選択
「さっすがぁー。」
精魂使い果たした俺は屋敷の庭の隅に横になっていた。
そこに現れたのはルイーダだった。
頭の脇に腰を下ろすと、俺の額に掌を当てて撫で回し始めた。
「やめろ。子供じゃねぇぞ。」
「どぅへへぇ。こんな大きな子供じゃ私も嫌だねぇ。」
「じゃあやめろ。」
手を払う気力も残ってねぇわ。
額を撫でられたまま、俺は目を閉じた。
「ありがとよ。お陰で助かったわ。」
できれば聞こえて欲しくはねぇ。
俺はそんな気持ちで呟いた。
ルイーダの声は聞こえてこなかった。
しばらく目を閉じると、それなりに体が言うことを聞くようになってきたのが分かった。
俺はゆっくりと体を持ち上げた。
ルイーダが俺の体を支えようとしたから、今度こそそれは振りほどいた。
激しい戦闘を終え、そこは無惨な焼け野原と化していた。
前にも説明したかもしれないけど、この土地の家は基本は木造だ。
そりゃ、あんだけ派手に術を使ったら焼けるわな。
元屋敷だった瓦礫の山の中、屋敷の人々が固まって立っているのが見えた。
みんな泣いていた。
家が燃えて無くなったと、みんな泣いていた。
ラオは特に号泣していた。
そりゃそうだろうな。
その中に、クリスティアーノとビービー兄弟の姿を見付けた。
俺達が歩み寄ると、
「ちょっとやりすぎてしまいましたね。」
ギャレスが頭を掻きながら言った。
「みてぇだな。」
俺は冷ややかに返してやった。
クリスティアーノの方に目を向けると、何故か俺に背を向けたまま仁王立ちしていた。
胸を張り、両手を腰の脇辺りに広げ、勝利の雄叫びを上げんばかり様相だった。
「マントは無事だぜ。」
カリムは俺にマントを広げて見せた。
無事とは言うものの、裾は焼け焦げ、もはやマントとしての体裁は保てていない。
頭が痛くなってきた。
夜が明けた。
ラオとその使用人達は、夜通し泣き続けていた。
どうやらこの屋敷には、彼の全財産が保管されていたらしい。
それが一夜にして全て焼けて無くなったのだ。
俺も同じ立場なら泣いてるだろうな。
贅沢するほどの金は必要ないが、金自体は必要だしな。
「あー、なんだ。なんて言えばいいのか。とりあえず家宝が無事で良かったな。」
俺はラオに声をかけた。
「アホか!アホか!アホか!マントなんかもうどうでもいいわ!
どうしてくれるんだ、この有り様は!
もう終わりだ!わしはもう終わりだ!」
「ちなみに俺達の報酬は・・・」
「そんなんあるわけないだろうがぁー!!」
「だよな。」
さーて、どうするかな。
こんなんじゃ、どう考えてもマントを貸してくれない?なんて言い出せる状況でもないしな。
そこにクリスティアーノがやって来た。
ラオの肩に手を置くと、
「なぁ、
マントなんかどうでもいいって言ったな?だったら俺達にくれないか?」
言った。
「失せろ!」
ここは今、一言だけで伝えたけど、本当は言われたら殺されても仕方ないくらいの口汚い罵倒の言葉が延々と並べられていたんだよな。
クリスティアーノはえらい落ち込んでいたが、まぁ罵られても仕方ないし、こいつが悪い。
てか、よくこんな時にあれを言えたな。
俺は逆に感心したくらいだ。
「ねぇねぇ、おっさん。」
そこに今度はルイーダが現れた。
「おい、ややこしくなるからお前は引っ込んでろよ。」
そう言った俺に、ルイーダはキリッとした顔で親指を立てて見せた。
その顔の時は割りと心配なんだが。
「おっさんおっさん。私がマントを買ってあげるよぉ。」
「何を言っとんじゃ!!」
「んっとねぇ、こんくらいでどうよ?」
「なに?」
俺からはよく聞こえないが、ルイーダが金額を提示したっぽい瞬間、ラオの表情が一変し、ピタリと泣き止んだ。
「本当に払えるのか?」
「うん。」
「ちょっと安くないか?もう一声来んか?わしは屋敷を失っとるんだぞ。お前達のせいで。」
「しゃーないなぁー。じゃあこれでどう?」
「ふむ、いいだろう。もう一度聞くが本当に払えるんだな?」
「疑り深いなぁ。この町、銀行ある?今から一緒に銀行行こうよ。
ねぇエジルぅー。銀行連れてってぇー。」
俺達はラオを連れて銀行に向かった。
ルイーダが引き出したい金額を伝えると、銀行員は飛び上がらんばかりに驚いていた。
どうやら旅の間、せっせと魔物から素材を採取し続けて貯めた金らしい。
俺はその金額には興味あったけど、あえて聞かないように心がけた。
そんなわけで、俺達は無事にではないけど意中の天蚕のマントを手に入れることに成功したわけだ。
俺達はラオの屋敷を後にし、町の食堂で腰を落ち着けていた。
「これもマントが本体じゃないんだろうな。」
俺は焼けただれたマントを手に取りながらルイーダに問い掛けた。
「そうだろうねぇ。」
ルイーダは襟回りに付けられた黄金製の部分を丹念に調べていた。
繊細な細工が施された帯状の襟に、鮮やかな緑色の宝石がいくつか仕込まれている。
「やっぱりこの大きな宝石ではないのか?」
クリスティアーノが一際大きい宝石を指差した。
「うーん。どぉだろうねぇ。」
「うん?クリスティアーノ。
君の鞄が光ってるみたいですよ?」
ギャレスが言った。
「てかなんで普通にいるんだよ?」
俺はギャレスに突っ込んだ。
クリスティアーノの隣の椅子には、ビービー兄弟が自然に腰掛けて食事を摂っていたのだ。
「いやぁ、オイラ達もラオの仕事は終わったし、やること無くなっちまったからなぁ。報酬もパーだし。」
「クリスティアーノから聞きましたよ。
あなた方、魔物の根城を目指して旅してるんですってね。」
クリスティアーノの鞄の中で光っていたのは、山岳の城で手に入れた黄金の遊環だった。
「共鳴してるのか?」
遊環を近付けると、クリスティアーノが指差した緑色の宝石が淡い光を放った。
「この宝石が神器なのか?
今度はストレートに宝石なんだな。」
純金はとても柔らかい。
クリスティアーノが石を留めている爪を起こすと、簡単に取り出すことができた。
「これで二つ目か。」
クリスティアーノは宝石と遊環を大切に布にくるむと、再び鞄にしまった。
俺はその様子を黙って見届けた。
「さて、
次の神器を探しに行くか!」
言いながら、クリスティアーノはチキンを頬張った。
「あなた達、次はどこに向かうんです?当てはあるんですか?」
ギャレスの問いかけにはクリスティアーノが答えた。
「うん。
まずは東の大陸を目指してるんだ。そのうちにこうやって神器が見付かるかもしれん。」
「なるほど。どうやって向かうんです?」
「まぁ、
北東の海峡にある飛島を渡って行こうと思ってるよ。」
「どうでしょう。」
「オイラ達の船に乗らないかい?」
「なに?
船を持っているのか?」
「ええ。そんな大きい船ではないですが。」
「わざわざ陸づたいに行くのは遠回りです。僕達の船で共に海を渡りましょう。」
「それは、
仲間になりたいと捉えていいのか?」
「オイラ達の実力はもう知ってるだろ!きっと役にたつぜ!」
カリムが親指を立てて見せた。
「オイラ達とクリスティアーノ、それにエジルがいれば、オイラ達は最強のパーティーになれる!そうだろ!?」
「ええ。僕もそう思いますよ。まさか、エジルが活路を開いてくれるなんて、初めは思いもしませんでしたが。
見くびったような発言を謝罪します。」
言いながら、ギャレスが俺に頭を下げた。
「ほらな!
だから言っただろう。俺がそんな使えない奴を仲間にするわけがないだろう。」
クリスティアーノが胸を張った。
「いいよ、別に。あれは俺だけの力じゃねぇしな。こいつがいなけりゃ、あんな風には戦えなかったんだ。」
俺は隣でマントの襟飾りを弄り回してるルイーダを親指で指し示した。
「またまた、謙遜して。あなたは強い。一緒に戦った僕達が一番分かってますよ。」
「そうだぜ!風の術が他の術のブーストをするなんて、誰も思い付かないぞ!」
「いや、だからな・・・・」
「よし!
話しは決まりだ!お前達が仲間になってくれるなら、こんなに心強いことはないからな!」
クリスティアーノが声を張り上げ、俺の抗議はすぐにかき消されてしまった。
「ただですね。」
「問題がひとつあるんだぜ。」
「ん?
問題?」
「実は、僕達の船はあまり大きくなくて、馬車が乗せられないんです。」
「4人パーティー用の船なんだ。」
「ということは。」
クリスティアーノの食事の手が止まった。
俺の方を向いたのが分かったが、俺はそれに気付かないように目を反らしていた。
「誰かひとり、
パーティーから抜けないとならないんだな。」
「と、いうことです。」
俺は水を口に含んだ。
「エジル。」
クリスティアーノが俺の名を呼んだ。
「なんだ?」
俺はクリスティアーノの顔を見ないようにして答えた。
「エジル。
その女とはここでお別れだ。ここから先は本当に危険な旅になる。家に送ってやれ。」
そう言うとは思っていた。
ここは引いちゃならねぇ。
「だから、言っただろう。こいつがいなけりゃ、俺は、いや俺達は・・・・」
「エジル。」
再びクリスティアーノが俺の言葉を遮った。
「お前、
俺と一緒に魔王を退治するんだろ?そう約束したじゃないか。
まさか忘れたとは言わせないからな。」
それ以上、俺は続けることが出来なかった。
代わりに一言だけ呟いた。
「・・・ちょっと考えさせてくれ。」
がしかし、それすら許そうとせずにクリスティアーノは捲し立てたんだ。
「考えるも何も、
そいつは無理やりついてきたってお前も言っていただろう?
遊びではないんだぞ。惰性で一緒に旅をするのはここまでだと言っているんだ。」
「すまねぇが、考えさせてくれ。」
居ても立ってもいられなくなり、俺は席を立つと、先にひとりで宿へと戻った。
ルイーダが俺の後を追ってきたけど、俺はその時ルイーダに合わせる顔がないと思い、話しかけられても何も答えなかった。
結局、ルイーダとは何も話さないまま、俺は自室へと閉じ籠った。
陽が昇る前。
まだ闇が世界を支配している時間。
俺は荷物をまとめると、部屋を後にした。
宿を出ると湿った空気がまとわりついた。
馬車に近付いて、馬に干し草と水を与えてから、丁寧にブラシをかけてやった。
そうしてるうちに、宿の戸が開く音が聞こえてきた。
ルイーダだった。
「あっ。」
俺の姿を見付けると、その場に立ち止まった。
「よぉ。早いな。」
「おはよぉ。」
ばつの悪そうな表情を浮かべていた。
「まさかお前、俺を置いていくつもりじゃねぇだろうな。」
「よく分かってるねぇ。」
「まぁな。」
「本当にいいの?」
馬に馬具も付けた。
準備は完了だ。
「さぁ、行こうぜ。ルイーダ。」
そうやって俺達は、北東の半島を目指して旅を続けることになったんだ。
この時は思わなかったんだ。
ここまでの冒険なんて、ただの遊びでしかなかったってこと。
そりゃこんな簡単にはいかないんだよな、普通。
世の中って甘くない。
今になって分かる。
こっからが、俺達の本当の旅だったんだって。
新訳・エジルと愉快な仲間
第一部
始まりの冒険
おしまい。




