海賊③
俺達は開拓者の街の側にある海岸に船を泊めたまま、数日を過ごしていた。
「そう言えば、お前ら、その神器を納めるたの神殿ってのがどこにあるのか知ってるのか?★」
「知らん。」
「知らなぁーい。」
ロシツキーの問いかけに、俺達は即答だった。
よく思い返してみたら俺達が神器を集めるようになったのも、クリスティアーノの手伝いをしてたからであって、特に自分達で始めたわけじゃない。
なんならこの神器を使って不死鳥を甦らせるって話だって又聞きだし、本当にそうなるのかも分からないんだよな。
「知りもしないのに集めて何をどうするつもりなんだ♪お前らバカだな♥️」
「船長に言われるとすげぇ腹立つな。」
「バカって言う奴がバカなんだぞぉ。」
「今回に関しては負け惜しみにしか聞こえないから怒りは沸いてこないぜ♣️ふふん!♦️」
偉そうに腕組みして顎を上げる。
俺、見下してますよ!ってポーズだ。
ちくしょう。ムカつくな。
言い返せないから余計にムカつく。
「つーか、ふたりともそんな不確定情報を基に今まで命懸けてたんですかい?マジでバカすぎて逆に尊敬しまさぁ。」
言われれば確かに。
更に言ってしまえばだ、
どういう方法かは知らないが、これを集めたら南西の大陸に侵入できるって情報。
これが本当なのかすら定かじゃないんだよな。
ツッコまれればツッコまれるほど、俺は自分がやってることが実は本当にすげぇバカなんじゃないかと不安になり始めていた。
そんな俺の肩をルイーダがポンと叩いた。
「私達、めっちゃバカかもねぇ。」
何故かものすごく渋い顔を作りながら言ってのけた。
「だっはっはっ♠️なんだその顔!★まぁいいや、どーせ俺達も特にやることないし、神殿探しも付き合ってやるよ♪」
「え?いいのかよ。今度こそ故郷に帰るんじゃないのか?」
俺は本気で驚いていた。
開拓者の街まで連れてきてくれたのは、旅の途中でルイーダを置いてきたことに関わっているからであって、ロシツキー達に縁があるのはここまでだと思っていたからな。
実際、魔物退治の目的なんて、海賊達には全く関係のない、俺達の都合でしかないんだ。
「いや、マジで構わないんでさぁ。どうせ故郷に戻ったって、本当に城暮らしで警護にあたるくらいだし、何だったら戻ったら俺、この人の家臣になっちまいやすわ。
今ですらでかい顔されて面倒なのに、王族と家臣の関係に戻ったらって考えるとやってらんねぇんでさぁ。」
「おいてめぇ、はっきり言ってんじゃないぞ♥️本人目の前だかんな♣️まぁでもよ、俺もこいつに堅苦しい敬語使われたりだなんだはこそばゆいのは違いない♦️
ま、トマシュに任せておけばあそこは安泰だし、適当にやってくさ♠️」
笑い合うふたりを見て、俺は妙に納得していた。
こいつらの関係はもはや戦友以外の何物でもないんだろう。
ふたりはふたりの好きな道を選べばいいだけだよな。
「分かった。そしたら、神殿探しに協力してもらえるか?」
「おうよ★んで、なんか心当たりもないのか?♪神殿の場所を知ってそうな奴とかよ♥️」
「そうだな。」
俺はクリスティアーノと旅をしていた頃のことを思い出していた。
あいつ、何か言ってたかな。
覚えてるのは、あいつがプロテイン割りの酒を飲んでいるところとか、夜な夜な筋トレしてるところとか、それが祟って偉い人の話の最中は必ず寝るところくらいだった。
何か言ってた気がしないでもないが、全く思い出せなかった。
と言うわけで、俺はルイーダの顔を見た。
「ん?エジルも食べるぅ?」
いつの間にやらどこからか持ち出したイカリ豆の菓子の皮を剥いた後、一粒俺に差し出した。
俺は掌を広げた。
「くれ。」
「くれ。じゃねぇんだよ!♣️なにいきなり団欒してんだよ!♦️バカか!♠️」
「こいつら、なんかイメージ変わりやしたねぇ。もっと真面目な感じしてましたわ。」
「バカって言う奴がバカなんだぞぉ。」
「繰り返してんじゃない!★」
「でっへっへぇー。あー、飽きてきちゃったぁー。そしたらさ、ジーンいこうか。ジーン。」
「ジーン?♪」
「誰でさぁ?」
「ああ、ジーンか。そういう発音すんのか?あれ。」
そう言えばクリスティアーノが言ってたな。
そこで不死鳥伝説と神器について聞いたんだったな。
「確か、中央大陸の山脈だって言ってたよな。」
「そぉ。行くのめっちゃくちゃ面倒そうだけどねぇ。」
「中央大陸の山脈?確かその辺りはなんだかっつー宗教団体の総本山があるんじゃねぇですかい?」
「ああ、そうだったな♥️
って、おい!♣️そりゃ寺院だろうが!!♠️紛らわしい言い方すんな!★」
「どぅっへっへぇー。」
「こいつら、この先やってけんのか?♪こんなバカなことばっかり言ってて♥️」
「まぁいいんじゃねぇんですか?前の殺伐とした感じよりゃマシに思えまさぁ。」
ルイーダが次から次へとイカリ豆を剥いては俺の手に乗せてくる。
「お前も食えよ。」
「えー?いいのぉー?」
いくつかの豆をルイーダの掌に戻してやると、それを口に放り込み、旨そうに笑顔を浮かべてご満悦だ。
それを見てかなのかは知らないが、ロシツキーは頭を掻きながら顔を下げた。
「なんだかなぁ・・・ってかお前ら、俺にもよこせよな!♣️
あーあ、野郎共♦️出航するぞ♠️」
「あいあいさー!」
つーわけで、俺達は一路、中央大陸を目指すことになった。
こっからは相当な距離がある。またもや世界半周くらいの距離感だ。
ヴァンデルンがもっと都合のいい術だったら良かったんだけどな。
久々に登場する名前だから忘れてるかもしれないが、ヴァンデルンってのは移動術だ。
一度行ったことのある場所に瞬間的に移動するやつな。
そこまでの長距離は飛べねぇし、運べる人数も限られてるし、ましてや船を運ぶなんてできねぇ。
あの術を開発した奴がどんな想定で作ったのかは知らねぇけど、もっと色々な環境での使用を考えるべきだったと俺は思う。
実際、旅に出てからというもの、あの術を使ったのは一度しかねぇからな。
そんなことを思いながら、俺は船のマストを張る作業に加わった。
船出から半年が過ぎ、ようやく船は中央大陸南部に到達した。
目指す山脈は、南部の熱帯地域から上陸して半月ほど歩いた場所にある。
俺達は人里離れた海岸に船を泊め、いよいよ中央大陸に上陸することになったのだが、今回は船番に人員を割くことした。
開拓者の街では必要最低限しか残さずに手痛い目に遭ったからな。
更にはこれから進むのは険しい山脈。
世界で一番標高の高い山々の連なる、別名【世界の屋根】と呼ばれるところだ。
あまり大人数で進むのも逆に危険が増えるような場所だから、寺院には俺とルイーダ、そしてロシツキーとアルシャビンだけが向かうことになった。
この人数なら帰りはヴァンデルンの術で船に戻ることもできるしな。
とりあえず俺は近隣で一番大きな町に立ち寄ると、馬車を手配してから山脈を目指した。
標高の高い場所を進むのは確かに辛いが、そこまで困難な道のりじゃなかった。
ま、宗教団体の寺院があるくらいだから、人が通る道が用意されてるからな。
予定通り、きっちり半月後には俺達は寺院に辿り着いていた。
「思ってたよりすげぇな。」
その建物は草原の国に隣接する小国に統治されてる地区にあった。
隣同士だけあり、建築様式は草原の国と少し似ており、朱色の陶磁器の板を屋根に乗せた、漆喰と木で作られたものだったが、驚いたのはその規模の大きさだった。
かなり標高は高いと思われる山の中腹辺りに、大国の城と見間違うくらいに立派な建物が鎮座していたのだ。
人はここを【転生の神殿】と呼ぶらしい。
「世界中から、生き方を改めたいって人が巡礼に訪れるって話だぜ★」
「生き方を改めたい?」
「今までの人生を捨て、生まれ変わったつもりで一からやり直すための精神修行をさせてくれるんだとよ♪職を変えたり、家族と離別したり、そういう人生の転機を迎える時にここに来るらしいな♥️」
「ふーん。人生やり直すのに修行をすんのか。なんか面白い感覚だな。」
「誰も彼もが強い人間ばかりじゃないってことでさぁ。逃げるのにも前に進むのにも、胆力や気力は使いやすいからね。」
「おーし、私も人生やり直す時にはここにこよぉーっと。」
「お前が言うと無意味に深くてなんか戸惑うな。」
「でへぇー。」
寺院の本殿に足を踏み入れると、目の前には巨大な像が置かれていた。
人間の形はしているが、大きさはその10倍。
頭にイボイボしたものをつけ、目を瞑って座禅を組んでいるように見えた。
俺達がその像を眺めていると、どこからともなく現れたのは若い僧だった。
「旅のお方、よくぞ参りました。何をお望みか?」
なんとも芝居がかった声を出すもんだ。
鼻にひっかけて、わざと少し高くして話してる感じ。
「不死鳥伝説について知ってる人に会いたいんだが。」
俺の言葉に、ハッとした表情を作ると、僧はついてくるように促した。
俺達が案内されたのは、本殿の脇に隣接する精舎だった。
応接間なのかな。光沢のある大きな円テーブルが中央に置かれた部屋に通されると、少し待つように言いつけられた。
しばらくすると、まだ子供の僧が飲み物を運んできた。
子供の僧はルイーダと目を合わせると、恥ずかしそうに頬を赤らめすぐにどっか行ってしまった。
緑色の透き通った飲み物を飲み干した頃、ゆっくりとした足取りでようやく現れたのは年老いた高僧だった。
あまりにゆっくりすぎて亀か牛かと思うくらいゆっくりだった。
「不死鳥伝説について聞きたいとな?」
「ああ。俺達、神器を集めたんだ。だから神殿の場所を知りたくてここに来た。」
俺が台詞を言い終わるのを待たずに高僧は椅子を蹴って立ち上がった。
「神器を!?」
「お、おう。」
先程までのスローな動きは演技か。
と思うくらいに勢いが良かった。
なんかあれだな。この寺の人達は、なんか面白いな。
それっぽい理想の僧侶像かなんかを頑張って演じてる感じがした。
「それは誠か。誠なら見せて頂けんか?」
高僧の所望を受け、ルイーダがポーチの中から4つの環っかを取り出すと、丁寧にテーブルに並べて見せた。
環っかは揃った時からずっと共鳴しており、淡い光を放ち続けていた。
高僧はそのひとつを手に取ると、まじまじと眺め始めた。
「おお、これが。初めて見た。今まで散々、色んな勇者に神器のことを吹き込んできたが、本当に持ってきたのは初めてじゃ。」
「あー、そういうことね。」
なるほど。
とりあえず立ち寄った奴には全員教えてたわけか。
クリスティアーノが選ばれし者ってわけじゃなかったんだな。
「つうわけで、集めたんで神殿の場所を教えてくれねぇかな?」
「ほいほい。ちょっと待っとれよ。」
言いながら、高僧は隣の部屋に消えていった。
引き戸の向こう側からなにやらゴソゴソと音がする。
「なんか割りと軽い感じだな♣️」
ロシツキーは頭の後ろに手を回すと、椅子を傾けてグラグラと遊んでいた。
「待たせたの。」
戻ってきた高僧の頭には、クモの巣がへばりついていた。
再びテーブルにつくと、手に持った古びた本を広げた。
「えーっと、おお、ここじゃ。
なになに?不死鳥の神殿は、極北に位置する氷に覆われた島にある。だそうじゃ。」
「極北?♦️するってーと、あの島か?♠️」
「でしょうね。」
アルシャビンとロシツキーが互いに顔を見合わせた。
「知ってんのか?」
「まぁな★あそこだとしたら、けっこうすぐ着けるぞ♪」
「なら話は早いな。ちなみになんだが、」
俺は高僧に視線を戻した。
「不死鳥って、本当にいるのか?」
「分からんのぉ。ただ、この本によると、100年前に魔王と戦った不死鳥の騎士団と共に旅をした。と書いてある。」
「マジか。すげぇな。」
「お友達ぃー?」
「なわけあるか。100年前っつてんだろ。アカデミーの歴史の授業で最初に習う、有名な伝説の勇者達だよ。てかこの話一回しなかったか?」
「興味ない話は覚えてませぇん。」
「あ、そー。」
というわけで、非常にさっくりと目的地が分かったところで、俺達は寺院を後にした。
半年以上かけて辿り着いたのに滞在時間は正味、1時間程度。
なんだろう、この時間の無駄遣い感。
寺院を出ると、俺は皆を連れてヴァンデルンの術で船へと戻った。
それから再び海に乗り出したのだった。
さて、それじゃあ極北の島に向かう。
なんか今日は説明だらけだな。
極北の島は、中央大陸の北側に位置している。
大陸を東回りで迂回して目指すことになった。
大体ここからは2、3か月ってとこか。
船は何度か補給を重ねながら、草原の国の最北端の町に立ち寄った。
その頃には、周囲の気温も大分冷たくなってきており、いよいよ北国に乗り込むことを予感させていた。
「さて、ここが最後の補給ポイントだ♥️こっから先はとんでもなく寒くなるからな♣️食糧以外に防寒具も揃えないといかん♦️」
そこは、地図上ではまだまだ南。
極北に到達するには一月以上かかる場所だった。
「なんでこんなところで?まだ町はあるだろ?」
「ほら、ここから先は帝国領なんでさぁ。」
そうか。
帝国領の町には立ち寄れないからな。
俺達は寒さに備え、海獣の毛皮で出来たコートだったりを揃えるために町に出向いた。
ルイーダがめちゃくちゃ高級な白銀熊のコートを欲しがったのが面倒だった。
しかも俺に金を払えと言いやがる。
察しが良い人なら分かると思うが、開拓者の街を出てから約1年間。
どう考えてもルイーダは相当な金を貯め込んでるに違いない。
にも関わらず、俺にたかるそのセンスには呆れるを通り越して畏敬の念すら抱かざるを得なかった。
と、そんな感じで俺達が買い物をしていると、向かいの店でロシツキー達が買い物をしているのが目に入ってきた。
そこは武器屋だった。
まぁ、特に珍しいことでもないし、俺は気にも留めずに高価なコートを試着するルイーダを置いて店を後にした。
数日間の滞在の後、遂に船は帝国領に侵入することになった。
別に特におかしなことも起こることはなく、航海は順調だったし、このまま島に辿り着くのは時間の問題だった。
その日の夜のことだった。
俺はいつものように、大部屋で皆と共にハンモックで仮眠をとっていた。
見張りは常に持ち回りで、2日に一度、1時間毎にひとりずつ担当することになっていた。
その夜は、俺の当番がくる日だった。
ウィルシャーが俺のハンモックを揺すった。
俺は目を覚ますと、準備を整えた。
「かなり寒いぞ。完全防備していけよ。」
「分かった。」
他の連中を起こさないように細心の注意を払いながらコートを着込むと、大部屋を後にした。
甲板に出た途端、身を切り裂くほどの冷気に襲われた。
俺は身を震わせると、コートの襟を立ててから、マストを登り始めた。
高いところは更に風がよく通る。
目を開けているのも辛いほどの強風に辟易した俺は、ゴーグルを下ろしてから見張りを開始した。
その日は曇りで、月もたまに顔を出すくらい。
時折、雪なんかもちらつき始めていた。
今まで長いこと見張りをしてきたが、大体は何も起こらない。
ごく稀に夜行性の魔物に攻撃されることはあったけど、ほとんどトラブルなんてなかった。
だからかな。
俺は少し油断していたのかもしれない。
無心で暗闇の荒海を眺めていた。
その時だった。
視界の端に、光を捉えた。
次の瞬間、船体が大きく揺れたんだ。
俺は危うく見張り台から落ちそうになるものの、なんとか縁を掴んで体を繋ぎ止めた。
光が放たれた方に振り返ると、そこには真っ白い塊があった。
流氷にぶつかった?
一瞬そう思った。
だが違った。
暗闇に浮かび上がる白い塊は、船だった。
帆にはドクロの両脇に翼を広げたマークか描かれている。
認識した瞬間、再び閃光が走ったかと思うと、海面から水柱が上がり、船体が大きく揺れた。
「海賊船だ!!」
俺が伝令管を怒鳴りつけた頃には、既に甲板には海賊達が飛び出してきていた。
「なにやってんだ!?見張りは誰でさぁ!」
暗闇からアルシャビンの怒号が聞こえた。
俺は直ぐ様、マストのロープを滑り降りた。
「すまねぇ!」
「エジルか、バカ野郎が!」
アルシャビンの一喝が飛ぶと同時に、背後の扉からロシツキーがコートを羽織りながら現れた。
「お頭!あれ!」
アルシャビンか指差した方向に向かってロシツキーが身を乗り出した。
「ホワイトハートレーン号でさぁ!」
「くそ♠️厄介なのに見つかったぜ★
総員戦闘準備!!♪迎え討つぞ!!♥️」
「あいあいさー!」
全員一斉に持ち場に向かって駆け出した。
「すまねぇ、マジで気が付けなかった。俺のせいだ。」
「気にするな♦️気が付いたとしても奴らに出くわしたら簡単には逃げ切れない♠️」
「なんなんだ?あの白い船は。」
「私掠船だ★帝国のな♪勝手に抜けた俺達を追ってたんだろう♥️
右舷、弾幕を張れ!♣️これ以上近付けんなよ!!♦️」
俺のことには目もくれず、ロシツキーは指示を出しながら走り回っている。
「すまん!俺も戦う!」
そう言った瞬間だった。
ロシツキーが不意に振り返った。
「エジル♠️ルイーダを呼んでこい★」
「ルイーダ?なんでだよ。足手まといだぞ。」
「救命挺を下ろせ♪ここはもう極北の島の目と鼻の先だ♥️
ここからなら小舟でも辿り着けるはずだ♣️」
「いや、意味が分かんねぇぞ。」
「分からないか?♦️お前らはクビだっつってんだよ♠️」
「は?ふざけんなよ!」
「海戦じゃあお前らは役立たずなんだよ!★さっさと行っちまえよ!♪」
ロシツキーが怒声をあげた瞬間だった。
俺達のすぐ側に砲弾が着弾し、甲板の一部が吹き飛ばされた。
火の手があがり、俺達を照らし出した。
「さっさと行け!♥️お前らまで捕まったら誰が魔物をやっつけるってんだ!♣️行け!♦️行けよ!♠️」
船室の扉が勢いよく開くと、中からルイーダが駆け出してきた。
その手には、自分と俺の荷物がしっかりと抱えられていた。
「準備完了でさぁ!」
アルシャビンの声と共に、左舷から何かが水に叩きつけられる音が聞こえてきた。
「エジル!行くよ!」
すれ違い様にルイーダの腕が俺の首を思い切り刈り取った。
あまりの勢いに俺の体は派手にぶっ飛び、甲板から海へと放り出された。
「っざけんな。」
宙を舞いながら、俺は全力で毒づいた。
しばらく落下してから体を打ち付けられたのは、着水した救命艇の上だった。
小舟に倒れ込んだ俺の頭上から荷物が降ってきて、腹の上に直撃する。
ルイーダめ。
いくらなんでも粗暴すぎるだろうが。
それに続いてルイーダ本人も海賊船から飛び降りると、華麗なまでの身のこなしで救命艇に着地した。
「せんちょー達の気持ちを無駄にしないの!」
文句のひとつでも言ってやろうかと頭をあげた途端、逆にルイーダに叱責された。
「るせぇ!」
俺は跳ね上がるように上体を起こすと、船を見上げた。
ロシツキーの船の背後には、巨大な白いホワイトハートレーン号が至近距離まで迫っていた。
凄まじい音が響き渡った。
何か固いものが裂けるような激しい音。
俺達の船の横腹から白い衝角が突き出した。
「エジル!ボーッとしないの!このままじゃ巻き込まれるよ!」
そう言いながら俺の背中を叩いた。
今にも泣きだしそうな声をあげながら。
「くそっ!」
腹を括った。
ルイーダの言う通りだ。
目の前で炎を上げる船の上では、ロシツキーが、アルシャビンが、メルテザッカーが、ポドルスキが、レーマンが。
皆が戦っている。
だけど、皆、俺達に手を振ってる。
戦いながら、手を振ってるんだ。
両手を胸の前で合わせた。
「そうだよ!」
ルイーダが俺の背中にしがみついた。
「せんちょー達は負けないから!また生きて、一緒に冒険するから!」
「あぁ、また一緒に冒険しようぜ。」
俺は力ある言葉を発した。
「ヴェルウィント!」
ぶっ飛んじまうほどの突風に押されながら、俺達を乗せた救命艇は真っ暗な大海に勢いよく飛び出した。
グングンと、グングンとスピードをあげていく。
振り返らない。
海面に映る赤い炎が遠ざかっていく。
俺は、俺達は振り返らない。
「いっけぇー!エジルぅー!魔力が尽きるまでぶっ飛ばせぇー!」
ルイーダの声が闇夜に吸い込まれていった。
新訳・エジルと愉快な仲間
第二部
海賊と俺
おしまい。




