゃないかと思う。

なるほど。

だから引っ張ってくる時にあんなに重かったんだな。

子供は性別も分からん。

俺に見られているのは気が付いてるだろうから、ふたりともずっと俯いたままだった。


「あの、どうしてこんなに良くして下さるのですか?私はあなた方に物乞いをした身分ですのに。」


「どうして?って、理由ってことかい?」


「はい。」


「理由なんて何かあるか?」


俺は隣に座るルイーダに視線を送った。


「ありませぇん。」


「だそうだ。」


ルイーダから母親に視線を戻し、そう伝えた。


「別に理由とかどうでもよくないか?あのまはまあんなとこにうずくまってたら死んじまうだろ。」


「そうそう。人助けはこいつの趣味なんでぇす。」


言いながらルイーダが俺の顔を指差した。


「おい、人を指差すな。行儀悪いぞ。」


「優しいのですね。他の方々は、私達のことなど見て見ぬふりでしたが・・・・。」


「他の方々って、あんたらいつからあんなことしてたんだ?こんなクソ寒い村で。」


「皆、初めは優しいんです。でも、途端に冷たくなるんです。」


「いや、いつからいるのか聞いてるんだけど。」


「皆、これを見た途端に。」


そう言って、母親は両手でフードを取った。

中から出てきたのは、男の顔だった。

癖が強い焦げ茶色の髪を短く切り揃え、頬骨や顎の骨がせり出したけっこうゴツゴツした、実に逞しそうな造形。

別に不細工ではないが、美しくはない。

まぁ、男らしい格好よさを備えた顔つきと言えた。

それを見て、俺は声を荒げた。



「いやいつからいるのか聞いてるんだけどー!」


「えぇー!?」


あまりにも意外な反応だったのか、母親の男は驚いた顔で絶句した。

その驚きようと言ったら半端じゃない。

目をまんまるくひん剥き、口を大きくあけて驚いている。

この瞬間から、無理やり甘ったるく鼻にかけるように高くしていた声が野太いものに変化した。

その顔を見てなのか、ルイーダは腹を抱えて爆笑していた。


「私の正体を知っても何も思わないんですか!?」


「別に男でも女でもどっちでもいいんだよ!そんなん!」


「と言うか驚かないんですか!?」


「さっきからなんとなく分かってたからな!なんで気付かれてないと思ってんだよ!」


「私が男だと知ってて親切にしてくれたとでも言うのですか!?」


「だから、いつからいるのか答えろー!」


男はまたもや口をぽかんと開けて、呆然とした表情を浮かべていた。

ルイーダの笑いは更にテンションが上がっており、それに釣られるように子供も笑い声をあげ始めた。


「あの、いいですか?料理できたんですけど・・・・。」


いつ入るべきかタイミングを見極めていたのか、この会話が切れた隙を見て、店主がステーキ皿を抱えて走ってきた。

テーブルの上にはホカホカのステーキが並べられた。


「よし。とりあえず話は終わりだ。食おう。」


俺は特大の肉にフォークを突き刺した。

ルイーダの皿には色んな根菜を混ぜて炒められた料理がこんもりと盛られている。

子供もフードを取ると、ナイフとフォークで器用に肉を切り分け始めた。

子供の方は・・・

フードを取っても性別は不明だな。

ブロンドの髪は眉にかかるほど伸ばしてるし、何よりも凄まじく端正な顔つきをしていた。

目は大きくてパッチリしてるし、子供のくせに鼻筋も綺麗に通っている。

まだまだ小さな歯で、一生懸命に肉を噛み締めている。


「食えって。」


未だに呆然としていた母親の男に向かってナイフを使って指図してやった。


「え?あぁ、はい。」


それからしばらくは無言で料理を食べた。

カリブーってのが何なのかは知らないが、とりあえず旨いことには違いない。

途中、ルイーダに旨いか尋ねると、満面の笑顔で頷いていた。



「あぁー、食った食った。おやじ、ご馳走さま。」

「めっちゃ美味しかったよぉー♪今度あのソースの作り方教えてぇー。」


「へえ、ありがとうございます。ご満足頂けて何よりです。」


腰が引けてるのは気のせいじゃないな。

店主は怯えた感じで食べ終えた皿を下げると、食後のコーヒーを置いてから去っていった。

コーヒーに砂糖を入れていると、母親の男が口を開いた。



「あの、何か私達にできることはありませんか?ご恩返しがしたいのですが。」


「そんなんいいよ。」


「いえ、それでは私の気持ちが。」


「いいって。あんたらにも色々と事情があるんだろ?恩だなんて思わなくてもいいよ。深くは聞かないけど、あんたが母親代わりをしてるのも何か理由があってのことなんだろうし、気にすんなよ。」


コーヒーを飲み終えると、俺は席を立って店主の座るカウンターへと向かった。

懐から取り出した財布の中の金を探っていると、店主が恐る恐るって感じで話しかけてきた。


「あんた方、気味悪くないんですかい?あの親子。」


「は?」


「連中、たまにフラッと現れてはああやって旅人にたかってるんですが、どこからやってくるのかも分からないし、それに、あんな女男、気色悪いったらありゃしないですよ。」


「あぁ、そういうことか。」


俺は料理の代金に少しのチップを上乗せすると、3人の待つテーブルへと戻った。

立ったまま、自分の椅子の背もたれに体重をかけると、母親の男に問いかけた。


「そう言えば、ひとつだけ聞いていいか?」


「なんでしょうか?」


「この島に神殿があるはずなんだけど、知ってるかい?」


「ええ、もちろんです。この村から島の中心に向かって1日歩いたところに。」


「分かりやすいかな?」


「はい。この島はほとんど平坦ですし、寒さ故に樹木も育ちませんから、ただ真っ直ぐに歩くだけです。」


「そりゃいいや。ありがとうな。」


俺はルイーダの肩を叩いた。

それに合わせて立ち上がると、コートを着込み始めた。


「あんたら、家はあるんだろ?」


俺もコートを羽織りながら、まだ椅子に座ったままのふたりに向けて言った。


「はい。それは大丈夫です。」


「なら良かった。あんまり無茶するなよ。」


「じゃあねぇー。」


酒場を出ると、突き刺さるような冷気に襲われたが、腹が満たされてるだけに少しだけ暖かく感じていた。


「1日だとよ。」


「この格好なら余裕だねぇ。」


「一応何日か分の食料は確保していくか。」


「その保険のかけ方、不吉なんですけどぉー。」


時刻的には既に夜なのだが、周囲は昼間のように明るい。

世界は不思議だ。

俺達はちらつく雪を眺めながら宿に戻っていった。






翌朝、日の出の時刻頃に村を発つことにした。

夜がないとは言え、やはりこの環境での野営は避けたいところだからな。

昨晩、宿に戻る前に買い込んだ荷物を纏めてから自室を出ると、ルイーダも丁度部屋から出てきたところだった。


「おっはよぉー。」


「おう、おはよう。」


もう何年も一緒に旅をしてるのに不思議だよな。

こうやって朝の挨拶だけは必ずするもんだ。

チェックアウトを済ませて宿を出たところで、俺達は足を止めた。



「おはようございます。」



そこに立っていたのは、昨日の親子だった。



「どうしたんだ?」


「私達が神殿にご案内します。」


「いや、いいよ。魔物も出るだろうし。」


「せめてものご恩返しです。」


「いやだからそれはいいって。」


「あなた方は雪上での長旅には慣れてないとお見受けします。私達に安全な道をご案内させて下さい。」


母親の男の顔は真剣そのものだった。

なんかよく分からないが、鬼気迫るものすら感じる。

俺がルイーダの顔に視線を移すと、ルイーダも俺の顔を見上げていた。


「いいんじゃない?この人達に雪道の歩き方を教えて貰おうよぉ。」


「分かった、じゃあお願いするか。だけどな、案内させて下さい的なのはやめてくれよな。俺達がお願いして教えて貰うんだからな。」



母親の男はにっこりと微笑むと、俺達について歩き始めた。





つづく。


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