クペの実①
誰かがメルテザッカーの名を叫んだのが聞こえた。
俺はメルテザッカーに視線を移し、そして戦慄した。
メルテザッカーの背中から、頭上と同じような真っ黒い煙が上がっていたのだ。
「メルテ!」
俺もその名を叫んだ。
間に合わなかった。
層の薄い場所を火球が突き抜けた。
それが運悪く、倒れていたメルテザッカーに直撃したんだ。
苦悶の表情を浮かべるメルテザッカーを見て、ようやく俺は何が起きたのかを悟った。
「エクスプロージォ!」
俺は突発的にその術式を結び、言葉を放った。
俺達を包み込んでいた風の層が急激に膨れ上がり、まるで風船が破裂するかように爆散した。
風の爆発は炎を放ったガーゴイル達をズタズタに引き裂き、その肉堺を吹き飛ばした。
猛烈な爆風は更に広範囲に及び、止めをさせないまでも、その背後に控えていた連中もろとも遥か彼方に追いやってくれた。
「メルテ、しっかりしろ!♪」
ロシツキーの声が聞こえてきた。
「船長!メルテを連れて城まで走れ!ここは俺に任せろ!」
「分かった!♥️」
数人がかりでメルテザッカーを持ち上げると、海賊達は城までの残りわずかの距離を全速力で駆け出した。
が、しかし、ガーゴイル達もそう簡単には引き下がらない。
すぐに体勢を立て直すと、再び空を切り、俺達目掛けて襲いかかってきた。
「何度でもぶっ飛ばしてやる!」
俺は再びアイギスの術式を結んだ。
今度は多少の時間がある。
さっきよりも数段厚い層が形成される。
ガーゴイルの群れが風の層に突っ込んできた。
それを見計らい、
「アイギス!エクスプロージォ!」
力ある言葉を放った。
先程より更に強烈な爆発が、ガーゴイル達をグズグズに引き裂きながら空中に撒き散らした。
それと同時に、背後からロシツキーの声が聞こえてきた。
「エジル、もういいぞ!♣️お前も早く来い!♦️」
見ると、全員が城の正門の前まで到達しているのが確認できた。
踵を返し、俺も正門まで走った。
視線の先では皆、次々と場内に駆け込んでいる。
「早く来い!♠️魔物どもが追ってきてるぞ!★」
「エジル!早くしてくんなせぇ!」
ロシツキーとアルシャビン、ふたりが門扉から顔を覗かせて叫んでいた。
背後から、ガーゴイル達の羽音が聞こえてくる。
しつこい連中だ。
あれだけ吹っ飛ばしてもまだやる気満々ときてやがる。
俺は全力で駆けた。
目の前で、一体のガーゴイルが門扉目掛けて突撃して行くのが目に入った。
ロシツキーがそいつを切り伏せた。
しかし、更に次が襲いかかる。
そいつの次も、また更に違う奴が。
どんどん門扉に群がっていく。
俺は剣を抜き、そいつらを背後から真っ二つに叩き切ると、俺は扉に手をついた。
「エジル!早く中に!」
アルシャビンが扉の隙間から言った。
「すまねぇな。こいつら、まだ遊び足りねぇんだとよ。」
俺の肩口に、一体のガーゴイルが深々と牙を突き立てていた。
「エジル!」
「先に行っててくれ。俺はこいつらが遊び疲れるまで付き合ってから行くわ。」
そう吐き捨てると、俺は扉を閉じ、外側から閂を下ろした。
「アルシャビン!♪エジルの気持ちを無駄にすんじゃねぇ!♥️」
「だけどお頭!」
「俺達は先に進むぞ!♣️レーマン、メルテの様子をここで看てくれ!♦️何人か護衛でここに残れ!♠️他は俺に続け!★」
「あいあいさー!」
そんな会話が内側から漏れ聞こえてくる。
流石はバカ船長。
俺の意図をよく分かってらっしゃるわ。
振り返ると、俺はすっかりと悪魔みてーな気持ちの悪いチビッ子達に取り囲まれていた。
俺は肩口に食い付いたガーゴイルの頭を鷲掴みにすると、力まかせにひっぺがし、目の前で牙を剥いて威嚇する奴に向かって叩きつけてやった。
「船長がいるとよぉ、何かとうるせぇんだわ。温存だとか、無駄遣い禁止だとかよぉ。」
俺はアイギスの術式を結びながらガーゴイルに話しかけてやった。
「お前らには分かんねぇだろうけど、この術はほんの数発で俺のキャパを超えちまうんだけどな。」
どのくらいいるんだろうな?こいつら。
見渡す限り、ざっと数百ってとこか?
気持ち悪いったらねぇぜ。
ざわざわと蠢いてやがる。
しかも性懲りもなく、また汚ねぇ口いっぱいに炎を咥えてな。
ガーゴイル達が俺に向かって火球を放った。
「どこまでもつか、試してみたくねぇか?」
俺の前に張られた風の層が、大爆発を起こした。
どのくらいの時間が経ったんだろうか。
一度術式を結び、層を張り、爆発させるまで、溜めが長ければ数秒はかかる。
炎を防いで、それが途絶えたらこっちのターンだから、実際にはその何倍かの時間はかかってただろうな。
何発撃ったのかはもう覚えてない。
確か、10くらいまでは数えてたんだけどな。
途中から頭がボーッとしてきたし、体もダルくなっちまったから、数えるのが面倒になっちまった。
ぶっちゃけ、もうとっくに俺の魔力は尽きてたんだけど、何故だろう。
それでも撃てるんだよな。
何度も何度も。
次が最後かも、なんて思いながら。
俺の前で、風の層は爆発を巻き起こした。
空中に飛散したガーゴイルの肉片が、雹みたく勢いよくバラバラと落ちてくるのが見えた。
俺はがっくりと両膝をついた。
ここが限界らしい。
立ち上がることができなくなっていた。
体に力が入らねぇ。
俺は辺りを見回した。
「なんだよ、終わりまで、試せてねぇじゃねぇの。情けねぇ奴らだな。」
見える範囲の全て、どこにも。
あの汚ねぇチビッ子悪魔共の姿は消え失せていた。
グッチャグチャの肉片以外は。
掌を握ってみた。
動く。
どうやら限界はまだ先らしい。
面白いもんだ。
片膝をつき直し、俺は無理やり体を持ち上げた。
上手いこと力が入らないから、ぐらつく体を背後にあった門扉に背を預ける。
扉に支えられ、なんとか閂をあげると、分厚い木戸を引っ張った。
重いんだよ、ばか野郎。
ほんの少しだけ戸が開くのが見えた。
俺はそのほんの少しの隙間に、肩から体をねじ込んだ。
その瞬間、内側から何かに体を掴まれた。
とてつもない力だ。
俺は抗うこともできず、そのまま扉の中に引きずり込まれた。
城内の床に叩きつけられ、背後で戸が閉まる音が聞こえる。
俺はすぐ立ち上がることができず、冷たい床に頬をつけたまま突っ伏していた。
「エジル!お前、よく無事で!」
聞こえてきたのはポドルスキの声だった。
「お前、もう少し、丁寧に扱えよ。」
俺は突っ伏したまま、ツッコミを入れた。
「え?なんだって?大丈夫か?怪我はしてねぇか?」
が、残念ながら俺のツッコミはポドルスキには届いていなかった。
思っている以上に声が出ていないらしい。
「どれ、看せてみろ。」
近寄ってきたレーマンとポドルスキの二人に仰向けにさせられ、肩口の傷に液体をぶっかけられた。
「痛むか?我慢しろよ。魔物に噛まれたんだ、どんな毒を持ってるか分かりゃしねぇし、しっかりと消毒はしとかねぇとな。」
「そりゃいつも飲んでるただの酒じゃねぇか。」
「がはは!そんだけ減らず口叩けりゃ心配ねぇや!」
レーマンが爆笑しながら俺の腹に拳を叩きつけた。
力が入ってねぇ腹への一撃。
くっそみたいに痛かった。
改めて周囲を見回すと、そこにはポドルスキ以外にベルメーレン、チェンバーズが残っていた。
皆、メルテザッカーと特に仲の良い連中だった。
「メルテは?」
レーマンが指差す方に視線を移すと、そこにはうつ伏せになった大男の姿があった。
背中は真っ赤に爛れ、皮膚は焼け落ち、肉が剥き出しになっていた。
しかし、その背中はゆっくりとだが、確かに上下に動いていた。
「なんとか即死は免れたが、予断は許さんわい。早いところ治療をせんと、このままでは・・・。」
「エジル、なんか便利な術でメルテを治せねぇのか?」
ポドルスキが俺の顔を覗き込んできた。
「精霊術は魔物殲滅のためだけに構築された、完全なる戦闘技術だ。回復とか、そんなんにはくその役にも立たねぇ。」
俺の言葉に、ポドルスキの顔から血の気が引くのが見て取れた。
本当なら一言毒づいてもやりたいところなんだろうが、流石に俺に怒っても仕方ないのは分かっているらしい。
悔しげな表情で唇を噛み締めていた。
「そんな顔すんなって。俺の鞄を取ってくれよ。」
俺は自分の腰の辺りに転がっている、いつもの鞄を視線で示した。
「これか?」
俺の体を少し持ち上げると、肩から鞄を抜き取り、俺の目の前に掲げて見せた。
「左の奥の方に、布の包みがあるはずなんだ。取ってくれねぇか?」
「ちょっと待てよ?どれだ?ん、これか?」
それは、青い布の包みだった。
「これが何だ?」
「こりゃ、これは世界樹の雫か!?」
布にくるまれていたのは、一房の小さな草の束。
それに目を落とした途端、レーマンが驚きの声をあげた。
「レーマン、そいつを噛みしだいてメルテの傷に塗ってやってくれ。」
「お前、なんだってこんな秘薬を?」
「もしものためにって、ルイーダに持たされてたんだ。初めて使うからどんだけ効くのかは知らねぇけど。」
「エジル。こりゃ、とんでもない治療薬だ!これがあればメルテは助かるぞ!」
「そりゃ良かった。いいから早くしてやれよ。」
俺はそのまま頭を冷たい床に預けた。
もう1ミリたりとも動けねぇ。
ただただ天井を見上げていた。
ロシツキー達はどうなったろう。
冷静になった途端、大きな後悔が襲ってきた。
もっと俺に力があれば。
こんな足止めだけで終わったりしなかったのに。
「おい、エジル。」
俺の意識が薄くなり始めた頃、突如としてポドルスキが話しかけてきた。
しかも妙にテンションが高く、声が踊っていた。
にやけ顔で俺の顔を覗き込んだ。
「これ、なーんだ?」
差し出したのは、小さな包み紙みてぇに見えた。
指差してるその先、包みには小さな字が書いてあった。
【エジルのおやつ。】
ルイーダの字だった。
俺は慌てて体を起こそうとしたが、ピクリとも動かせない。
そんな俺を見て、ポドルスキだけじゃなく、その場にいた全員が笑い声をあげた。
「世界樹の雫と一緒にくるまれてたぞ。
いいよなぁー、エジル。ママンに愛されてんなぁ。」
「るせぇ。」
動けない俺の頭上でポドルスキが包みを開けると、その中身は小さな実が数粒。
「ほう。」
レーマンが一粒掌に取ると、まじまじと見つめていた。
「こりゃクペの実か?」
「クペの実?」
「ああ。草原の国の奥地でしか採れないって貴重な実で、一粒食えば体力が戻り、二粒食えば気力がみなぎる。三粒食ったなら己の限界を超えた力が湧いてくるが、代わりに全身から血が吹き出て死ぬって代物だ。」
「すげぇ!そしたらこれを食えば、また全開で戦えるってのか!」
ポドルスキ達が歓声をあげた。
「・・・・・・。」
俺は無言を貫いた。
「優しいなぁ、姐さん。」
「無駄口叩いてないでさっさと食わせろよ。」
そう言った俺の口許に、ポドルスキがクペの実を近付けてきた。
「はいはい。じゃ、エジルちゃん、あーん。」
バカにしやがって。
しかし、そんなすげぇ物なら食わねぇわけにもいかねぇ。
俺はイライラしながら口を開けた。
放り込まれた実の殻はとても堅い。まるで木の玉を噛ってるみてぇだ。
なんとか殻を噛み砕くと、中からとてつもなく辛い汁がしみだしてきた。
あまりの辛さに涙が出てくる。
「エジル!姐さんの愛に感動して泣いてるのか!?」
「うるせぇよ!げほっ!すげぇ辛いんだよ!げほっ!見てんじゃねぇ!」
咳き込む俺を見て、またしてもポドルスキ達は爆笑していた。
それにしてもマジで辛い。
我慢して飲み込んだが、口の中だけじゃなく、食道も胃も、火がついたみてぇに熱くなった。
「ほれ、もう一粒だ。」
容赦なく次の実が口に放り込まれた。
我慢してもう一度噛み砕く。
するとどうだ?
今度は、とんでもなく苦い汁が口いっぱいに広がった。
「うぇ!」
あまりの味に俺は思わずエズいたくらいだった。
「吐くほど感動してるのか!?」
「み、水を、水をくれ。マジで吐く。」
俺は体を抱き起こされ、水筒の水を一気に飲み干した。
やっとの思いでくそまずい実を胃に流し込むと、俺は再びどっかりと横たわった。
親指の先くらいしかない小さな木の実を飲み込むだけでこの有り様だ。
逆に最後の体力を使いきっちまったくらいに疲れ果てた。
少しばかり目を閉じた。
するとどうだ?
目を閉じた瞬間から、みるみるうちに頭が冴えてくるのが分かった。
さっきまではどんよりとしたモヤが頭の中を支配していたと言うのに。
一気に晴れ渡り、気分まで爽快になっていく。
試しに指に力を入れてみた。
動く。
それもすんなりと。
さっきまで、全身をぴったりとした分厚い革の服で覆われていたような感覚が嘘みたいだ。
俺は勢いよく体を起こした。
「うおっ!?」
あまりにも突然に起き上がったからか、その場にいた全員が驚きの声をあげた。
「エ、エジル、お前、動いて大丈夫か?」
「あぁ、なんともねぇ。むしろいつもより調子がいいくらいだぜ。」
「早速実が効いてきたらしいな。」
レーマンが消毒用の酒を口に含みながら笑みを浮かべていた。
俺は立ち上がると、メルテザッカーの元へと歩み寄った。
背中には薄く引き伸ばされた世界樹の雫が満遍なく塗られている。
まだ傷口は生々しいが、ルイーダの持たせてくれたもんだ。
信じない手はねぇ。
「メルテ。お前の得物、借りるぜ。」
メルテザッカーの傍らに転がるロングソードを拾い上げた。
鞘に紐を通してから背中に担ぐと、俺はその紐を胸の前でしっかりと結び止めた。
「お前ら、メルテのこと、頼んだぞ。」
「あいあいさー!」
俺は城の奥を目指して歩きだした。
つづく。




