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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第一章・第二部【海賊と俺】
17/84

なぞなぞ②

ふたつ目のプレートにも、先程と同じように設問が刻まれていた。


再び松明の明かりでそれを照らすと、俺は声に出して読み上げた。








蛸壺にパパスタソプーロスの蛸が住んでいる。

蛸の足は1日経つと2倍に増える。


蛸壺の部屋は72個ある。

では、蛸の足が全ての部屋を満たすのに何日かかるだろうか?






「今度はやけに短い問題だな。」


俺の率直な感想だった。


「なんか簡単そうだな♪」


「パパスタソプーロスの蛸ってなんでさぁ?そんなもん見たことも聞いたこともねぇや。」


「あれだ、今回もどうせ例え話の嘘の名前だろ?」


「なるほどな♥️よし、今度は俺が考えてやる♣️72個の部屋を蛸足が満たすんだろ?♦️答は9日間だろ!?♠️」


「いや、違うんじゃねぇですかい?お頭。

倍に増えるんですぜ?

初日に8。2日目は16。その次の日は32。次は64。その次の日には128。つまり、4日とちょっとでいっぱいになっちまいまさぁ。」


「やるな、アルシャビン★なら答えは切りよく4にしとくか!♪」


意気揚々とロシツキーが石板を押したが、やはり扉はピクリとも動かなかった。


「なんでだ!?♥️」


頭を抱えるロシツキーを押し退けると、ルイーダが石板を押した。


3。


扉は砂埃を巻き上げながら、ゆっくりと天井に吸い込まれていった。


「なんでだ!?♣️3日じゃまだ32本だぞ!?♦️」


「パパスタソプーロスの蛸ってのは、足が18本あるってゆー、聖イケル神話に出てくる神獣のことだよぉ。だから、3日でちょうど72本ねぇ。」


「汚ねぇ!それは汚ねぇんでさぁ!!さっきは例えで、今回はその蛸を知ってないと解けないとか、性格悪すぎでさぁ!」


「そうだ、そうだ!♠️大体だな!★こんな・・・・」


そこまで言ったところで、ロシツキーは言葉を失った。

何故なら、ルイーダから立ち上る真っ黒くてドス黒い、暗黒よりも更に暗い漆黒のオーラに気が付いたからだ。

俺はそう解釈した。


「知らねぇからぁ。これ作った奴の性格なんて、私、知らねぇからぁ。」


「だ、だよな♪いやぁー、でもルイーダはすごいな!♥️すぐに分かっちゃうもんな!♣️流石、美人なだけはあるな!♦️」


「顔、かんけーねぇからぁ。」


「よし分かった。♠️すまん!★」




扉があった空間を潜り抜けると、目の前には壁が。

見渡すと、元いた通路に平行するようにして左右に通路が伸びていた。

しかし、今度のは見た目で明らかにカーブを描いているのが分かる。

やはりこの通路は内側の円に当たるんだろう。

ここまでくるともはや確定だ。

この地下道は、退魔の法陣で間違いない。

この円は左側を選んだ。

北に進む方向だ。

内側に進むにつれて歩く距離も段々と短くなってくる。

程なくしてルイーダが立ち止まった。図形で言うと真ん中の円の北端。内側の三角形の頂点と交わる地点だ。


そこにもお決まりに漏れず、金属プレートと数字の石板が埋め込まれていた。

俺はプレートの埃を手拭いで払おうと、松明の明かりを近付けた。

と、その時だった。


「いや、もういいよぉー。」


ルイーダが俺の脇腹を押して場所を開けるように催促してきた。

まったく、まだ怒ってんのかよ。

意外だな。

こいつはそんなに粘着質じゃないと思ってたのにな。

俺はどうしたもんかと思案しながら頭を掻いた。


25。


番号を押された石板が、ゆっくりと壁にめり込んでいくと、再度、壁の一部が浮き上がって天井へと向かって上昇していった。


「なんでだよ!?お前、問題すら読んでねぇじゃねぇか!」


これには突っ込まずにはいられなかった。

問題も読まずに答えが分かるわけないだろう。

それはいくらなんでもおかしい。

おかしすぎる。

こいつをして、あてずっぽうなんてあり得るわけないし。


「もう問題なんかいらなぁーい。全部の数字、分かっちゃったし。」


「どういうことだ?どんなカラクリだ?」


「よし、今度は簡単だから説明してやろぉー。」


言いながら、先程の地図を上着のポケットから取り出すと、地面に置いて説明を始めた。


「この退魔の法陣って、色んな神話とか伝承とかに登場しましてぇー、そのお話によって色んな脚色が加えられてるんですけどぉー。

せんちょー、ダビドシルバ叙事詩って知ってるぅ?」


「ダビドシルバ叙事詩?♪なんだそれ、知らねぇ♥️」


「今は帝国領になってる、大陸の北西側の地区に昔住んでたってゆー遊牧民族に伝わる口承文芸でしてぇー、だいぶ昔に失われていて今はもう知ってる人はあんまりいないみたいなんですけどぉー。

その第3章18節で語られてる物語では、退魔の法陣には16柱の聖人が当てはめられてるんよ。

この法陣の接点16箇所に、16人の聖人の力が籠められてると言われてまぁす。

んで、その聖人達にはそれぞれ守護天使がついていて、その天使達にはそれぞれ生まれた順番に番号が与えられているのでぇす。」


俺達が始めに通過した図書館の下を指差した。


「ここの守護天使の番号は200。んで、さっきの蛸の問題のとこね、ここの天使は3。

ここまで分かれば、まぁ後は法則通りの番号なんだろうなぁーってのが分かるから、今いるここは25かなぁ?と。で、実際打ち込んだら当たりだったんで、ここからはもう問題なんていらないってことですねぇー。」


俺は心底感心していた。

知識力、洞察力、思考力、その全てが高度に備わってなければ、この地下道を進むことは許されないって仕組みなのが分かった。

ルイーダはその全てを用いてこの難解な仕掛けをいとも容易く打ち破ってみせたのだ。


「お前、実はとんでもねぇ化けもんなんじゃねぇのか?」


「化け物ってのはぁ、目にも見えない速さで剣をチャンチャンバラバラやる奴のことを言うんでぇーす。」


「いや、そんなんよりずっとすげぇわ。正直、尊敬に値するわ。」


珍しくルイーダが顔を背けた。


「うっさいなぁ。いくよ!」


地図を畳むと、足早にその場を後にし始めた。

どうやらこいつでも照れるらしい。

俺はあえてなにも言わず、ルイーダの後についた。


次の扉が最後だ。

ルイーダが155の番号を押すと、予想通りに扉は俺達の通行を許可した。


「これで大体はお城の地下辺りに来たはずだよぉ。」


「アルシャビン、残り時間はどのくらいだ?♣️」


「あと30分ほどでさぁ。」


「そうか、十分だ♦️姐さん、俺達は城の北東側の棟に行きてぇんだが、分かるか?♠️」


「せんちょーが姐さんって呼ぶのは許可しませぇん。」


「なんだよ?★」


「せんちょーはせんちょー。お頭なんでぇーす。」


なんだろうな。

こいつを仲間にして、やっぱ良かったかもしれねぇな。



「ここら辺かなぁ。」


ルイーダの示した天井は、他と特に変わったところはない、何の変哲もない石の天井。

しかしそこを剣の鞘で叩くと、大聖堂の床と同じようにくぐもった音を立てた。


「外側を埋めてあるけど、中は空洞みたいだな。」


「人が出入りするためのもんですかね?」


「恐らくな♪」


ロシツキーが強く叩くと、天井がボロボロと崩れ始めた。

どうやら土を固めて埋めてあったらしい。

松明をかざすと、天井には人がひとり分通れるくらいの縦穴が見えた。

そしてその穴の壁面には、梯子になりそうな石の突起物が等間隔に埋め込まれていた。


「ここを作った連中は、ここから出入りしてたのか。」


「みてぇだな♥️にしても高いな♣️どうやって登るか?♦️」


「今度は俺に任せろ。」


俺は鞄から先程使い損ねたロープを取り出すと、その先には鉤フックを括りつけた。


「お前の鞄は何でも入ってるのか?♠️」


「旅に必要そうな物だけだよ。ヴェルウィント!」


手に握ったフックに風を纏わせると、俺は上空に放り投げた。

突風に乗ったフックは縦穴に入り込むと石の梯子にがっちりと噛み付いた。

引っ張ってもビクともしねぇ。


「よし、行くぞ。」


まずはアルシャビンが縦穴に入り込んだ。

少し登るとすぐに天井にぶつかったようだった。


「アルシャビン。まずは少しだけ穴を開けてくれ。」


「あいあいさー。」


真っ暗な天井の中からほんの少しだけ光が漏れた。


「よし、まずは外を探る。ブリーゼ。」


そよ風がアルシャビンを通り過ぎ、ほんの小さな風穴から外に溢れ出した。

前にも言ったけど、俺のそよ風はある程度の感覚をリンクできる。

風が何かに触れたりとかすれば、人がいるとかそういうのを大体は掴めるんだ。


「けっこう広い部屋だな。物がいっぱいあるぞ。中に人はいねぇみたいだ。」


風から伝わる感覚が、そこが物置か倉庫だと俺に知らせていた。


「よし★野郎共、覚悟はいいか?♪」


ロシツキーの号令と共に俺達は城へと続く縦穴を登っていった。




俺の探索通りに、そこは城の武器倉庫だった。

かなり広大な室内に窓はなく、壁にいくつかのランプが灯されていた。

このことから、恐らくは城の地下室にあたる場所だと判断した。


「渡りに船とはこのことだな♥️」


ロシツキーの言う通りだ。

そこには兵士が身に付ける朱塗りの軽鎧がところ狭しと並べられていたのだから。

無論、変装には持ってこいだ。

俺達は手早くそれらを身に付けた。


「さて、部屋を出る前に聞いておかないといけねぇが、どこに向かうんだ?宝物庫とかか?」


「いや、外交官執務室だ♣️」


「そこに鍵があるのか?」


「そうだ♦️さぁ時間が無い、行くぞ♠️」


部屋の外に出ると、青い絨毯の敷かれた廊下。

高級そうな石の壁には倉庫内と同じく一定の距離ごとにランプが灯されていた。

先の方に階段が見える。

とりあえず俺達は上階を目指すことにした。


階段を登りきると、すぐに地上階に出たようだ。

地下と同じように絨毯が敷かれた廊下は、ランプではなく大きな窓を持ち、穏やかな陽射しが差し込んでいた。


「で、執務室は何階にあるんだ?」


俺の問い掛けに、ロシツキーは平然と答えた。


「知らん★」

「おーっとエジル、暴れるんじゃねぇでさぁ。」


俺の行動を瞬時に察知したようで、アルシャビンが俺の胸に手を当てた。

無駄に勘の良い奴だ。


「仕方ねぇ、俺が探ってきてやる。少し待っといておくんなせぇ。」


そう言い残すと、アルシャビンは足早に廊下を駆けて行った。

突き当たりの辺りで本物の兵士と出くわしたのが見えた。

何やら身ぶり手振りを交えて話している。

始めは兵士達も距離をとっていたが、次第に距離が近くなり、終いには肩を組み合わせて笑い声をあげていた。

しばらく話した後、手を振り合って別れると、先程と同じように足早に戻ってきた。


「執務室は5階だそうで!」


何を話したのかはしらねぇが、このパーティーは恐ろしい連中だらけだ。



それからはアルシャビンについて歩いた。

兵士達から執務室の場所を詳細に聞き出してきており、迷うことなくその部屋まで行き着いた。

途中で何度も衛兵とすれ違ったが、見事に誰も俺達が偽物だとは気が付かない。

恐らく外の警備が厳重だけに、誰かが忍び込むかもなんて可能性は考えもしないんだろう。


「この部屋にゃ今は警備はいねぇみてぇでさぁ。外交官は衛兵共々、観劇に出掛けてるんで、鍵だけ掛けてあるってことですぜ。」


念のため、鍵穴からそよ風を流し込んでみるも、アルシャビンの言う通りに中は完全なる無人だった。

ロシツキーは懐から一本の針金を取り出し、器用にねじ曲げるとそれを鍵穴に差し込んだ。

そんなもん簡単に成功するかね。と思った次の瞬間には、鍵は小さな音を立てて扉の封印を解いたのだった。


俺達は無言でその部屋に足を踏み入れた。

何の変哲もない、ただの部屋だった。

廊下と違って絨毯が緑色なのと、大きな窓の外は曇り空に変わっているのみで、特に気にかかる点もない。

いくつかのオーク材の机が置かれ、その上にはたくさんの書類が山積みされているし、そこは本当にただの外交官が執務を行う部屋に思えた。


部屋に入るや否や、ロシツキーは一番奥の机に駆け寄ると、手荒に引き出しをあさり始めた。

中身を乱暴に放り出し中まで確認すると、首を振ってその下の引き出しに移る。

アルシャビンもそれに呼応するかのように、壁際に立て掛けられた戸棚をあさり始めた。


「さて、ここまで来て何なんだがな。」


俺はそのふたりの様子を眺めながら口を開いた。


「どうした?♪」


「俺は盗みには賛成できねぇし、容認もできねぇ。何を盗りたいのか知らねぇけど、お前達がその何かを盗んだ瞬間、俺はお前達を敵とみなす。いいか?」 


俺の言葉を聞き、ふたりはそれでも手を止めなかった。


「それはYESって答えだと捉えていいんだな?」



つづく。

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