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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
52/78

39部目

 突如起きた脱獄事件。

 たった二人の侵入者によって、稜鏡関係の人達が全員外に出てしまった。しかも、看守の足止めは一人の人間が全て請け負っていたという。


 不幸中の幸いだったのは、稜鏡関係者以外の罪人は手付かずであったことだろう。混乱に乗じて自分達も出してくれと請う姿が容易に思い描けるが、あえなくスルーされてしまったらしい。そいつらまで世に放たれていたら、稜鏡に専念している場合ではなかったことは火を見るよりも明らかだ。


 だとしても、一大事に変わりはない。


 C・Dクラスの面々は、クラスごとに固まって座り、梅崎の指示通り、監視カメラ映像の解析にあたっていた。

 パソコン画面が九分割され、事件発生前から発生後の、定点監視カメラ映像が流れる。手元の資料には、どの監視カメラがどの階のどこに設置されているかが記された、刑務所の見取り図が描かれている。

 画面は九分割されているが、監視カメラが九個しかないということではない。必要に応じて見たい場所の映像をセレクトしなければならず、任意の組み合わせを自分で作り出さなければならない。

 解析項目は完全に個人の自由としているが、侵入経路・逃走経路・侵入者の特徴と、トップスリーはこんなところだ。事実、見取り図に線を描き込む人もいれば、映像の解像度を上げる作業をしている人もいる。


(九個だったらまだ楽だったのに……)


 この歳にして恐ろしいほど慣れた様子で解析に打ち込んでいる同級生を眺め、瑠璃は小さくため息をつく。


(皆やり方が分かってるんだろうなぁ)


 効率のいいやり方が、と後に続けても語弊はないはずだ。

 瑠璃は初めてだが、ここにいるDクラスやCクラスの人達は、それこそ入学したてホヤホヤから数をこなしている。Cクラスはよく分からないが、九年間面子が変わらなかったDクラスはつまり、全体課題においては九年間も情報収集部隊を努め上げていたわけだ。もはやプロフェッショナルの域である。


「礼羅、あたしこんな感じになったんだけど」

「うん、大体一緒だね。でもここってさー……」


「おい忠。その映像、どこにあった?」

「これ? ちょっといいか? えっと確か……」


「これとこの映像組み合わせるのは?」

「そすると……あっ、ここが埋まるわね。あと分かってないのは……」


「コイツの身長出せた〜?」

「コイツか。この印の前通ってるだろ? それよりちょっとデカいくらいだから大体……」


(拗ねていい?)


 クラスメイトのスピードについていけず、完璧に置いてけぼりにされている。なぜ、ここまで早く解析できるのか。


(このままやってるフリしてもきっと気付かれない)


 怠けへ逃げる思考がついつい働いてしまう。天使と悪魔で悪魔が優勢になりつつある自分にムチを打ち、映像を適当に九個選ぶ。確定ボタンを押すと、別場所視点の映像が九個同時に再生された。

 適当に選んだため、どの階のどこにあるカメラかも確認していない。瑠璃は、再生された映像を無気力垂れ流しで見ていた。


 しばらくは看守が見回りをしていたり、罪人が時間を潰している様子が映し出されているが、いきなり動きが慌ただしくなった。


(ん?)


 中央段左列、侵入者の一人と複数人の看守が戦闘しているシーンだった。

 瑠璃はその映像をダブルクリックし、一画面表示のフルスクリーンでその映像を見た。


(おぉ)


 末恐ろしい。敵ながら見惚れてしまうほど無駄のない動きだ。

 切り崩し方といい立ち回りといい、相手の位置を正確に把握し、かつ次の動きまで計算に入れてその上で動いている。もはや看守達は相手の掌で遊ばれており、相手による計算ずくめのシナリオ通りの戦闘を演じている。


 精鋭がマリオネットも同然。相手の誘導が巧みすぎる。


(あれ? でもこのスタイルって……)


「うっわ、めっちゃ強いじゃん」

「どんなものかと思ったが、これは納得だな」


「へ? うわっ!」


 礼羅と義明の声がしたので後ろを振り返ると、D全員で瑠璃の画面を覗き込んでいた。


「ビックリした〜」

「ごめんね。収穫あったか聞こうと思ったらつい見ちゃって……」

「孝子が止まってたから何事かと思って……」


 その他の人は「礼羅に同じ」という意味合いの表情なりリアクションなりをしていた。確かに、誰かが不自然にそこに止まっていたら気になるものだ。

 跳ね上がった心臓を、息を吐き出すことで落ち着ける。


「収穫はまだないです。遅くてすみません」

「いや、開き直られても……」


 口先だけで謝る瑠璃に忠がつっこむ。

 出来ないものは出来ない。そう自分に言い聞かせた瑠璃は、とても晴れやかな気分になれた。当然、一種の現実逃避だが。


「ですけど、他視点からのとも照らし合わせれば、この人の動きのクセとか分かるかもしれません」


「なるほど。そしたら対策も立てやすくなるわね」


「出来るなら流派の特定も頼む。この情報があるとないじゃ大違いだ」


「了解です」


 仁の頼み事に快諾すると、早速瑠璃は映像の選定に取り掛かった。

 戦闘が行われた階の映像を絞り込み、一つずつチェックして戦闘シーンが映っていないものは排除。さらにそこから相手がよく映っているものを選別し──選別中でも解析し──ベストナインの組み合わせを編み出した。

 そこからはさらに細かな解析を行った。事あるごとに一回一回停止し、必要であれば巻き戻して何回も何回も同じシーンを繰り返し見て、行動パターンを適切な日本語で書き記していく。誤解を与えないように、誰が読んでも理解できるように。


 本当ならば、流派も知っていた。

 流派の特徴も、使っている技も、相手の戦闘スタイルも、解析の必要もないほど事細かに知っていた。


 しかし瑠璃は、またもや保身に走ってしまった。


***


 動画を見ていると、時間が経つのはあっという間だ。


 教師陣が解析終了を告げると、C→Dの順番で情報のすり合わせが行われた。

 侵入経路・逃走経路は共に実にシンプルで、変装も一役買って、堂々と入り口から入って出口から出たというものだった。予め仕込んでいた隠し通路等があるのかと思いきや、使っていないどころか映像上では見当たらなかった。細工なしの完全正面突破だ。

 侵入者の特徴だが、二人の背格好はほぼ同じくらい。体格は戦闘を請け負っていない方がよく、逆に請け負っていた方はそこそこ細身だ。帽子を目深に被っていたため顔はどう足掻いても見えなかったが、十中八九二人共男であろうと推定された。


「……と、相手に選択肢を与えない誘導で、看守達を翻弄しています。流派の特定は出来ませんでしたが、特段複雑な動きはしていないので、術中に嵌らなければ対策は立てやすいかと思われます」


 「以上です」と締め括り、瑠璃が最後の情報提示を終える。席に座ると、重圧から逃れた開放感で身が軽くなった。


「全員、今日のことは紙にまとめてあるな? 明日、現地組の調査報告とをまとめたものを配布する。最後自分達がまとめたデータを提出して、今日は解散だ」


 Cクラス主任の男の先生が話し終えると、生徒達はそれぞれの担任にデータを手渡してパソコン室から出ていった。

 Cクラスは2クラスあり、主任はCー1の方。冥奈より一回り年上な感じだ。おそらく冥奈の一つ前の卒業生なのだろう。Cー2の担任である女の先生は冥奈より二回り年上な感じがするが、絶対に実年齢よりは若く見える。「主要な役目は若いのに任せた」と言わんばかりに、後ろの方でずっと控えていた。少しキツそうな見た目だ。


 いつの日だったか、冥奈がCクラスのことを「嫉妬深い」と言っていた。Bクラスへの昇格とBクラスからの降格で入れ替わりが激しいらしいことを踏まえると、やさぐれた人が多くなるのも納得に思える。

 そんなクラスをまとめるのは、新任では荷が重い。だからこそのベテラン登用なのだろうと瑠璃は思った。自分達が卒業したら、次は冥奈もそのポストに就き得る候補の一人だな、とも。


(厳しそうな先生だったなぁ)


 最終的にそんな感想を抱きつつ、瑠璃は帰路に着く。

 厳しい先生ほど生徒のことをよく考えているというのも、全部が全部ではないが正論ではある。ではあるが、生徒の立場からすれば、それが表面上だけだとしてもまだ優しい先生の方がいい。ほぼ毎日顔を合わせるにあたって、毎日のように緊張感に苛まれるのは御免だ。


トントン。


「はい」

カシャッ。


 後ろから肩を叩かれて、振り返りざまにカメラを向けられた。スマホの。

 急にシャッターを切られキョトンとする瑠璃は、次の瞬間に相手と距離をとった。


「やぁ、スズさん。覚えてる?」


 穏やかな声、少しずんぐりむっくりの体格、そしてわざと見せつけるように首からさげられた、大きめの黄色い色付きガラス。


 忘れるはずがない。敵を、それも幹部の存在を。

 それこそ、東志波生失格だ。


「いきなりごめんね。でも、君のこと諦めきれなくて」


 どこぞの少女マンガに出てくる男役が言いそうなセリフだが、そんな甘ったるいものではない。

 当然、目の前の男はそんな意図で言っていない。


「何しに来たんですか?」


「いやね、君のこと、東志波のデータベースで調べても出てこなかったから、なんか悔しくて」


 顔という個人情報を、あっさりと握られてしまった。

 これはとんでもない失態である。しかし、この場で取り返せるかといえばそういうわけにはいかない。幸いなことに今は人一人としていないが、そういう問題でもない。


「その写真、どうするつもりですか?」


「んー、そうだね〜、リーダーに渡して特定してもらう、って感じかな? リーダー、パソコン強いから」


「今この場で削除していただけませんかね?」


「言ったでしょ? 諦めきれないって」


 想定内の返答をもらったところで、会話が切れた。

 だからといって、「はい、さようなら」ということはできなかった。向こう──もとい、タイクが逃してはくれなさそうなオーラを放っているからだ。にも関わらず、無言でニコニコと立っている。どころか、変に構ってアピールをされているような気もする。


(何がしたい……)


 頭を悩ませていた瑠璃は、ふとあることに気がつく。


「あの、その格好は?」


「あっ、やっとつっこんでくれた〜?」


 自身の変化に気づいてもらえたときの幼児のような、無邪気な反応だった。


「我ながらすっごい似合うと思ってるんだけど、どう?」


 両手を広げたりその場で一回転したりとナゾのファッションショーが始まった。

 しかし確かに似合っている。似合い過ぎている。悪役のクセして警察官の格好が。


 ──警察官?


(!?)


「おっと、気付いちゃったかな?」


 自身を見る瑠璃の目が明らかに変わったことを感じ取ったタイクは、悪意に満ちた笑みを浮かべた。


「あれ、タイクさんだったんですね」


「正解。ちなみに、もう一人はリーダーね」


 映像が過った。しかも、今日見たやつ。

 東志波のパソコンが乗っ取られ、幹部の部屋で脱獄の手引きをしていた、あの映像。そして、あそこに映っていた警官姿の男。


「あの言葉も、脱獄宣言だったんですね」


「そうそう。リーダーったらまどろっこしいよね」


 ──「陽の光は救いへの標。遮り隠すこと叶うべからず」


 つまり、窓一つない牢獄であっても稜鏡団員を解放する。そういう意味だ。


「気づけないのも無理ないよ。僕達だって分かんなかったんだから」


 ヘラッと必要のない慰めを口にするタイク。タイクがその言葉の意味を本当に分からなかったのは事実なのだろうが。


「……話は以上ですか?」


 間接的にバカにされたような気がした瑠璃は、不愉快隠さず早々に切り上げようとする。

 下手を打った場合は別だが、こちらが何もしない以上向こうも何もしない。話をするだけなら本当に話をするだけ。少し嫌味を言ったところで気に障らない。地下での一件で、瑠璃はタイクの人柄を正しく理解していた。


「つれないなぁ。でも、君の写真は手に入れたし、僕もそろそろ業務に戻らないと」


 「お巡りさんだしね」とおちゃらけ、首飾りを外して胸ポケットにしまう。違和感もコスプレ感もない、町の優しいお巡りさんの出来上がりだ。


「じゃあね。次会うときには本名で呼べるようにしとくね」


 ヒラッと手を振ると、タイクは瑠璃に背を向けて歩き出した。

 やはり本来なら追うべきかもしれないが、町の人に手当たり次第に攻撃を加えないことは分かっていたため、害はないと判断した。それに、遅かれ早かれタイクとは誰かが決着をつけるだろう。否、つけなければならない相手だ。


(リーダー……ね)


 一抹の不安を抱え、瑠璃は再び帰り道を歩き出す。

 今日この出来事が虫の知らせにならないよう、祈りながら。

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