ガーゴイル
俺達が、灰色の肌を持つ子供ほどの大きさのガーゴイルの大群とかち合ったのは、大通りを町の中ほどまで到達した頃だった。
耳まで裂けた口からは牙が剥き出しで、彫りの深い額の下には真っ赤に燃え上がるふたつ目が爛々と輝いている。
頭髪はなく、額の上からは一本の角が生え、尻からは長い蛇みてぇな尻尾を垂らしている。
筋肉質の体は衣服をまとわず、背中からは一対のコウモリみたいに皮膚が膜のように伸びた羽を生やしていた。
伝承に出てくるような悪魔ってのは、こいつらをモデルにしてるんだろう。
かなり前を走るアルシャビンに、二体のガーゴイルが襲いかかった。
アルシャビンは一体の鉤爪での一撃をサーベルで受け止めると、空いている左腕で奥の一体の頭を消し飛ばした。
受け止めていたガーゴイルの腹に蹴りを食らわせると、弾き飛ばされたそいつを一刀のもとに切り伏せた。
「かかってこいよ!クソが!」
その言葉に誘われるように、更に数体のガーゴイルがアルシャビンに襲いかかった。
アルシャビンがその場に足止めされたのは、俺にとっては絶好の機会だった。
一気にアルシャビンへと距離を詰めると、上空から炎を球を吐き出そうとしていた個体に向けて、突風を放った。
「ヴァクーム!」
俺の放った突風はガーゴイルにぶつかると、そいつの皮膚をズタズタに切り裂いた。
薄い皮膚のような翼はたったの一撃でもぎ取られ、そいつはあっけなく空を飛べなくなった。
俺は地面に落っこちたそいつの心臓めがけて剣を突き刺すと、アルシャビンに向けて声を上げた。
「ばか野郎!勝手に行くんじゃねぇ!」
急降下するガーゴイル達をサーベルでなぎ払い、更に他の個体の頭部をもぎ取りながら、アルシャビンが俺に振り返った。
「こいつら、一匹残らずぶっ殺してやる!!」
「分かってる!分かってるから、冷静になれ!」
俺は目の前に迫ってくる奴を切り捨てると、アルシャビンの肩を右手で掴んだ。
「俺のせいだ!俺が、俺があの時逃げなければ!」
アルシャビンは、喉が張り裂けんばかりの声を張り上げた。
自分を責めるな!
そう声をかけるべきなんだろう。
こいつの気持ちは痛いほどよく分かる。
だが、そんな言葉、こいつにとって何の気休めにもならないことは分かっている。
この光景を見せられちゃ、俺が同じ立場だとしても自分を責めただろう。
俺は周囲を取り囲む、木の柱に視線を巡らせた。
男も女も、老いも若きも関係ない。
烏に食い漁られ、朽ち果て、見るも無惨な姿の人々が俺達の方を悲しげな目で見つめていた。
「てめぇら無事か!?★」
ようやくロシツキー達が俺達に追い付いてきた。
しかしその頃には俺達は、ガーゴイルの大群に地上からも空からも、完全に包囲されてしまっていた。
俺達17人は、背を突き合わせるようにしてそれぞれの得物を構えると、ガーゴイルの特攻に備えて身構えていた。
「俺が道を開く。そしたら全員で城に走るぞ。」
いつ襲いかかろうかと機を見計らうガーゴイル達から視線を逸らさず、俺は背後のロシツキーに話し掛けた。
「ダメだ♪」
返ってきたのは予想外の答えだった。
「お前の術、と言うか、お前は俺達の主力のひとりだ♥️こんなとこで消耗させられねぇ♣️」
「温存なんてしてる場合か!」
「温存は必要だ♦️この先どんな魔物が出てくるか分からないんだからな♠️」
「じゃあどうすんだよ!?」
「こうすんだ★」
そういうと、ロシツキーはエストックを鞘に納め、俺の前に歩み出た。
腰を深く落とすと、鞘に納めた剣の束に手をかけた。
次の瞬間、俺達の目の前にいたおびただしい数のガーゴイル達の体は真っ二つに切断されていた。
凄まじい速さの抜刀術。
抜いた剣が真空の波動となって、魔物達もろとも大気を切り裂いたのだ。
カチリと再び剣を鞘に納めると、ガーゴイルの群れはバラバラと崩れ落ちていった。
「マジか。」
俺は唖然として思わず声を漏らした。
「漁師の剣をなめるなよ♪」
ロシツキーが涼しげな視線を俺に向けて流して見せた。
「ふざけんな!全っ然かっこよくねぇからその台詞!てか、てめぇ俺とやった時に手ぇ抜いてやがったな!」
「人間相手に使っていい技じゃないから!♥️」
俺の全力のツッコミに、ロシツキーは顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「お頭達!遊んでる場合じゃないっす!早く!」
「おっと、そうだった♣️」
コクランに諌められ、俺達は我に返って再び走り始めた。
ロシツキーの渾身の一撃で、ガーゴイルの群れにはぽっかりと穴ができた。
魔物達もあまりの出来事に怯んだらしく、俺達に襲い掛かるタイミングが遅れていた。
その隙を突き、俺達は一気に魔物の群れを引き離しにかかった。
「殿は俺が務める!♦️野郎共、前だけ見とけよ!♠️それとエジル、お前は無駄遣い禁止だからな!★」
くそムカつくこと。
さっきから格好ばっかりつけやがって。
今考えると、俺はこの時そんなことばかりを気にしていた。
随分と余裕があったもんだよな。
だが今更言っても始まらねぇ。
とにかく俺達は、全速力で城を目指して大通りを突っ走っていったんだ。
アルシャビンを先頭に、そして俺を取り囲むように海賊団の面々が、最後にロシツキーがそれに続いた。
ガーゴイル達が次から次へと襲いかかってくる。
流石にロシツキーとアルシャビンが集めた精鋭だけある。
コッシーが、コクランが、ラムジーが、ベジェリンが、ウィルシャーが、チェンバーズが、ソングが、ラカゼットが、ムヒタリヤンが。
それぞれが迫り来る魔物を打ち倒していく。
皆が皆、怯むことなく立ち向かっていく。
ひとりだけを除いては。
俺はさっきからずっと気になっていた。
俺の隣を走る大男を。
「メルテ、大丈夫か?」
それは、誰よりも早くこの町の異変に気が付いたメルテザッカーの様子だった。
俺達と共に走ってはいるが、明らかに動きが鈍い。
体も大きいし、長く走るのには向いてないのかもしれない。
しかし、それ以上に町の様子に精神をやられてしまっているんじゃないかという疑念が俺の頭を過っていた。
「エジル、おでは、おではもうダメだど。臭いが強すぎるど。あ、頭が、頭が痛いんだど。」
「しっかりしろ!足を止めるな!きつかったらこれを口に当てとくんだ!」
走りながら、俺は鞄から手拭いを取り出すとメルテザッカーに差し出した。
「ダメなんだ!そんなんじゃおでの鼻は誤魔化せないんだ!もう、おでは、息が、できない!」
そうこぼした直後だった。
メルテザッカーは何かに躓いたようで、ぐらりと体勢を崩した。
「危ねぇ!」
後ろを走っていたベルメーレンの声が聞こえてきた。
「捕まれ!」
俺はメルテザッカーの巨体の下に体をねじ込んだ。
倒れるのは何とか阻止し、後続もすぐに反応して将棋倒しになるのも免れた。
しかし、そのままメルテザッカーは膝をついてしまったんだ。
「エジル、メルテ!♪城は目の前だ!♥️もう少し堪えろ!♣️」
立ち止まった俺達を守るように海賊達は陣形を取り直した。
これを好機とばかりに、再びガーゴイル達が群がってくるのが見えた。
しかし、群がっては来るものの、先程みたいに考えなしに突っ込んでくる気配はない。
「お頭の剣を警戒してるんじゃねぇですかい?」
誰かは分からなかったが、そう呟く声が聞こえた。
確かに、ガーゴイルはある程度の距離を保ったまま、俺達の周囲を行ったり来たり繰り返していた。
「攻めてこないなら好都合だが・・・♦️」
ロシツキーが漏らした直後だった。
距離を取っていたガーゴイル達が一斉に口を開いた。
その口腔内に、炎の塊が生み出されていくのが目に飛び込んできた。
「やっぱりそうくるか♠️」
「お頭、こりゃやべぇわ。」
「あんな数の火の玉をぶっこまれたらひとたまりもねぇぞ。」
一斉に動揺が広がるのを感じた。
「おい、船長。」
支えていたメルテの体を丁寧に地面に下ろすと、俺はロシツキーの裾を引っ張った。
「どうした?★」
「この期に及んで温存なんてケチ臭いこと言うなよ?」
「何か手があるのか?」
「時間がかかる。全員伏せろ。」
俺の言葉を聞くや否や、海賊達はその場にしゃがみ込んだ。
「アイギス!」
力ある言葉と共に、俺達の周囲の大気が一気に集束し始めた。
渦を巻き、俺達全員を包み込んでいく。
風の精霊術の大技のひとつ。
風の渦を作り、攻撃を防ぐ盾を形成する術。
ここまで多い炎を防ぐためには相当な厚みの風の層が必要だ。
そこまでの層を重ねるまでに間に合うのか。
異変を察知した魔物達が、遂に炎を吐き出した。
まるで炎の雨が降るように、無数の火球が俺達に降り注いだ。
凄まじい爆音が響き渡った。
俺達の頭上で、もうもうと上がる黒煙が目に入ってきた。
どうやら間に合ったらしい。
風の渦は煙をかき消しながら、俺達を包み込んでいた。
俺が安堵のため息をついたその時だった。
焦げたような臭いが鼻をついた。
「メルテ!」
つづく。




