50部目
「いい? 一回しか言わないわよ! 貴方達は外側から攻めて。言ってること分かるわね……ッ!!」
***
降りたはいい。
そう、飛び降りたまではよかった。
「どうする?」
着地は全員上手くいった。ステップの狭い部分に狙って着地しなければならない、ということはなかった。
だが、それは階段の上り始めの場所というのと同意義ではなかった。
分かれ道、ならぬ分かれ階段だ。
上り階段が二手に分かれ、後ろには下り階段が一つ。つまり、計三つの選択肢が存在する。
「また地下パターン?」
「誰がどこに行くか、だよね」
既に、三手に分かれるのは暗黙の了解らしい。一人でもそれなりに対処できるという、実力と経験に裏付けられた自信だ。それが、いつの間にか当たり前になっているだけ。
「多分、どれ選んでもやるこた変わんねぇよなぁ〜……」
秀虎は、そこでチラッと朱音を見る。
相手は「ゲーム」と言っていた。おそらく行った先々で、先程のような謎解きや脱出ゲーム的要素が仕掛けられているに違いない。否が応でも、頭脳労働をさせられるわけだ。
となると……。
「何? トラ」
「いや、お前を置いていくべきだったなぁ〜と」
「バカにしてる!?」
全くもって朱音の言う通りである。
迂闊に朱音を一人で送り出すことは、すなわち捜査効率の低下に繋がりかねない。
これがもしただの何の意味もない分かれ道で、その先に待ち構えているのが敵との戦闘のみであれば、迷わず一人で行かせていた。今までもそうだった。
しかし、今回はケースが異なる。無鉄砲で、他力本願で、すぐ投げ出して。こと戦闘以外で思考という思考を働かせようとしない奴だ。追い込むために、あえてそうせざるを得ない状況にもっていって一人で行動させるという手も考えたが、「無理……」といじけて体育座りで座り込む朱音の姿が容易に想像できてしまったのだから仕方がない。
鬼が出るか蛇が出るか、以前の問題。
ここには、鬼も蛇も片付けられる、最強級にして最高級のバカがいる。
「朱音、留守番」
「は?」
「青衣が合流したら一緒にこの左の階段を上れ。俺は右、悠武は下」
「了解」と悠武が短く返事すると、男子二人は早速行動に移った。
「えっ、えっ」と一人取り残された朱音はもうどうすることもできず、しばらく呆然の立ち尽くした後に、その場に体育座りをした。
「青衣、早く来て……」
***
階段は、どちらかといえば上りより下りの方が危険である。
手すりのない階段では、リスクが段違いに跳ね上がる。加えて視界不良。
踏み外さないように慎重になりながら、悠武は階段を下りていく。
携帯のライトで足下を照らし、一段一段確実に片足ずつ乗せていく。時々立ち止まって携帯を左右に動かすも、光源の届く範囲には何もないのか、光は暗闇に吸収されてしまう。そしてまた下りていく。これの繰り返しだ。
行き先の見えない階段ほど、長いと錯覚させるものはない。そんなもどかしさに追われながら、悠武は足を動かし続けた。
(元々、地下もある建物だったのかな)
仮に改築はできたとしても、階数を増やすのは難しいのではないか。自称、お金がそこまでない組織らしいので。
だとしても、一階分にしては階段がえらく長い。気のせいかもしれないが、地下一階のフロアを取り壊したのではないだろうか。
(でも、そんなことする意味、ある?)
そこまでして次フロアの天井を高くしたかった理由。
合理的な理由は……。
(特にない気がする)
天井高い方が広く見えるとか、そんなところだろう。
確かに、狭くて圧迫感のある部屋よりは断然居心地良いのだろうが。
(あっ、床だ)
悠武の携帯ライトが、階段以外のものを照らし出す。
終わりとの距離感が掴めると、悠武はそこから飛び降り、静かに着地する。今日は飛び降りてばかりだ。
広いところに着いたはいいが、右に行けばいいのか左に行けばいいのか、皆目見当がつかない。
というわけで、悠武はとりあえず真っ直ぐ進んだ。
(壁……行き止まり?)
十歩ぐらい歩いたところだろうか、悠武は目の前の灰色の壁に手をつく。
コンクリートの冷たさが腕に流れ込むのを感じながら、壁に手をついたまま右に移動。ライトは壁を照らしている。
角まで進むと、軽く周辺を上下に照らしてから向きを反転し、今度は壁に左手をつきながら左へ移動。角まで来ると、また同じことをする。
(この壁にはなにもない……のかな)
全てを照らせているわけではないので当然見落としはあるのだろうが、ひとまず目の前の壁に変な細工は施されていなさそうだった。
そこから、次は向きを変えずに壁に沿って歩いて行こうとして──電気が点いた。
同時に、悠武は真横からくる「何か」をしゃがんで回避し、右肘で押し退ける。しかし肘には何の感触もなく、その「何か」は、肘の動きに合わせるようにして飛び退いて距離をとった。
その「何か」が人間と分かるまでに、そう時間はかからなかった。
「よォ、あん時以来だな」
オレンジよりの短髪に小柄な体型。
上がっている片口角からは弱者をいたぶる獣を想起させ、隠しきれていない闘気が漲ってエネルギッシュである。
乱暴な口調は、悠武との再戦を待ちわびていたかのように楽しげだ。
「君は……」
「橙光リーダー・コトウ。まさか忘れてねーだろーな?」
***
一昔前だっただろうか。
人間ではなく、動物なんかをモチーフとしたキャラクターのみが出てくる、ダンジョン攻略系の冒険ゲームがあった。
男女問わず──とはいっても男子の比率の方が多かったが──流行ったそのゲームは、秀虎の時代の人間にはドンピシャだった。
小学校の頃だっただろうか。勿論、外で遊ぶことや体を動かすことは好きだったし毎日していたが、夜は決まってそのゲームをしていた時期もあった。ハマりにハマって、自分の布団にこっそり持ち込んで夜中にやっていたこともしばしば。
そのゲームには、ダンジョンを攻略していくとある仕掛けが現れるようになる。
どうにかすれば回避できないこともない仕掛けなのだが、一番最悪だったのは、階層が変わった瞬間にその仕掛けが発動すること。避けようがない。
階段を一段とばしで駆け上がった秀虎が直面したのは、まさにその状況の現実版だった。
(モンスターハウスかよ……ッ!)
部屋の入り口に押し寄せて来る稜鏡団員を相手に、秀虎は確実に蹴散らしていった。
上り終えた先に、扉は一つしかなかった。
床には、階段に通ずる穴と人一人分が立てるぐらいのスペースしかなく、それを囲む天井にも床にも、抜け道らしきものはなかった。階段と違い電気が点いていたのだから、見落としはない。
意を決して扉を開けた瞬間に、部屋にいた複数の敵意がこちらに襲いかかってきた。
一歩間違えれば後ろは階段。突き落とされないためにも、秀虎はまず何よりも先に扉をしっかりと閉めた。言い換えれば、逃げ場をわざとなくした。そんな狭い空間しか与えられていない状況で、いきなり戦闘が開始された。
(人詰め込みすぎだろっ!)
目見当でもせいぜい六畳ほど。しかし、秀虎の倒した数は優に三十は超えていた。そしてまだ、倒すべき相手は数の勢いを留めない。
果たして、これほどまでに人を収容できるのだろうか。
(ぜってー無理!)
どこかにからくりがあるはず。
そして、このからくりを突破、つまり根本を絶たなければキリがないと、秀虎の直感が告げていた。どうやったって、あちらの方が人数が多いのだから。
この部屋の中にいる人達は、これまで戦ってきた稜鏡団員の中でも一番レベルが高い。しかし東志波のAクラスからすれば、油断しなければ普通に捌ける程度の実力だ。的は自分一人なのに加え狭い空間に一点集中するわけだから、目の前に映る相手するべき人数も絞られる。
ただやはり、目の前の対処のみではこちらがジリ貧になる。
(やるっきゃねぇか)
手の内を晒さないためにもあえて体術のみで対応してきたが、もう出し惜しみしていられない。
自分の実力不足に、口の裏を静かに噛んだのも一瞬。
「飛扇・鉄」
ドンッ──と本当に重みが感じられそうな重量級の波が伝播すると、その時部屋の中にいた団員達が一斉に倒れ込んだ。
舞波流上級波術が一つ、飛扇。
主に対多人数を想定として作られたもので、眠・縛の合成波。舞波流の人が好んで使う波術だが、対象が自分の視野の範囲内、つまり自分の後ろにいる相手には効力を発揮しないという性質上、よく壁際を背にした状態で用いられることが多い。
またいくつかの種類が存在し、先程の「鉄」は、相手を確実に仕留めたいときに使う超高密度型。他の種類に比べて威力が高いとされているが、生成に時間がかかるのが難点である。
(あそこか)
見晴らしが良くなると、立っている人間のなんと目立つこと。
秀虎から見て部屋の向かい側にある角ニ隅。そこに空いている正方形の穴から、ゾロゾロと団員達が出て来ているではないか。絶えず人を送り続けていた供給源である。
しかし、この穴を塞ぐのは不可能に近い。第一に、塞ぐためのフタがない。だからといって、自らがその穴の中に飛び込むのはリスクが高すぎる。ただでさえも二択だ。
小さく舌打ちをする。
入り口の真向かい、それも直線上に、扉が一つある。
閉じられているが、ゲームに誘っておいてその扉に鍵がかかっているとは考えにくい。この部屋を攻略するにはあの扉から出るのが正解なのだろうが、これが敵の誘導であることは明らかだ。分かってて乗らざるを得ない状況が、酷く癪に障る。
(それでも、下手な行動とるよりマシだ)
挑発に乗って裏をかいて自爆するのは、ただの愚行だ。
最終的に勝てばいい。それだけだ。
やることは、決まった。
秀虎は追加要員が襲いかかる前に正面を突っ切り、それにも反応してくる団員を左腕で跳ね除けると、そのままドアノブを掴んで勢いのままに押した。
素早く扉の外に出ると、続けざまに後を追おうとする団員達を、身体全体を使ってドアごと押し戻した。暫く力比べが行われたが秀虎が馬鹿力で押し込み、ついでに目についた鍵も閉めた。
すると、先程までの騒動が嘘のように収まり、向こう側からは音が一切聞こえなくなった。ターゲットを見失って、鎮静化したのか。
(押すであってた……)
扉にを預け息を短く吐き出すと、そんなどうでもいいようで大事なことが、最初の感想として出てきた。
実際、一刻を争う状況で扉の押し引きの間違いというのは、とんでもない時間のロスに繋がる。よもやここまでは敵の思惑は関与していないだろうから、二分の一の運ゲーには勝った。
「お見事」
演技がかった拍手と共に声が聞こえたのは目の前。
柔和な印象を受ける顔立ちに、お世辞にも痩せているとは言えないずんぐりむっくりな体型。
嘘くさい笑顔からは目が笑っていないということしか読み取れず、穏やかなくせに隙がない。
「黄光リーダー・タイク。って、さすがに覚えているよね」
朱音ちゃんの第一印象・その8
(この穴、帰りどう上るの?(いや私はいけるけどさ……))
fin.




