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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第一章・第二部【海賊と俺】
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孤島の国①

「野郎共、出航だぁ~!★」


俺達を乗せた海賊船は洞窟を抜け出すと、大海原へと乗り出した。

突き抜けるような青い空。

そしてその下には永遠に続くとも思える広い海。

俺の住んでいたのは島とは言え、それなりの大きさだから普段から海と触れ合うような環境でもない。

むしろ森とか草原の方が馴染み深い。

島から大陸に渡る商船に乗った時もそうだが、海ってのは引き込まれるものがあるよな。

何時間でも眺めてられそうだ。




「こらぁー!エジル!ちゃっちゃと働くんでさぁ!」


背後でなんかアルシャビンが怒っていた。

なんだよ、海くらいゆっくり眺めさせろよ。

俺は思いっきりめんどくさそうな顔して振り向いてやった。


「なんだー、その顔はぁー!」


「うるせぇなぁ。なに怒ってんだよ。」


「なに怒ってるって、お前、船員になったからにはちゃんと働かねぇと飯食えねぇと思え?」


「え?俺、船員なのか?」


「当たり前だ!手下になるってことはそういうことでさ!」


「聞いてねぇぞ。手下にはなったが。

てか、ルイーダはどうなんだ?なんかあっちの舵の方で椅子に座って寛いでんじゃねぇか。」


俺は椅子に腰かけて飲み物を飲んでるルイーダを指差した。


「バカ野郎だな。あの姐さんは航海士になったんでさぁ。」


「は?いつの間に?」


「いや、話聞いてたら、姐さんの天測技術は半端じゃねぇんだ。航海を生業にしてる俺らも知らなかったような知識持ってる、すげぇ人なんでさぁ!もちろん手放しで航海士に任命ですぜ!」


「マジか?あいつ本当に謎だらけだな。」


「感心してんな!お前は何かできんのか?できねぇならやることは力仕事しかねぇぞ!」


「船の仕事って他に何があるんだよ?」


「操船に関わるのは操舵士、航海士。船員の命を預かる調理師、外科医、船大工。それ以外は甲板長であり副船長である俺の指示に従って操船の補助と雑務をやってもらいやす。」


「よし分かった。俺は戦闘以外は何もできねぇ。」


「でしゃろ?じゃあ新入りの仕事を覚えてくだせぇや。」


「めんどくせぇな。」


「働かざる者食うべからず!」


「分かったよ。じゃ、何すればいいんだ?」


アルシャビンにモップとバケツを手渡された。


「まずは掃除してくんなせぇ。」


「へいへい。掃除でいいんなら楽でいいわ。」


俺は掃除道具を受けとると、ブラブラと船首の方へと歩き出した。


「おい、コッシー!こいつがサボらないように見張っとくんでさぁ!」


「あいさ!」





俺が就職した海賊団ってのは、乗組員16名の小規模なものだった。

いちおう操船の役職を持つ者が幹部扱いで、その他は下っぱ。

戦闘時には船員の全てが戦闘員も兼務している。

メンバーはこんな感じだった。


船長:ロシツキー

副船長:アルシャビン

操舵手:メルテザッカー

航海士:ポドルスキ


船医:レーマン

調理師:オバメヤン

船大工:ベルメーレン


船員:コッシー、コクラン、ラムジー、ベジェリン、ウィルシャー、チェンバーズ、ソング、ラカゼット、ムヒタリヤン


ここに航海士のルイーダと船員の俺が足されるわけだ。

ここまで説明してやっと気が付いたが、ルイーダの奴、幹部入りしてんじゃねぇか。

ロシツキーの手下になると決まってから、まずは陸での生活を清算しないといけないので、俺は一度漁村に戻って馬を野生に還した。

精算ってもそれで終わりなんだけど。

その間、人質として洞窟に残してきたルイーダは、持ち前のコミュニケーション能力の高さですぐに海賊団と打ち解けたらしく、出航までに航海士の仕事を得ていたようだ。

まったく何をやらせても器用な女だな。




つーわけで、俺は朝から晩まで甲板から始まり船倉や船室まで、船中のありとあらゆる場所の掃除をして回った。

船の仕事ってたくさんあるんだな。

操船の補助をしてる奴もいるし、大砲やら砲弾の手入れをしてる奴もいる。船倉で食料や飲料水の管理をしてる奴もいれば、釣りをして食料を確保する奴もいる。

ま、どれをとってみても俺には到底すぐにはできそうもない専門職的なもんばかり。

そう考えると俺は掃除夫で十分だな。

出航から10日も経てば、俺は船員の全員と打ち解けていった。

特に操舵手のメルテザッカーや航海士のポドルスキとは妙に馬が合った。


毎日毎日、日がな一日、掃除しかしてないが、それでも時間は過ぎていく。

船は時折、魔物と出会い、時折、勝手に私掠船としての任務を放棄したことにより帝国の軍艦と出くわした場合は砲撃され、時折、どこかの港町に立ち寄って補給を行った。


はっきり言おう。

別に海洋冒険活劇ではないのでこれ以上は船の上の生活には触れねぇ。

話を俺の冒険に戻す。


そんな旅をしているうち、ある時俺は気になっていたことを船長に尋ねた。

それは夕食が終わり、消灯までの自由時間のことだった。


「なぁ、船長。この船は今どこに向かってるんだ?」


「ん?知りたいか?♪」


この船ではルイーダの部屋と船倉以外は基本的に出入りが自由だ。

それには船長室も含まれていた。

俺が船長室を訪ねると、そこではロシツキーがひとり、航海日誌をつけているところだった。


俺は船長室の汚いソファに腰かけた。


「まぁな。手下になってからというもの、毎日掃除しかしてねぇし、なんだったら俺が手下になった意味すら失いかけてるからな。」


「はっはっはっ♥️お前の掃除は今や船中の話題だぞ♣️どっかの王家御用達のカリスマ清掃員ばりの清潔具合だとよ♦️特技に掃除も加えた方がいいな♠️」


「お陰で勇者辞めたら清掃業でも生きていけるぜ。いや、そうじゃねぇよ!船の行き先だよ!」


「おっと、そうだったな★そこの地図を見てみろ♪」


ロシツキーが指差したのは、壁に貼り付けられた世界地図だった。


「その地図で言うところの、左上の方だな♥️孤島の国を知ってるか?♣️」


「あぁ、名前だけはな。

領土は狭い国だが、やたらと戦争が強いとこらしいな。治世も上手くて国自体が相当裕福だと聞いてる。」


「その通り♦️その国の王宮にある、世界中のどんな扉でも開けられるっていう魔法の鍵が俺の獲物だ♠️」


「ふぅーん。魔法の鍵ねぇ。」


「そいつがあればどんな場所にでも思いのままに出入りできるって寸法だ★」


「で、そいつを盗むのに兵力が必要なのか?」


「まぁ、そうだな♪

なんせ孤島の国の城はとてつもなく強力な軍隊で守られてるらしいからな♥️

これまでも色々な海賊団や盗賊団が挑んできたが、そのどれもが城に辿り着く前に壊滅に追いやられてきた♣️」


「おいおい、その国と戦争でも始める気かよ。そんな強い国に正面から乗り込むのか?」


「バカ言うな♦️ちゃんと手は考えてある♠️見付からずに忍び込む手はな★」


「忍び込むなら兵力なんか必要ないじゃねぇか。」


「万一だよ♪もういいだろ?♥️俺は日誌を書いたら寝る♣️」


「待てよ。まだ話は終わってねぇ。」


「お前ももう寝ろ♦️」


そう言ったまま、ロシツキーは日誌に目を落とすとこちらを見ることはなかった。

とりつく島はなさそうだ。

どうにも腑に落ちないが、俺は席を立った。


その足で、俺はルイーダの部屋を訪ねた。


「どしたぁー?」


ルイーダの部屋には客室が割り当てられていた。

船の中でも船長室と並んで最も高級な仕様を施された一番よい部屋だ。

と言っても、別に豪華な装飾がしてあるとかそんなんじゃなく、小さな部屋には簡素なベッドがあり、枕元には木製の机のみ。

トイレと風呂が個別に付いてるってだけなんだが、大部屋でハンモックを吊るして皆で寝たり、トイレも海に垂れ流しの俺と比べれば格段の待遇だ。

海賊にも海賊の掟があって、基本的には船に女子供を乗せる際には最上級のもてなしをするのが慣例なんだそうだ。

荒くれ者の集団ではあるが、実はそこら辺の商船なんかに比べたら格段に礼儀がしっかりとしていたりする。

ルイーダはベッドに寝そべり、何やら難しそうな本を読んでいた。


「なぁ、お前、次に何をするつもりなのか船長から聞いてたりするか?」


「えー?知らないよぉ。」


俺は扉の真横の壁に背を預けると、ロシツキーから聞いてきたことをそのまま話して聞かせた。


「ふぅーん。そーなんだ。」


「なんで盗みに入るのに、強い兵力を集める必要があるんだろうな?」


「うーん、分かんないねぇ。私が分かるのは、せんちょーはただの海賊じゃないってことくらいかなぁ。」


「お前もそう思うか?あの剣さばき、相当な訓練を積んでるし、我流とは思えない。」


「その辺は私はあんまし得意じゃないけど、せんちょーの着てるコートの装飾は気になるねぇ。あれは多分、密林の国の意匠だと思うんだよねぇ。」


「密林の国の?それって、しばらく鎖国してるっていう南の大国だろ?三大超大国の。」


「そう。10年くらい前かなぁ。何の前触れもなく鎖国しちゃったよねぇ。」


「船長はそこの出身ってことか?」


「それは分からないよぉ。たまたま古着屋で見つけたその国の衣装を着てるだけかもしんないし。ま、何にしろ裏がありそうなのはそーかもね。」


「やっぱお前もそう思うか。」


「ま、でもぉー。そんなん気にしてもしゃーないよ。私達ただの手下だもん、せんちょーの意向には従うだけよねぇ。」


「能天気だな。」


「どぅへへ。褒めんなよぉー。」


「どういう解釈だ。」


「あんまり気にしないの。

大丈夫。せんちょーはね、信じていい人だよ。」


お得意のヘラヘラ顔で言いきりやがった。

と思った。

けど、そうじゃなかった。

ルイーダの目は真っ直ぐに俺を見つめていた。

俺は思わず息を飲んだ。

こいつのこんな顔は2回目だ。


「ああ。分かった。」


根拠は分からねぇけどな。

俺は何となく分かったような気がした。

ルイーダの部屋を後にした。





船は南の航路を辿り、数ヵ月が経った。

俺達は遂に孤島の国の領海に差し掛かっていた。


「野郎共、会議室に集まれ♠️」


手頃な島の入り江に船を停めると、ロシツキーは乗組員全員を集めた。


「これから孤島の国へ入る★今、この時をもって作戦を実行する♪」


アルシャビンに目配せをすると、それに応えるようこの小柄な副船長は立ち上がった。

俺達16人全員の視線がアルシャビンに集中した。


「ここからはここにいる俺と船長を含めた18名が4つのチームに別れて行動しまさぁ。

まずは船に残る6名。斥候部隊が4名、陽動部隊4名。そして実行部隊が4名。

それぞれが別のルートで入国をした後、首都で合流し、役目に移るんでさぁ。

まずは大まかな作戦を説明していきまさぁ。」


作戦内容を要約すると、

各部隊はそれぞれが商人や芸人に扮して入国を果たし、怪しまれないように首都に到達する。

予め決めておいた宿に別々にチェックインをし、まずは商人に扮した斥候部隊が城の様子を探りつつ、芸人の興行を斡旋する。

芸人に扮した陽動部隊が城の前で興行を行い人の目を引き付ける。

その間に、実行部隊が人に紛れて城に潜り込むという算段だった。


斥候部隊には、ベジェリン、オバメヤン、チェンバーズ、ラカゼットが。

陽動部隊には、コクラン、ラムジー、ウィルシャー、ムヒタリヤンが任命された。


この数ヶ月間、寝食を共にした連中だ。何となく特徴は掴めている。

斥候には機動力の高い、機転の利く奴らが。

そして陽動には器用に何でもこなせる奴らが任命されていた。

それぞれの能力を考えると妥当な人選だ。

この調子でいくと、船に残るのは操船組と医師と大工だろうな。

メルテザッカー、ポドルスキ、レーマン、ベルメーレン。

後は俺とルイーダかな。


「さて、最後に実行部隊を発表するんでさ。もちろん船長がそこに入る。そして俺でさぁ。」


「残るふたりに、エジルとルイーダ♥️その他の者は船で待機しろ♣️」


船員全ての視線が俺とその隣に座るルイーダに集中した。

思わずロシツキーに目をやった。


「意外か?♦️実行部隊は失敗したら城の近衛兵と戦闘になる恐れがあるからな♠️

エジルの戦闘力とルイーダの知力、どっちも始めからアテにしてるんだぜ?★」


ロシツキーがニヤリと笑みを浮かべていた。




1週間後に、首都の中流ホテル【ウィリアン】で。

それぞれの隊は時間をずらして船を後にした。

斥候、陽動。そして最後に俺達、実行部隊だった。


「俺達は何に化けるんだ?」


商人や芸人の衣裳に着替え旅立つ仲間を見送りながら、俺はロシツキーに訪ねた。


「俺達は化けねぇぞ♪」


「このまま行くのか?」


「化ける必要なんてねぇでしょう。俺らは勇者ご一行様。それで十分でさぁ。」


「なるほどな。それで俺をスカウトしたってのか。」


ロシツキーはボンサック型をした革のバッグを背負ってから、俺の肩を軽く叩いた。


「あそこの国は芸術が盛んで、特に演劇が好まれる♣️商人と並んで最も関所を抜けやすいのが芸人だ♦️それよりも更に抜けやすいのは勇者だからな♠️ま、そりゃ帝国以外のどこの国でもおんなじだ★」


「お頭、そろそろ時間でさぁ。」


「よし、行くぞ♪」


俺達も船を後にした。


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